048 sideC
主様たちは、一足先に王都へと帰還しました。大氾濫の根本原因を取り除けた事が大きいですが、それ以外にもいくつかの理由があっての帰還です。
まずは、情報の横展開。大氾濫を故意に促進した新種の魔獣、暫定名称ゴブリンキングの存在。この情報を冒険者・魔術師ギルド内の情報網に載せ、各支部に危機を共有するのです。それと並行して、国への報告も必要です。今回は未然に防ぐ事が出来ましたが、これ以降は……大氾濫発生の可能性が高いという事を周知する必要があります。もし、大氾濫が発生した場合、国や貴族の持つ軍が防衛の中心。即座に動けるよう備えておいて欲しいという事です。
そして、もう一つ。調査隊の編成です。今回の騒動は……不明な点が多すぎるのです。果たして、事故だったのか事件だったのか。偶然だったのか必然だったのか、とも言い換えられます。塞ぎ直された落盤現場については、魔獣たちの仕業で間違いないでしょう。ですが、塞ぎ直される前……落盤が最初に起きた事は、何者かの仕業なのか。はたまた、偶然にも落盤が発生してしまったのか。これをはっきりさせるのは、最優先で行うべきでしょう。
そして、魔獣が知性を得た点も。何故という部分を詳らかにするのは難しいでしょうが、どの程度の知性なのかを測る事は可能です。魔獣によって作り出された扉や玉座、その他にもいくつかの工作物があり、それらを調査する事で知性や文化の程度は知る事が出来るはずです。
こういった事情と、主様がいなければ全滅という激戦を終えたという事で、王都への早期の帰還が叶ったのでした。
王都へと到着すると、パーティは解散しました。ハイランドとジゼルは、すぐさま行動を起こすためにそれぞれのギルドへ。筋肉小男とトカゲ男は、消費・消耗した装備類の手入れのために武具商店へ。そして、残された主様たちと私は、いつもの酒場宿「酒飲み猫」へと向かいました。
主様が店の扉を開くと、チリンと鈴の音が響きました。そして、ホールで接客していた店員とカウンター奥で調理をしていた女将が、仕事を放り出して駆け寄ってきます。
「あんたたち! 無事だったのかい?」
「C級以上の冒険者さんたちが、シルバさんの依頼先に大勢向かったって聞いて……心配してたんです!」
そんな二人の出迎えに、主様とメリサンドは笑顔で応えます。
「無事も無事! 問題の原因は解消してきましたよ」
「メリも大丈夫なのです! それと……ただいま、なのです」
そんなやり取りをしていると、主様たちの周辺に他の客たちが集まり始めました。その多くが冒険者のようで、今この場にいるという事はD級以下。「小鬼の巣窟」で何が起こっているのかは、ギルドから知らされていないようです。
「おい、一体何が起きてんだ? ギルマスまで飛び出してったんだぜ?」
「声が掛かった冒険者も、腕利き連中ばかり。……ぜってぇヤバイ案件なんだろ?」
話すまでは解放しないという雰囲気に、主様たちは掻い摘んで説明をするのでした。そして、その話が終わると……。
「大氾濫、一歩手前?」
「はい。マナ濃度は平時の十倍以上。上位種も大量にいましたよ」
一歩手前と言いましたが、状態としては大氾濫と言い切っても問題ないほどでした。溢れ出していない事と人々を不安にさせないため、あえて主様は一歩手前と表現したのでしょう。流石は主様です。
「新種の魔獣、それも……推定S級の喋る魔獣?」
「そうなのです! グレートゴブリンを何匹も率いていたのです!」
B級の魔獣を複数従えると言えば、その恐ろしさが理解し易いでしょう。内包するマナ量が多いとか、力が強いとか……そのような表現よりも、説得力が高い表現でしょう。メリサンドもなかなか分かっていますね。
「『閃光』と『黒炎』、王都の冒険者と魔術師のトップ二人とパーティを組んだ?」
「はい。それくらい危険な迷宮攻略だったって事です」
「そこにもう二人、ベテラン冒険者さんが加わっていたのです。でも……一歩間違えば、全滅していたかもなのです」
ハイランドとジゼルは、王都では相当有名なんでしょう。パーティを組んだ事を羨む声や、その二人がいても全滅の危険があった事への恐怖の声。様々な声が聞こえてきます。そんな中で女将は、主様たちを気遣うような言葉を発します。
「あんたたちは駆け出し! 無理するんじゃないよ! 無茶をして死んでいった駆け出しが……どれだけいると思ってるんだい!」
厳しくも温かい言葉だと思います。真心からの言葉であると理解したようで、主様たちは申し訳なさそうな表情を浮かべました。ですが、女将は表情を柔らかくして、こう言葉を続けます。
「でも、あんたたちのお陰で、あたしたちは安全に暮らせるんだね……。ありがとう」
その言葉に、主様たちは満面の笑みを浮かべながら頷きました。そして、他の客たちからも称賛の声が上がります。
「俺らがここで酒を飲んでられるのも、お前たちのお陰って事だな!」
「そうだな! お前ら、よくやってくれたぜ!」
……こんな時、主様ならこう表現するのではないでしょうか。みんな、白くて綺麗な心だ、と……。
ひとしきりの騒ぎの後、主様たちは夕食を終えて宿の部屋へと戻りました。そして、始まったのは――
「主様、説教の時間ですにゃ!」
そう。私からのお説教タイムです。色々と叱りたい事はありますが、どうしても言わなければならない事は一つだけ。
「何故、魔法を使ったんですにゃ! 命の危険がある場合のみと、私は言いましたにゃ!」
「えっ? だから使ったんだけど……。みんなの命が危なかったでしょ?」
「えっ? 主様? それはどういう事ですにゃ?」
「えっ? そのままの意味だけど……」
しまった! 私と主様の間には、認識の差があったようです。確かに私は、”主様の”という言葉を抜いて話していたと思います。それを主様は、”全員の”として受け取ったようなのです。主様の性格を考えれば、容易に思い至るべき失態です……。
「確かに、私にも落ち度がありましたにゃ。ですが、それなりの規模の魔法……それも『癒しの奇跡』まで使うなんて」
「だって、みんなで勝って帰りたかったから……」
「そうですにゃ、そうでしたにゃ……。主様は、そういう人なんですにゃ。ですが、後悔しても知りませんにゃ?」
「後悔って、大げさだなぁ」
決して大げさではないのです。一部の負の神は、主様の復活に気付いている又は、疑っている状態のはず。そのような状況での神力行使。きっと、何かしらの動きを見せてくるでしょう。
ただ、せめてもの救いは、負の神々のまとまりの無さでしょうか。神同士であっても、疑い合い出し抜き合う。それゆえに、情報を共有しようとする考えは最後の最後。手に負えなくなるまでは独断専行ばかり。そのせいで、この箱庭に幾度も危機が訪れたというのに……。ですが、今の私たちにはありがたい限りです。負の神々が結託して攻め来るまでの時間的猶予が与えられている訳ですから。
「そんな事を言っていると……グレイというワンちゃんか、高慢なレイナ嬢あたりが現れますにゃ」
「ないない! グレイは中部で賊の頭目。レイナ様は南部の大貴族。王都まで来る訳ないって」
主様は笑っていますが……なにも分かっていません。主様自身の重要性も、負の神々の厄介さも。ワンちゃんに加護を与えた羨望の神は、粘着質な不気味な神。レイナ嬢については加護の主は不明ですが、負の神にまともな神は一柱も存在しません! だから、笑い事では済まないのです……。
そんな事を考えていると、ふいにメリサンドが口を開いたのでした。




