055 sideB
メリは……やっぱり貴族という人種が好きではないようです。正の神々に信仰を捧げるメリとしては、どれだけの目に合わされても、負の感情を向けないようにと心掛けてきました。ですが、レイナ様の振る舞いや態度に接してみて……無理なんだと思い始めています。
王都近郊では、魔獣活性化が続いています。なのに、です! レイナ様はわざわざそんなタイミングで現れ、最前線で活躍すべき冒険者や魔術師を侍らせています。しかも、です! その目的は、シルバさんを連れ戻す事? ふざけるのも大概にして欲しいものです……。だって、レイナ様はメリたちと違って、より多くの人々を助けられる権力と財力を持っているはず。今こそ、それを使うべき時のはずなのに……魔獣退治よりシルバさんとの色恋優先なんて、許せません!
「貴族様はお気楽なようで、とっっっても羨ましい限りなのです!」
ついつい、思った事をそのまま口走ってしまいました。こんな事ばかり言っていては駄目だと分かってはいても、レイナ様を前にすると……どうにも止まりません。そんなメリの気持ちを知ってか知らずか、レイナ様は薄っすらと笑みを浮かべながら答えます。
「そう思って頂けているのなら、貴族冥利に尽きるというものですわ」
メリは、その返答に首を傾げてしまいます。だって、喧嘩を売るような言葉を投げかけたのだから、てっきり反論あるいは叱責が返ってくるとばかり思っていました。そんなメリに、シルバさんが解説をしてくれます。
「レイナ様には持論があって、貴族の名を掲げている時は誰もが羨むように優雅であれ、って考えで行動してるんだよ。ですよね?」
「ええ、よく覚えておりましたわね。その通りですわ」
その話を聞いても、メリには理解が出来ませんでした。だって、言葉通り受け取るのなら……羨まれ、妬まれ、嫉まれたいという事。ですが、シルバさんが知っているという事は、恥辱の神様からの加護を授かる前という事。あえて悪者になりたいと思う理由が……全く以って不明です。
「主様もレイナ嬢も……森住みの森人であるメリサンドでも分かるよう、もっと言葉を選ぶべきですにゃ」
シロ様からの助け舟によって、レイナ様やシルバさんはかみ砕いた説明を行ってくれたのでした――
結論から言うと……メリの目は濁っていた。そう思わざるを得ませんでした。というのも、あえて貴族の悪いところばかりに目を向けていたのはメリであり、知らない部分まで害悪だと決めつけてしまっていたのだと理解しました。
例えば、レイナ様の生活。メリの中では、好き放題我が儘放題をイメージしていました。ですが、実際は全然違うようです。多くの日を公務に費やし、空いた時間には教育を受けたり自分磨きに邁進する。煌びやかな表面で覆われていて隠されてはいますが、裏側ではきちんと責務と向き合っていたのです。そして、遊び惚けているように見えるのも、泥臭い努力を多くの民に見せないため。だって、貴族は偉くて敬われる存在であり、それが円滑な統治に繋がるのですから……。
それに、今回の護衛依頼にも裏がありました。これについては、レイナ様は一切考えておらず、お父さん……現キャンベル家当主様の采配であるようですが、自領の冒険者への手助けとレイナ様の恋路の手助け、その両方を一挙に解決するための一手だったようです。精鋭冒険者が集ったこの護衛団、その穴埋めには南部の冒険者も動員されます。活性化という危険を承知で稼ぎたいという南部の冒険者には、とても益のある話でしょう。……ハイランドさんたちの苦労は置いておいて、ですが。
そして、最後に中部の森人についての言及もありました。具体的に言うと、メリたちや過去に滅んだ集落についてです。これは中部の貴族の意見ではなく、あくまでレイナ様の考えという点は注意が必要ですが……正しさとはなにかを考えさせられる話でもありました。
メリたちだけでなく、過去に滅ぼされた集落の森人も、排他的な生活を送っていました。他種族――この国で言えば只人や獣人――とは関りを持たず、あくまで自身らの生活を貫いてきました。それが、純白の森人の矜持であり誇りだと。ですが、立場が逆になればどう見えるのか……それを一切考えてきませんでした。メリたちが他種族を知らないように、他種族の人々はメリたち森人の事を知らなかったのです。
知らないというのは恐怖です。なにを考えているか分からない隣人は、仲良くする気が無いのなら……排除しよう。そういった結論に達する事は、冷静に考えれば自然です。それに、地理的な差もあったでしょう。神聖国と隣接している北部では、神聖国の森人との交流があります。ですが、中部では森人といえばメリたちだけ。森人の事を知ろうにも、メリたちは門戸を閉ざして拒絶状態。……すべての非を中部の貴族や人々に被せたくとも、メリたち側にも非があった事は否定できません。
このように、レイナ様は思っていた以上に深い考えを持っていて、統治者という視点からの話には……考えさせられるものがありました。目から鱗が落ちるとは、こういった事を言うのでしょう。ですが――
「レイナ様が案外しっかりした人という事は分かったのです。でも、負の神様の手先に……シルバさんを渡す訳にはいかないのです!」
貴族としてどう在ったとしても、この人は負の神様の加護持ち。正の神様側のメリたちとは、敵対関係にあるはずなのです。だから、シルバさんを奪われる事を許してはならない。そうレイナ様に伝えたはずなのですが、なぜかシルバさんから反応がありました。
「メリちゃん、そういう決めつけは待って欲しい。負神側だからって全てを拒絶するのは、俺……悲しい事だと思う」
「シルバ! では、私との結婚も……」
「レイナ様、それは別件です。それに、俺としては、結婚とか再び仕えるとかは考えていません」
「そのつれない態度、最高に恥辱を掻き立てますわ!」
神力が流れ込む事に快感を感じるレイナ様は放っておいて、シルバさんの言葉について考えてみました。
シルバさんが言いたいのは、立場や状況だけで敵味方と区切りたくは無いという事でしょう。確かに、シルバさんはそれを実践しています。ゴブリンキング相手であっても、話し合いによる解決を提案していました。賊に身を落とし、羨望の神の加護を持つグレイさんに対しても、最初の友だと言い切っていました。……それは、崇高な志だと思います。ですが、とても危うい考えでもあると思うのです。
「シルバさん。そんな考え方では、いつか身を滅ぼすのです。だって、今は大争乱の時代。正と負に分かれ、激しく争う時代なのです……」
「そうだよね。でもさ、裏を返せば……争乱が収まりさえすれば、正も負も関係ないよね?」
「それはそうなのですが、まさか……ゴブリンキングに言っていた事、実現させるつもりなのです?」
誰もが争わない世を作る。シルバさんは、確かにそう言っていました。そのためなら、シルバさん自身が茨の道を歩む事になっても、と……。
「あれ? 冗談だと思われてたの? 本気も本気、大真面目だよ」
そう言って笑うシルバさんに、メリはなにも言い返せなかったのです。あまりの器の大きさとあまりの壮大な目標に、メリはどれだけ小さな人間なのかと思い知らされて……。ですが、メリはシルバさんの相棒です。そして、集落のみんなの恩人でもあります。だったら、メリも……シルバさんの抱く大きな夢を、共に実現させたい。そう考え始めたのでした。




