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争乱の神人  作者: 富井トミー
第11話 王都に咲く恥辱の名花
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056 sideA

 とりあえずではあるけど、メリちゃんのレイナ様に対する態度が緩和された。それでも、仲良くという風ではない。正と負の対立というのは、俺が思っている以上に根が深いようだ。揺れる馬車の中で、そんな事を思うのだった。



 王都へと向かう一団を、夜の(とばり)が出迎えた。辺りは暗闇に覆われ、これ以上の移動は危険が多いとの判断から、街道上の宿場町に宿を取る。俺たち冒険者と魔術師だけであれば、野営でもいい。だけど、護衛対象は大貴族のご令嬢。当然、野営で済ませる訳にはいかず、それどころか最上級の宿しか許されないだろう。なので、この宿場随一の宿前に馬車を停め、キャンベル家の紋章を見せつけながら宿一軒を丸ごと借り上げたのだ。これぞ、貴族の所業と言ったところか……。


 ただ、護衛団のみんなは大喜びだ。稼ぎの良い上位冒険者や魔術師であっても、一泊の値段を見て二の足を踏むような高級宿に、代金はキャンベル家持ちで泊まれるのだから……またとない経験だろう。そんな訳で、やる気を滾らせているみんなにレイナ様の護衛を任せ、俺はセバスさんの姿を探していた。キャンベル家に仕えていた時の上司であり教師。そして、レイナ様が(俺以外で)唯一、専属として近辺に置いている最大の理解者でもある。


 そんなセバスさんは、意外な事に馬車馬の世話を行っていた。主であるレイナ様の傍に控える訳でも無く、執事としての仕事の範疇から外れるような雑事に当たっているのだ。俺は邪魔にならないよう、自然に声を掛ける。


「俺も手伝いますよ」

「そうですか。では、お願いします」


 セバスさんは、手を止める事無く返事を返してきた。なので、馬車を曳いて疲れているであろう馬たちに飼い葉を与え、一日の働きを労っていく。それにしても、セバスさんというのは謎の人物だ。隣で馬の世話をするセバスさんをこっそり窺いながら、キャンベル家に仕えていた頃の記憶を思い出していく――


 まず、出会いはレイナ様を救出したあの時。第一印象は……被虐趣味の老紳士だった。その後、領都へ向かう際には御者台で馬車を操っていた事から、執事といっても大した地位ではないのだろうと勘違いしていた。だが、キャンベル家の屋敷に戻ってから、俺の予想は大きく外れていた事を知る。キャンベル家という大貴族に仕える使用人内の頂点。領主様からの信頼も厚い、家令相当の執事だったのだ。


 そのような立場であっても、セバスさんは謙虚で誠実だった。従者となって右も左も分からない俺に、様々な知識や技術を教えてくれた。メイドさんたちからの評価も高く、誰もが頼りにする名執事だった。そしてなにより、レイナ様が唯一、飾らない態度で接していた人物だった。公務で張りつめていたレイナ様の心労からくる癇癪(かんしゃく)を一身に受け止め、それでも笑顔を絶やさない出来た人だ――


 キャンベル家の事情にも精通し、レイナ様以上にレイナ様の事を知っていそうなセバスさん。そんな彼に話を聞きたいと思い、手伝いを申し出ながら機会を待っていたのだが……。


「お嬢様は、加護を授かって少し変わりました」

「えっ?」


 俺が聞きたかった事を読んでいたように、セバスさんが先手を打ってきた。思わず聞き返すような反応をしてしまうが、彼は構う事なく話を続けていく。


「大らかになったと言いましょうか、あるいは心にゆとりが出来たと言うべきでしょうか」

「はい。それは俺も感じました。でも、なんででしょう?」


 俺が仕えていた頃のレイナ様であれば、メリちゃんの暴言に近い発言の数々を許しはしなかっただろう。恥辱という貴族らしからぬ加護を授かった事も、平然と口にはしなかったであろう。……だから、それらの変化の理由をセバスさんに聞きにきたのだ。しかし、彼も首を傾げながら返答する。


「それが分からないのです。良い変化ではありますが、理由についてはさっぱりです」


 セバスさんでも分からないのであれば、考えられる理由は一つ。加護の力という事だろう。神人ほどではないにしろ、加護を授かるというのも希少な事例。その効果などは、解明されていない事のほうが多いくらいだ。


「じゃあ、加護の影響なんでしょうけど……専門の知識を持っている人もほとんどいない分野ですからねぇ」


 そう言って諦めかけたその時、どこからともなくシロの声が聞こえてくる。


「専門家なら、ここにいますにゃ」


 暗闇の中からすっと現れたシロは、胸を張りたそうな雰囲気を醸し出していた。確かに、これ以上ない専門家だ。ならばと、俺は問いかける。


「加護の力って……身体を強くするとか、マナの扱いが上手くなるとかじゃないの?」

「一般的には、それで正解ですにゃ。往々にして、人の望む事というのは似通っていますにゃ」

「望む事? それが加護とどんな関係が?」


 俺の質問に、シロは加護のなんたるかを説明し始めた。


 加護を授かると、神力を纏うようになる。その神力は、様々な部分を強化する。そこまでは、俺も知っている内容だ。だが、その続きがとても興味深いものだった。それは、強化の方向性。授けた側の志向だけでなく、授かった側の志向も影響するという話だ。そして、最も顕著なのが望みであると。


 例えばだが、グレイは強い身体を望んだのだろう。俺と対峙しても負けない力を。だから、ゴブリン相手でも重傷を負う実力だったのが、今ではA級冒険者に匹敵する戦闘力を誇っている。対照的に、メリちゃんの身体強度は非常に低い。その代わり、マナの扱いや魔術制御に関しては、A級魔術師であるジゼルさんを軽く凌駕する。それは、魔術の可能性に期待するという、メリちゃんなりの願いや望みだったのだろう。


「って事は……レイナ様が望んだのは、心の強さって事?」

「それは、本人に聞かなければ分かりませんにゃ。ですが、聞かないほうがいいですにゃ」

「望みを聞いた事で、望みが変わっちゃうかもしれないから?」

「そういう事ですにゃ。レイナ嬢は、今のままが一番だと思いますにゃ」


 確かにその通りだと思う。貴族であるレイナ様に、グレイのような強さは必要ない。魔術にさほど興味のないレイナ様に、メリちゃんのようなマナ制御の巧みさもいらない。まあ、どちらもあって困る事ではないけど、貴族という立場であれば……自分の代わりに、その道のプロを雇えばいい話だ。だったら、重い責任に耐える心の強さのほうが重要だろう。


「そうだね。それと、セバスさん。シロが喋ってる事、他言無用でお願いします」

「ええ、承りました。喋る猫という事は、分神と呼ばれる存在ですな」

「そうにゃ。主様が神人である事同様、私が分神である事も隠したいにゃ」

「そうで御座いますか。その事情はお嬢様の事情とも重なりますゆえ、私が口外する事は御座いません」


 セバスさんがそう言うのなら、それは確実に実行されるだろう。だって、レイナ様至上主義者の彼が、レイナ様の事情をないがしろにするはずが無いのだから。ただ、その事情というのが……十中八九、俺との結婚についてという事は、考えないでおこう。そうしよう。



 最高級の宿で朝を迎えた一団は、再び王都へと進む。道中、宿場町で同様に朝を迎えながら、目立ったトラブルもなく行程を消化していき……遂に王都へと到着した。そして、貴族専用の高貴門をくぐり、王都の街中へと馬車は進む。


「久々の王都ですわね。……悔しいけれど、メティカよりも栄えていますわ」


 レイナ様の言葉の後半部分、呟くように零れた本音に、俺はつい微笑んでしまった。加護の影響で変わった部分も目立つけど、変わっていない部分もあるんだな、と……。

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