054 sideC
レイナ嬢が、主様に飛び掛かりました。それはもう大胆に。主様も私も身構え、攻撃に警戒しましたが……どうやら害意は無いようなのです。それどころか、うっとりした表情を浮かべながら主様に抱き着くレイナ嬢は、只の恋する乙女にしか見えません。ですが、神力視を通して彼女を視ると、確かに神力を纏っています。この態度が演技であると疑ってもみましたが、彼女からは愛の感情が溢れ出ており……演技だとは思えません。お陰様で、私の神力も滾ってきております。
「シルバ! やっと見つけたわ! 今すぐ連れ帰りたいところだけど、そうもいかないのよね?」
「え、ええ。レイナ様、そもそも従者としての契約は満了しています。俺は今、冒険者としてここにいますので」
「そう。なら、シルバにはつきっきりの護衛を命じます。それと……そこの森人、貴女もよ!」
周囲が呆然とする中、レイナ嬢は我が道を突き進んでいます。キャンベル家の馬車に乗り込ませての護衛に、主様とメリサンドを指名。……主様を選ぶのは分かりますが、何故メリサンドも?
当然、突然のご指名にメリサンドは困惑し、先ほどまでの怒りは、驚きと戸惑いに塗りつぶされているようです。そんなメリサンドに、確か……セバスという名だった執事が促すように歩み寄り、レイナ嬢のもとへと連れて行きました。そして、レイナ嬢はメリサンドをまじまじと観察した後、これまで護衛を務めた騎士団とこれから護衛を請け負う護衛団に向けて声を掛けます。
「騎士の皆は、ご苦労でした。領都への帰還を始めなさい。そして、これから護衛をしていただく皆様、細かな指示は執事に任せてありますわ」
そう言って、セバスを指し示します。優雅に一礼した彼は、これからの護衛計画についての説明を始めていました。が、主様とメリサンドは話に加えない意向のようで、早々に馬車内へと連れ込まれていきました。
他の冒険者や魔術師たちが仕事についての話をしているのですが、主様たちは……レイナ嬢の話し相手を務めていました。
「シルバ、逃げずに護衛の仕事を受けてくれて、私……嬉しいですわ!」
「レイナ様……退路を断っておきながら、その言い方は酷いですよ」
主様であっても、レイナ嬢の態度にはげんなりしている様子。貴族というのは……何故こうも面倒なのでしょう。まるで、この世が自分を中心に動いているかのような振る舞い、目の前におわす主様への失礼な態度の数々……傲岸不遜もいいところです! そして、そんな面倒臭さは、メリサンドへと向けられます。
「それで、貴女……メリサンドという名でしたわね?」
「えっ? なんで名前を知っているのです?」
「我が家の密偵に調べさせましたの。シルバとパーティを組み、あろう事か……同じ宿で寝泊まりしているとか?」
本当に面倒ですね……。財力と権力に物を言わせ、邪魔な者は排除する事も厭わない。そんな対象にメリサンドは選ばれたのかと、私は頭を抱えてしまいます。ですが、メリサンドもただでは退きませんでした。凄味を利かすレイナ嬢に対して、徹底抗戦の構えを見せます。
「そうなのですが、なにか? メリは、シルバさんの相棒なのです。部外者にとやかく言われる筋合いは無いのです!」
先ほどまでの怒りを本人にぶつけるかの如く、メリサンドらしくない強い語気で迎え撃ちました。これは汚らしい罵り合いが始まるのかと、私までげんなりしていると……予想と違った反応を、レイナ嬢は返してきます。
「ああ、素敵な物言いですわ! 私を除け者にしようとするなんて、なんたる恥辱!」
恍惚の表情を浮かべるレイナ嬢。そんな様子に、メリサンドも私もドン引きです。ただ、主様だけは冷静にその様子を分析し、レイナ様へと問い掛けます。
「レイナ様、変わりましたね。もしかして、加護を授かった影響ですか?」
私ははっとしました。どこか病的な気持ち悪さばかりに気を取られ、大切な事に目を向けられていませんでした。そう、いずれの神の加護を授かったのか。そして、あの様子……あの言葉から察せられる神といえば――
「そうですわ! 私、恥辱の神シェイム様より加護を授かりましたの!」
その名を聞いて、私は吐き気を催しそうになりました。よりにもよって、恥辱の神とは……。
恥辱の神シェイムとは、負に属する中級神。主要とみなされる神の中では末席に近く、信徒の数も少ないのです。なので、敵対する相手としての脅威度は低いのですが……とにかく気持ちが悪い神なのです! それはもう、粘着質な羨望の神よりもさらに! 下手をすると、数多いる神の中でもトップでは無いでしょうか?
その理由は、司る感情。恥辱を司るとあって、上位の存在に対しては恐ろしいほどのマゾヒストなのです……。そして、目下の存在に対しては鼻持ちならない気取った物言いが目立ち、なにを考えているのかよく分からない神でもあります。よって、私の独断で作る「関わり合いたくない神ランキング」の上位にランクしています。……そんな神なんです。
ただ、あのレイナ嬢が加護を受け入れたのは意外です。主様のように意識がない中で神人に仕立て上げたのと違い、レイナ嬢には受け入れるかどうかの選択肢があったはず。……恥辱という貴族とは程遠い感情を、レイナ嬢は自ら受け入れたという事です。それ自体がある意味では、恥辱。なので、彼女の纏う神力は、加護を受けて間もないというのに満ち足りています。そこまで考えて加護を与えたというのなら、恥辱の神への評価を改めるべきかもしれませんね……。
ですが、今考えるべき事は別にあります。レイナ嬢の目的です。恥辱の神の駒として、主様に害を為すつもりなのかどうなのか。それをはっきりさせるべきでしょう。
「レイナ嬢、貴女の目的はなんですにゃ?」
私は迷わず口を開きました。主様が神人であると知られている以上、私が分神であると知られても問題ありません。それに、彼女の溢れる愛の感情によって、人語を再び話す事が出来るようになったという……多少の感謝の念もあります。
「あら? その黒猫、喋るのですわね。だからでしたか。シルバを手に入れるための計画が漏れたのは……」
「そうですにゃ。私が逃げるよう伝えたにゃ。で、目的は?」
「そのような事、分かり切っていますわ! シルバを手に入れる、それ以外ありますでしょうか?」
嘘を言っているようには見えない、とても澄んだ瞳での返答でした。これが演技だとするなら、相当な役者でしょう。それに、信頼を可視化出来る主様がおとなしく馬車に同乗している事からも、レイナ嬢にはその目的がすべてのように思えます。ですが、深く信頼し愛しているからこそ、人が狂う事もあります。主様はお人好しが過ぎるところがありますから……油断せずにレイナ嬢を監視をするのは、私の役目という事でしょう。
「とりあえず、今の言葉を信じるにゃ。害意が無いのなら、好きにすればいいにゃ」
「シルバを傷付けるなんて、考えるはずないでしょう?」
直接傷付ける行為でなければ、薬を盛るのはいいのでしょうか? そんな疑問は浮かびましたが、あえて口にはしませんでした。面倒そうですから……。
そうこうしているうちに、護衛の配置などが決まったようで、馬車は動き始めていました。そして、馬車の中はというと、なんとも形容しがたい雰囲気を保ってしまっています。一方的に話を続けるレイナ嬢、それを適度に相槌を打ちながら受ける主様。そして、その様子を面白くなさそうに眺めるメリサンド……。この再会と出会いが、どのような騒動を引き起こすのか。せめて大事にならなければと、分神であるにも関わらず祈りたい気分になるのでした。




