050 sideD
<トラディス王国南部 交易都市メティカ キャンベル邸>
シルバの捜索を開始して一月以上が経過した頃、いまだ発見の知らせが届かぬ私のもとに、あの声が降ってまいりました。
(恥辱に咲く名花よ。汝が探す男は、王都ディストラにおる)
「その声、その気配は……シェイム様? それに、シルバが本当に王都にいるのですか?」
(左様。疾く向かうがよい。ではな、名花よ)
用件だけを伝えて、恥辱の神シェイム様の気配は遠ざかっていきました。その直後、旅支度を始める私に、専属執事のセバス(変態)が声を掛けてきます。
「お嬢様、また視察でございますか?」
「違いますわ。シェイム様の神託を授かったのだから……これは、神への奉仕ですわ!」
先ほどのシェイム様とのやり取りを聞いていたであろうセバスは、お仕置きを覚悟しながら苦言を呈します。
「王都まで赴くとあらば、視察では名目が立ちません。家出ともなれば、より問題ですぞ?」
加護を授かる前の私であれば、その言葉に反発……そして、セバスを叱責した事でしょう。その対応を期待しているようで、被虐趣味のセバスの目は輝いています。ですが、恥辱のなんたるかを理解しつつある私は、あえてその期待を裏切る事にします。
「それもそうですわね。セバス、良く言ってくれました」
「えっ? お嬢様? お叱りではないのですか?」
明らかな動揺の声。期待した未来が訪れなかった落胆。……とても良い辱めでした。焦らす事で、より良い恥辱の力を集められる。変態執事限定ではありますが、加護の力の強化のためには必要な措置です。ああ! 力が流れ込んでくるこの快感!
「叱って欲しいのなら、私のためにしっかりと働きなさい! まずは、お父様に話を通しますから、ついてらっしゃい」
「はい! 喜んで!」
犬のように付き従うセバスを引き連れ、私はお父様への報告と提案を行いました。シルバは王都にいて、私自ら連れ戻しに行く事を神も望んでいます、と。
結果から言えば、お父様は承諾しました。条件付きではありますが、あれだけ私が外に出るのを嫌っていたのにです。……神の威光の凄まじさを垣間見た気がしますわ。
そのような訳で、お父様は動き始めました。お父様が出した条件を、お父様自身が満たすべく動いてくれたのです。そして、その条件というのが、シルバが王都にいる事の確認と私が王都へと向かう理由作り。王国屈指にして、南部を代表する貴族である私は、軽々しく動く事が許されぬ身なのです。なので、確固たる情報と動機が必要という訳です。……なんとも面倒な事ですわ。
再び自室へと戻った私は、セバスへと声を掛けます。
「それにしても、北に逃げたのは予想外ね。そう思わない、セバス?」
「おっしゃる通りにございます。そして、南部辺境……大平原が怪しいと進言したのは私奴に御座います。という事は――」
「叱らないわよ? 先にも言ったように、叱られたければ功をあげなさい」
肩を落とす執事は置いておくとして、シルバが王都方面へと向かったのは意外でした。てっきり、大平原へ逃げると考えて手を回したため、中部や北部への捜索の手は緩やかでした。ですが、要所……街道やその付近の都市や町には追っ手を放っておりましたし、影響下にある貴族にも情報提供は求めておりました。なのに、王都まで移動出来たのは……何故なのでしょう?
「それでしたら、お嬢様。シルバ殿と関係があるかもしれぬ情報が一つ御座います」
「そう。勿体ぶらないで言いなさい」
蔑むような態度と言葉で催促すると、ゾクゾクと震えながら変態執事が話し始めました。その情報とは、中部の森林地帯で起きた異変。森人の大移動の話でした。
これまでは森に固執していた森人たちが、突如として森を放棄。そして、北の隣国である神聖アンティス共和国へと逃亡したと。その途上、奴隷狩りの賊と交戦し、一方的な勝利を収めたとも。……俄かには信じられない話ですが、我が家の密偵を通じての情報らしいので真実なのでしょう。そして、この話の重要な部分はたった一つ。森人に手を貸したとされる只人の存在。
その只人は、戦闘中にのみ目撃されています。なので、見間違いの可能性が高いとされ、私のもとに報告が上がってこなかったようなのです。なんたる職務怠慢でしょうか。そう言いたい気持ちを抑え、その只人がシルバだったと仮定して考えてみました。すると、シェイム様の言葉に誤りが無かったとの確信が芽生えます。シルバは……確実に王都にいると。時系列的にも移動ルート的にも、見事な一致を見せたのですから。
「良い情報ね、と言うとでも思ったかしら? 功だと言うのなら、早い段階で私に伝えてこそでしたわ」
「では……?」
「お叱りは無しよ」
落胆を体現するように項垂れる執事を放置し、私は待ちました。王都に潜んでいる密偵からの知らせを……。
そして、一週間ほど経った頃、私はお父様からの呼び出しを受けていました。
「レイナちゃん、王都の諜報員からの連絡が入ってきたよ。シルバ君が王都にいるとね」
「では、私が向かっても良いのですわね?」
私は待ちきれないとばかりに、テーブルを挟んで向き合うお父様へと身を乗り出しながら聞きました。ですが、お父様の表情が優れません。ここにきて、約束を反故にするつもりは無いのでしょうが、なにやら言い出し難い話があるようです。返事が待ちきれないのは事実ですが、お父様が切り出し易いように居住まいを正して待ちました。そして、お父様は重い口を開きます。恐る恐るという風に……。
「騒がず聞いて欲しい。……シルバ君の傍らには、美しい森人の少女が付き従っているらしいのだ」
「えっ!」
思わず飛び出した驚きの声の後、怒りが沸々と湧いてきました。私という女がいながら……! ですが、昔の私とは違います。怒りはやがて恥辱へと変わり、滾る力の快感に……私は、満面の笑みを浮かべていました。
「レイナちゃん? 大丈夫かい? 騒がずとは言ったが……無理なら暴れまわってもいいんだよ?」
私が笑顔を浮かべた事で、心の限界を超えてしまったとでも勘違いしたのでしょう。ですが、違います。私は嬉しいのです。……シルバは変わらずシルバなのだと理解出来て。だから、シルバは素敵なのです!
「大丈夫ですわ、お父様。それで、私は王都に向かっても?」
「あ、ああ。レイナちゃんが大丈夫と言うのなら、準備は整っているよ」
そこからは、シルバの調査結果と私の王都での公務計画の話が続きました。
シルバは冒険者と魔術師ギルドに所属していて、登録直後ながらに大活躍しているそうです。特に、大氾濫の危機を回避した功績を認められ、あっという間の昇級が認められたのだとか。
そして、私が王都へ赴く理由。建前上では、キャンベル家当主であるお父様の名代として、王家やその重臣との友好。実体は、各ギルドの王国本部への人材調査と斡旋依頼。という風に噂を流し、真なる目的であるシルバの逃亡を阻む……二段構えの計画となりました。
お父様との話が終わった私は自室へと戻り、事前に準備していた旅支度を馬車に積み込むよう指示します。そして――
「セバス、すぐに発つわ! 貴方も手早く準備を整えなさい!」
そう言った私に対して、セバスは恭しく頭を下げながら言います。
「すでに全て整っております。あとは、お嬢様が乗り込むだけです」
よくよく部屋を見渡すと、確かに荷物一式の姿がありません。そこで私は、変態執事に褒美を与えます。
「セバス、素晴らしい仕事よ! 愚図の分際で主人の考えの先回りをするなんて……恥を知りなさい!」
蔑むように言い放つと、変態執事は恍惚の表情を浮かべました。そして、気色悪い表情のままの執事と共に、私は馬車へと乗り込むのでした。




