046 sideA
ゴブリンキングは、ただただこちらを見つめていた。その瞳には焦りも不安も、恐怖や絶望もなく、自身と配下の勝利を信じて疑っていない。あれだけいたゴブリンが、たったの数匹にまで減ったこの状況でもだ。それは、王としての矜持なのだろうか。それとも、俺と同様に一部の感情を持ち合わせていないのだろうか。
睨み合う形で膠着している今……これが最後の対話のタイミングだ。俺はキングへと問い掛ける。
「恐くないのか?」
俺の問いに、キングはふっと笑う。その、なんとも人間味のある動作に、本当に魔獣なのか分からなくなりそうだ。
「恐イサ。コノ国ガ滅ブ事ガ。何モ成セヌママ消エル事ガ。ダカラ、戦ウノダロウ?」
おもわず感心してしまった。負の感情を持ち合わせながら、それを乗り越えて前を向いている事に。魔獣の王として、世界とやらの僕として、気高く崇高であろうとする事が。もし、敵対する関係でなかったなら、良き友になれただろうに……。そう思ってしまうのは、俺の傲慢だろうか?
「恐いんだったらさ、戦わないって選択肢も……」
「クドイゾ! 我ラ世界ノ子ハ、神ノ子ト共ニ在ル事ハ無イト言ッテイル」
神だの世界だのの意志がある限り、この世の争いは無くならないって事なのだろうか? こうやって言葉を交わす事が出来る相手なのに、使命だの義務だのが邪魔をするというのか? 誰もが信じあい、手を取り合って歩む未来は無いのか? ……今のままでは、争いは収まらない。個人の考えよりも、使命が優先される。信じていても、共に歩めぬ者がいる。だから……。
「そうだね。今はまだ、戦う以外の選択肢は無いんだね……」
「今ハ、デハナイ。未来永劫変ワル事ナクダ」
本当にそうなのだろうか? 正と負の対立も、人と魔獣の対立も……絶対不変の理なのだろうか? いいや、いずれ変えてみせる。今すぐには無理だし、そもそも……その手段もまだ分からない。でも、俺には力がある。何故、これほどの力があるのか謎だったけど、今分かった。俺が描く理想を、この地上にあまねく広めるためだ!
「いいや、変えてみせるさ! 誰もが、神だの世界だのに振り回されない世の中へ!」
「クハハハハ! 出来ルモノナラ、ヤッテミロ。ダガナ、ココカラ生キテ帰レタラノ話ダロウ?」
キングは不敵に嗤っていた。なにがあっても、俺たちと戦い……勝つつもりでいるようだ。世界の意志の執行者として、神人の俺を葬り去る以外の考えはないらしい。だったら――
「誰もが争わない世の中を作るためなら、俺が血に塗れて手を汚す事も……厭わない!」
「ヨク言ッタ! デハ、イクゾ!」
キングが飛び出すと、それに続くようにグレートもこちらに向かってくる。その動きに対応して、ディンガが指示を飛ばす。
「シルバ、ゴブリン王は任せた! 俺たちは、この場でグレートを迎え撃つぜ!」
その指示を受けて、俺はキングの前に立ちはだかった。そして、振り下ろされた一撃を受ける。
その一撃は、お世辞にも綺麗な攻撃では無かった。そもそも、キングの得物は杖。それも王笏のように華美な物で、戦闘で使う物ではない。だが……重かった。譲れぬ想いを乗せたような……覚悟を決めた一撃だ。全力で身体強化を使っている俺ですら、圧し潰されそうな気持ちになるほどの。
だが、俺は受け切った。力任せに押し込まれてくる杖を払いのけ、今度はこちらが剣を振るう。
キングの拙い杖術と違い、俺の剣術は鋭く速い。あのゴンツ教官が命を刈り取る剣だと評したように、容赦なくキングを切り刻んでいく。しかし、キングも流石だった。致命傷になり得る斬撃だけは本能的に避けるような動きを見せ、勝つ事を諦めた様子はない。……だが、キングはじりじりと後退を続け、玉座のある最奥にまで追い詰める事に成功した。
少し攻撃の手を緩めた俺は、みんなの戦況を確認する。グレートは残り一匹まで数を減らし、その一匹もみんなの猛攻を受けて虫の息だ。あっちも、勝負は決したようなものらしい。
「チェックメイト、かな?」
そうキングに投げかけながら、俺はキングから少しの距離を取り、最後の一撃を繰り出すために構える。その意図を理解したであろうキングは、裂帛の気合と共に俺に殴りかかってくる。
「グオオオオ! 我ハ負ケヌ! 負ケラレヌ!」
だが、キングの攻撃が俺の身体に届く事は無かった。振り下ろされる王笏より先に、俺の剣がキングの身体を上下に二分割するように切り裂いた。
本来なら即座にマナとなって消えるはずのキングの身体は、膨大なマナを内包していたためか、一瞬の猶予を与えられていた。そこで、キングが最後の呟きを残す。
「オ前ガ……神ダッタノカ……」
そして、キングは消え去った。とても意味ありげな言葉だけを残して……。
振り返ると、みんなも最後のグレートを討ち取ったところだった。そして、みんなのもとに向かおうと、俺が一歩踏み出したその瞬間――
視界が暗転した。そして、次に映し出された光景は、洞窟の中ではなかった。
この世のものとは思えない、とても美しい風景。花々が咲き誇り、清らかな水が流れていた。そんな景色の中で、俺は東屋のような一角で、神々しいまでに美しい女性と話している。腰まで伸ばした美しい黒髪に、非の打ちどころのないほど整った顔。……俺は、この女性を知っている。愛の女神ラブ。シロの本体である八従神筆頭格。そして、俺の……?
その先が思い出せなかった。それだけではなく、あの場所の事も、俺自身の事も……。
そして、再びの暗転の後、俺の瞳に映った光景は、洞窟……「小鬼の巣窟」最深部の景色だった。一体、なんだったんだろう?
「シルバさん! 大丈夫なのです?」
メリちゃんが心配そうに声を掛けながら、俺の身体を揺らしていた。どうやら俺は、立ったまま気を失っていたらしい。他のみんなも心配そうに声を掛けてくるので、俺は「大丈夫」と短く声を発した。そして、シロの姿をまじまじと観察した後、確認するように声を掛ける。
「ねえ……シロの本体って、黒髪の絶世の美女だったりする?」
俺の言葉に、みんなが呆れたような表情を浮かべていた。それもそうだろう。苦境を乗り越えての勝利を祝うでもなく、訳の分からない事を言い出したのだから。それに、シロの正体を知っているのは、メリちゃんとハイランドさんのみ。それ以外の三人も、さっきシロが喋っていたから、普通の猫でない事は分かっているだろうけど……分神だとは思ってもいないだろう。だから、なに言ってんだこいつって感じの視線が、俺に突き刺さりまくっている。
そんな、なんともいえない空気の中、シロだけは違った。身悶えるかのように身体をぶるぶると震わせながら、感極まった声で叫んだのだ。
「主様! 思い出したのですね! そうです、私の本体は美しいのです! 地上はおろか、神の座においても至上の美と称えられ――」
「シロ、ストップ! 分かった、分かったから……。それに、みんなが残念なものを見る目で見てるから!」
あの視線が、今度はシロへと向けられていた。それもそうだろう。メリちゃんやハイランドさんだって、愛の女神の姿は神像でしか知らない。他の三人に至っては、愛の女神の事を語っているとは思ってもいない。目の前の黒猫から、絶世の美女の姿が想像できる訳もない。
その事に気づいたシロは、コホンと猫らしからぬ咳払いをした後、俺に問い掛けてくる。
「全てを思い出した……訳ではなさそうですにゃ?」
「うん。ごく一部を思い出した、と思う。すごく綺麗な場所で、女神と話してた。それだけかな」
そんな会話をしていると、いよいよ我慢が限界に達したようで、ディンガが説明を求めてくるのだった。




