047 sideA
ディンガの求めに応じて、俺は俺自身の事を説明した。そして、最後に謝る。
「ごめん! 隠し事してて。決して騙そうとしてた訳じゃなくて……」
そう言って頭を下げていると、ディンガが頭を掻きながら言う。
「おいおい、隠し事の一つや二つ……あって当たり前だぜ?」
「うむ。私やディンガも、色々隠している。例えば、酒を――」
「ド、ドーリス! なに勝手に暴露しようとしてんだよ!」
ディンガとドーリスが戯れ始めたから、俺はジゼルさんへと視線を向ける。すると、待ってましたとばかりに質問の嵐が吹き荒れた。
「神力を扱うというのは、どのような技術が必要なのでしょう? あと、魔法! 魔法とは、魔術と発動の形式が違うとか。その辺を詳しく教えて頂きたいのですが?」
「それはまた、王都に帰った後にでも……」
とりあえず、悪感情を向けられるような事は無いようだ。それに関しては一安心だけど……ジゼルさんの研究対象に選ばれたようで、非常に面倒臭い事になりそうだ。
ただ、この秘密を明かしたという事は、済ませておかなければいけないことがある。それを切り出そうとした俺を遮るように、シロがみんなの中心に進み出て言う。
「これらの話は、絶対に他言無用にゃ。なので、契約魔術で縛らせてもらうにゃ」
「おい、ちょっと待ってくれ! なんでそこまでしなきゃいけねぇんだ? それに、この猫……なんでこんなに偉そうなんだよ」
そういえば……シロやメリちゃんの説明を忘れていた。自分の事ばかりを語るなんて、反省しなきゃいけないな。そんな風に考えていると、シロが高らかに宣言する。
「私は、愛の女神ラブの分神! 偉そうではなく、偉いのですにゃ」
「そうかそうか、分神様だったか……って、嘘だろ?」
「筋肉小男は察しが悪いですにゃ。人語を喋り、魔術を扱う只の猫がいると思うのですにゃ?」
「いませんぜ……。というか、筋肉小男って……」
特徴を捉えた名付けをされて、しょぼくれるディンガ。そんな事お構いなしに、シロはメリちゃんが加護持ちである事も告げ、話をどんどん進めていった。俺が語らなかった分の俺の話も含め、一通りの説明を終えたところで再度要求する。
「主様と私の正体が知れ渡る事の危険性、理解できたはずにゃ。だから、契約をする必要があるにゃ」
一通りの説明の中には、例の負神側からの侵攻の話も含まれていた。そんな話を聞かせた上で契約魔術を迫るなんて……卑怯だと思う。ハイランドさんとの契約を交わした時は、俺も俺の事で手一杯だったから気付かなかった。だけど今回、客観的に話を聞いていて思うのは、こんなやり方では駄目だという事。
俺の神力の源は、愛ではなく信頼だった。なら、俺もみんなを信じたい。契約なんかで縛り付けるのではなく、信頼の上で秘密を共有したい。だから――
「シロ、待って。契約魔術は必要ないよ。なんなら、ハイランドさんとの契約も解除しよう」
「主様? それは良くないと思うのですにゃ!」
「いいや、いい事だよ。だって、俺は……信じ信じられる仲間が必要でしょ?」
「主様! 思い出していたのですね……。貴方様が司るものを……」
驚きで語尾のにゃを忘れているシロが、不意にこぼした語句。司る。この言葉と、ゴブリンキングの最後の言葉が重なっていく。……俺は、神だったのか? 一瞬、そんな思考が頭をよぎったが、すぐさま否定する。だって、そんな事あり得ないのだから――
神がなぜ神なのか。様々な定義はあるだろうけど、最も重要な要素の一つに”存在する場所”が違うというのがある。シロの言葉を借りるなら、神の座。多くの人々の認識で言えば、天上やら天界。俺がいるこの地上に、神は存在する事が許されない。なので、分神を派遣したり、神人や加護という形で間接的に関与する。直接出向く事が出来ないからである。だから、俺が神だという考えは、あり得ない。
俺は、馬鹿げた考えを振り払うように頭を振った。そして、ハイランドさんとの契約解除を行う。併せて、みんなへと秘密を守るようお願いした。押し付けるのではなく、納得して受け入れてもらえるように。すると、みんなから気持ちの良い返事が返ってくる。
「安心しろよ! 死線を共にしたお前たちの秘密なら、意地でも黙っててやらあ!」
「承知。信には信で返すのが礼儀ゆえ」
「魔術師ギルドマスターとして、口外しない事を誓いますわ! ただ、他の人の耳目が無い時には……色々と聞かせて下さいませ」
「私も引き続き、口外はしませんよ。ですがその分、ギルドのためにしっかり働いて下さいね?」
「メリも、念のため言っておくのです。絶対に秘密を喋らないのです!」
みんな、綺麗な白い心で約束してくれた。これで絶対大丈夫だ。そう確信して、俺は頷き返したのだった。
その後俺たちは、最深部入り口の扉を全開にしてから、来た道を引き返していた。最深部に溜めこまれていたマナが流れ出した影響か、幾度かの散発的な戦闘が発生したが、いずれもあっさりと駆逐を完了していた。あの最深部での戦闘を思えば、ハイでもグレートでもない只のゴブリンなんて……物の数ではないだろう。だからこそ思う。あのキング率いる軍団を、あの場で倒しきる事が出来て良かった、と。
そこで俺は、ふと思った。魔獣と人の和解や共生を目指すのなら、世界という謎の存在の事を知らなければならないと。世界とはいったい何者で、そもそもコミュニケーション可能なのか。魔獣の親玉っぽい話だったけど、すべての魔物を支配下に収めているのか。その他諸々、情報があまりに不足している。まず相手の事を知らなければ、キングが言ったように永遠に争い続けるしかないだろう。
だから、俺はシロへと聞いた。あの時はそれどころではなかったけど、キングの言葉につい声を上げてしまったシロであれば、なにかしらの情報は持っているはずだと。
「ねえ、シロ。世界ってなんなの? 神の一柱とか?」
「おっ、シルバ。実は俺も気になってたんだよな、それ。あのゴブリン王が、くどいくらいに言ってたからよ」
他のみんなも同じだったようで、それぞれが興味深げな表情を浮かべていた。そんな俺たちに、シロは簡潔に言い放つ。
「よく分からないにゃ」
「「えっ?」」
俺とディンガは、思いもしていなかったシロの返答に、気の抜けた声を発してしまっていた。でも、考えてみれば……シロは、魔獣の事すらよく分かっていないと言っていた。だったら、親玉っぽい世界の事を知らないのも頷ける。けど、だったら……なんで驚きの声を上げたのかが不思議だ。
「じゃあさ、シロは何に驚いて叫んでたの?」
「三百年という数字、決まりを破ったという言葉……ですにゃ」
「大争乱の時代が始まった事と関係ある?」
俺の問いに対して、シロは困ったように固まった。どうも、色々と考えている様子で、しばらくしてからやっと返事が返ってきた。
「制約に引っかかって話せないみたいですにゃ」
「……という事は」
「そうですにゃ。主様に深く関わる話ですにゃ」
何故、俺が……三百年前の話と? 正確な年齢は不明だけど、どう考えたって三百歳を超えているとは思えない。人の寿命なんて、せいぜい八十年。神人であれば多少伸びるなんて話を聞いたような気がするけど、それでも百やそこらだ。……まったく訳が分からない!
みんなが恐怖と絶望に包まれたであろう戦闘を乗り越えた先には、少しだけの俺の正体につながるヒントと……多くの謎が待っていた。俺の正体についても、いくつか分かった事がある以上に、分からない事が増えた。そこに追加で、世界なんて訳の分からない存在まで絡んできて……。でもまあ、みんなと無事に帰還出来る。まずはそれを喜ぼうと思うのだった。




