057 sideD
数年ぶりに来た王都は、残念ながら我が領都メティカよりも一歩先を行っておりました。交易の中心地として整えられた町割り、そこを行き交う人々の活気……。貴族としての仕事をこなし、様々な知識と経験を積んだ今だからこそ、素直に敗北を認められます。いえ、敗北を認める事による恥辱を、私は求めてしまっているのかもしれません。……私も、随分変わってしまったものですわね。
私がそう考えて苦笑すると、微笑むように見つめているシルバと視線が交錯しました。
「シルバ、言わなくても分かっているわ。私が変わったと思っているのでしょう?」
シルバが仕えていた頃の私なら、メティカが劣っているなどと認める事はなかったでしょう。意地でも、王都に勝る部分を探していたはずです。だから、私は問い掛けたのです。ですが、返ってきた言葉は、思ってもいない言葉でした。
「いえ、変わらないなぁって思っちゃいましたよ。しっかり貴族をしてるんだな、と……」
正直、シルバの言いたい事が理解できませんでした。私自身、貴族であろうとはしていますが、先ほどの呟きに貴族らしさは無かった。私としては、そう思うのです。なぜならば、貴族とは至高なる者。その所有物に至るまで、一番でありたいと願うものです。なので、敗北宣言をするなんて……キャンベル家の人間として失格だと思うのです。
「何故、そう思うのかしら?」
「えっ? だって……王都の良い所を観察して、メティカにも取り入れようって考えてますよね?」
「えぇ……まぁ、そうですけど」
「それって、立派な貴族的な見方だと思いますよ。あの頃も、文句は言いつつも……公務には真剣だったレイナ様らしいですよ」
そう言われて、私は驚きました。てっきり、シルバは私の事など眼中に無かったのだと思っていましたが、そこまで見抜かれていたとは……。
私は、一番という言葉を大切にしています。一番の美女、一番の血統、そして……一番の貴族。そうなる事、そうである事を望み、実現や実践しております。それが、大貴族キャンベル家の一人娘である私の、矜持であり責務だからです。なので、貴族としての仕事に手は抜きません。視察だって、領内の生の声や生活を知るために行っておりました。少しだけ……羽を伸ばす意味もあった事は認めますが。
だからでしょうか。私は、私が思っていた以上に追い詰められていたとも思います。高い理想を追い求める内に、私は高慢になっていました。弱いところを見せないために虚勢を張り、他者を褒める事より貶す事を選ぶ。そうする事で、私は私の心を守り、同時に……隠していたのです。優雅であろうともがき続ける、泥臭い私の心を……。
そんな心を、あろう事か……一番知られたくない相手に知られていたとは。恥ずかしさと、それによって齎される加護の力の流入に、身震いを必死に抑えながら言います。
「シルバ。真剣なんていう、優雅と対極に位置する言葉……私とは無縁ですわ」
「そうやって意地を張るところも、変わっていませんね」
私は、私が思っている以上に変わってはいないのかもしれません。そして、不思議とそう思わされてしまうシルバに対しては、より一層の恋慕の情が湧いてくるのでした。
ほどなくして、馬車はキャンベル家の王都別邸へと到着しました。私やお父様が王都を訪れる事は稀なのにも関わらず、手入れを怠っていないのがよく分かるほどに整えられております。邸内は塵一つないほどに磨き上げられ、メティカの屋敷にも引けを取らないでしょう。そんな、素晴らしい仕事を行っている使用人たちが、私の到着に合わせて勢揃いし、見事な所作での出迎えをしております。
「皆、ご苦労様。これから一週間少々、ここに滞在します。私や護衛の皆様に不便が無いよう、しっかり励みなさい」
最低限の労いと、これ以上を求める激励。もし、ここにいるのが私だけであれば、素晴らしい仕事への労いへの分量が多かった事でしょう。ですが、護衛の冒険者や魔術師たちがいる手前、貴族の威厳を見せなければなりません。貴族らしく在るというのは、こういった細かな事の積み重ねでもあるのです。敬意を集め、それを維持する。そのためには、妥協があってはいけないという事ですわ!
そして、効果は絶大だったようです。シルバを除く護衛の皆様は、すっかり萎縮している様子。キャンベル家の威光は、彼らがしっかりと語り広げてくれる事でしょう。ですが、萎縮してばかりいられても困ります。邸内に忍び込む賊はいないでしょうが、護衛の任は全うして頂かなければなりません。なので……そういった事は、セバスに丸投げしてしまいましょう。
「セバス、護衛の皆様に指示を。私は長旅で疲れてしまったので、後の事は任せますわ」
そう言って、私は自室へと引きこもりました。疲れたというのは嘘ではありませんが、これから為すべき事が詰まっているというのが現実。華やかに見せながら、自室で行う事は地味な物ばかりなのです。
王都滞在中の行動計画を頭に叩き込み、対面するであろう人物の情報をおさらいする。そういった情報を押さえておかねば、貴族の世界では足を掬われてしまいます。特に王家との面会では、穏やかな雰囲気の裏で、激しくやり合う事になると思われます。私の発言一つが、キャンベル家を窮地に陥らせる事に繋がるかもしれません。なので、徹底的に準備するのです。……シルバを連れ戻すのが目的とはいえ、貴族の責務を果たさない訳にはいきませんから。
翌日、私を乗せた馬車は、王城へ向けてゆっくり走っていました。昨日の今日であっても、私の到着は噂として広まっていたらしく、多くの民衆が見物に訪れています。そんな、道の両脇で手を振る者たちに、時折優雅に手を振り返したりしていると、シルバは興奮気味に言います。
「やっぱり凄いですね! これだけの人が、レイナ様見たさに集まるなんて!」
「あら? 私と結婚して、神人であると公表すれば……シルバも手を振られる側になりますわよ?」
「えっ……それは、遠慮させて頂きます」
王都滞在の期間は、とても短い。なので、どんどん押していこうと思っております。ですが、薄々感じてもいます。……どれだけアピールしようとも、シルバの心を掴む事は出来ないだろうと。昔の私なら、頑なに認めなかったでしょう。なにがなんでも手に入れようと、躍起にもなっていたでしょう。そして、力尽くでも連れ帰った事でしょう。
「では、無理やりにでも連れ戻す事に致しますわ」
「レイナ様? 言葉に気持ちがこもっていませんよ」
シルバが指摘するように、私はそれを実行しようとは思えませんでした。シルバへと寄せる恋慕の情は深まっていると思うのに、です。キャンベル家の繁栄を考えても、シルバを手に入れるのが最良手なのに、です。あれだけ意気込んで、領地から遠く離れたここまで足を運んだのに、です……。
「そんな事ありませんわ! 絶対に、貴方を連れ戻します!」
そう言葉にしてみても、私は踏ん切りがつかぬままでした。実は……お父様が手を回してくれているのです。無理やりにでもシルバを連れ帰る算段を。それに、恥辱の神シェイム様も望んでいるはず。理由は知りませんが、シルバの身柄を確保する事を。神の意を得ており、手段まで持ち合わせていても……何故か、決断出来ずにいるのです。私、私の心が分かりません。あれだけ欲しいと願っていたはずなのに……。
悶々とする心を振り払えぬまま、馬車は王城へと到着していました。そんな胸中であっても、私は優雅な貴族の仮面を被る事を忘れないのでした。




