045 sideA
最年少のメリちゃんが、あらん限りの声でみんなに発破をかけた。そのお陰で、みんなの顔に覚悟を決めた表情が浮かぶ。
「……そうですね。私たちが臆していては、誰がこの脅威を取り払えるのでしょうか?」
「ええ。そうですわね。絶望を希望に変えてこそ、ギルドマスターというものですわ!」
二人のギルドマスターが、それぞれの剣と杖をぎゅっと握りしめた。そして、ドーリスがみんなの前に進み出て、剣と盾をしっかりと構える。
「うむ。私の力では、敵を斬るには不足。しかし、皆を護る盾になら成れる!」
珍しく声を張り上げるドーリスに触発されたのか、最後にディンガが弓を掲げて号令を出す。
「ブルっちゃいられねぇな! お前ら、さっき決めた通りの役割で動け! シルバ、攻めは任せたぜ?」
俺たちが戦闘の準備を整えている間に、ゴブリン軍団側も陣形を組み替えていた。その動きは人間の軍隊そのもので、あっという間に強固な布陣が完成している。これまでの人間と魔獣の戦いは、集団の組織力で人間が勝利を収めてきた。でも、それを魔獣側にやられちゃうと……俺たちとしては困っちゃう訳だ。なら、俺が一番に目指すのは、敵の指揮系統をぐちゃぐちゃに引っ掻き回す事だろう。
「了解! 全力全開で突っ込むよ! 指揮官のグレートは俺が狩っていくから、それ以外は任せた!」
双方、準備が完了していた。俺はいつでも飛び出せるように準備していたのだけど、ディンガからの戦闘開始の合図がない。そして、ゴブリン軍団も攻めてくる気配がない。睨み合うように対峙する俺たちとゴブリンたちの間に、一瞬の静寂が訪れた。そんな静寂を、あの喋るゴブリンが切り裂く。
「我ラハ世界ノ子! コノ地ハ我ラの国! ソシテ、我コソガ王! 王トシテ、神ノ子ラヲ撃滅ス! ユケ、同胞ヨ!」
王を自称するゴブリン……ゴブリンキングの号令で、ゴブリン軍団が動き出した。それに対応するように、ディンガも指示を口にする。
「なんか、俺たちが侵略者みてぇだな。まあいい、こっちも戦闘開始だ!」
俺たちが侵略者という言葉は、きっと間違ってはいないだろう。人間が地上に国を作るように、魔獣たちが迷宮に国を作った。そこに土足で踏み込んだのは、俺たちだ。でも、互いに退けない理由がある。俺たちは、人々が平和に暮らせるために。魔獣たちは、己の国を護り広げ、世界とやらの意志を完遂するために。……だから、遠慮は無用だ。正義のためなんて言う気はない。ただ、自分たちの想いを貫き通すため、俺は戦う!
俺は単身突っ込んだ。グレートが率いる通常のハイの集団へ。ハイランドさんの異名である「閃光」のような速さで。
一匹、また一匹と切り裂き、マナへと姿を変えさせていった。指揮官を護ろうとする前衛ハイゴブリンを、次々に無慈悲に消し去っていく。そして、最初のグレートの元に辿り着いたその時――
「やべ! メイジとアーチャーの事、忘れてた」
魔術と矢の雨が、俺を襲う。なんとか身を翻して躱すと、指揮官であるグレートは奥へと逃げ延びてしまう。そして、再び襲い掛かってくる数の暴力。敵地のド真ん中で、完全に包囲されてしまう。
さて、どうしたものか。そんな風に考えていると、メイジの部隊に火の魔術が着弾、炸裂する。
「シルバさん、援護は任せて下さいなのです!」
「『黒炎』の名に懸けて、魔獣如きの魔術……抑え込んで見せますわ!」
メリちゃんとジゼルさんの魔術攻撃で、メイジ部隊の攻撃目標がそっちに向いた。俺の頭上では互いの魔術が飛び交い、熾烈な魔術合戦が行われている。そして――
「シルバ君、ハイゴブリンは私が受け持つ! 君は奥へ!」
ハイランドさんが斬り込んできた。そして、それを援護するように矢を放つディンガ。流石、元々パーティを組んでいただけあって、抜群の連携だ。それに、ドーリスもパーティの盾として、メリちゃんたちのもとに飛来するアーチャーの矢をしっかりと受け止め弾いている。これなら、なんとか互角の勝負が出来るだろう。
俺は再び、グレートに狙いを絞って突貫を再開する。そして、一匹目のグレートの撃破に成功したのだった。
その後、二匹目三匹目……と、グレートを下していった。ハイやその変異種も数を半分ほどまで減らした頃、俺たちのパーティ側にも綻びが生まれ始める。
ハイランドさんは肩で息をしており、全身には無数の傷が刻まれている。ディンガは矢の残数も尽きかけており、満足な援護射撃がこなせていない。ドーリスの身体には何本も矢が刺さっており、盾の耐久性も限界を超えつつある。そして、メリちゃんとジゼルさんは……今にも倒れそうなほどに精神をすり減らしていた。俺はまだまだ余裕があるが、みんなはすでに……限界が近い。
これは、みんなの命の危機が迫っている。そう判断した俺は、みんなに向けて宣言する。
「魔法を使います! 一気に戦況を立て直すから……みんな、頑張ろう!」
そう言いながら、俺はシロへと視線を送った。シロは仕方ないとばかりに首を振った後、俺に続いて声を上げる。
「私も参戦するにゃ! 聞きたい事もあるでしょうが、今は戦闘に集中するにゃ!」
シロの魔術攻撃が始まった。その攻撃は苛烈で、次々にゴブリンたちを消し去っていく。そして、俺もゴブリンたちから距離を取り、魔法を発動させるために願った。味方には清らかな癒しを、敵には容赦のない痛みを、と。
すると、眩い光が俺の身体から放たれ、みんなには優しい光が降り注ぎ、ゴブリンたちには光が質量を持って襲い掛かった。みんなの身体からは傷が消え去り、一方で、多くのゴブリンが一瞬にして存在ごと消え去り、残ったグレートも満身創痍といった様子だ。完全に形勢は逆転した。そう思った瞬間だった。
「我ガ同胞ヨ! 我ノモトニ集エ! ココカラハ我モ戦ウ!」
これまで高みの見物を続けてきたキングが、遂に動いた。玉座を離れて前線まで進むと、その周囲には生き残ったグレートが集結する。こちらも一度、みんなで集合し、キングとグレートの集団と向き合う形で陣形を構築する。互いの数は、ほぼ同数となっていた。こちらは一人も欠ける事なく、六人と一匹。あちらは大半の軍勢を喪失し、キング以外だとズタボロのグレートが五匹。
ただ、グレートたちの戦意は一切衰えていない。それどころか……キングが戦場に立った事で、戦闘開始前より奮い立っているくらいだ。それに、高濃度のマナを取り込んでいくことで、傷が徐々に癒えていっている。昨日のグレートのように、簡単に討てる事はないだろう。だとすると、俺もグレートの駆逐を優先すべきだろうか?
そんな考えが表情に出ていたのか、ディンガが釘を刺すように声を掛けてくる。
「お前はゴブリン王だけを狙えばいい。残りは俺たちでなんとかするぜ! それと……勝ったら、色々と聞かせてもらうからな」
そんなディンガの言葉に続くように、みんなが俺に話しかけてくる。
「シルバ君……あのような奥の手を隠し持っていたとは。お陰で、傷が綺麗に癒えていますが……」
「シルバさん! 魔法! 魔法を使えるなんて、何故教えてくれなかったんですの?」
「圧倒的な武勇、恐れ入った。だが、その武勇……確かに危険だ」
「シルバさん。ありがとうなのです! あっ、まだ終わってはいないので、感謝するのは早かったのです」
「主様……色々言いたい事が溜まっていますにゃ。帰ったらお説教ですから、覚悟して下さいにゃ!」
とりあえず、キングを倒したとしても……後が大変そうだ。でも、みんなが生きているからこその苦労だったら……甘んじて受け入れよう! そう自分に言い聞かせ、俺はキングへ視線を向けるのだった。




