043 sideC
「襲撃は…………無しか?」
派手な音を響かせながら吹き飛んだ土砂の先、再び開通した通路に警戒しながら、筋肉小男は口を開きました。即座に魔獣が攻め寄せてくると思っていたようで、敵影が無くとも警戒を緩める気は無いようです。ですが……無いのは敵の姿だけではありませんでした。主様がいち早く違和感を察知して叫びます。
「ディンガ! マナ濃度に変化なし! ここ、ダミーの封鎖だったのかも」
「なんだと! クソ! 敵の時間稼ぎにまんまと嵌められたって事かよ」
地団駄を踏んで悔しがる筋肉小男でしたが、トカゲ男がその様子を窘めます。
「そんな事、後にしろ。それより指示を」
「あ、ああ。すまねぇ。前進だ。警戒は最大限のままでだ」
主様たちは奥へと進んでいきました。その背中を見送った私は、封鎖地点を念入りに調べます。特に、神力視に力をいれてです。
「神力の残滓は無いにゃ。負神側の関与は無さそうですにゃ」
ここまで手が込んだ事を魔獣が行うのか。その疑問を解消するため、私は背後に神の存在を疑いました。ですが、違ったようです。だとすると、本当に……魔獣がこれほどまでの知性を得たという事になります。
「今回が特別なケースならまだましですにゃ。ですが、理が変容しているというのなら……危険にゃ」
この迷宮で起きている異変が、再現性の無い偶然であれば良し。ですが、他の迷宮でも起こり得るのなら……。
私はそこで、考えるのを止めました。世界の危機だろうが、主様さえ本調子に戻って下されば問題ありません。ここにいる私――分神のシロ――は、世界を見守る神ではありません。ただ、主様を護り導くだけの存在。主様を狙う意図が無いのであれば、世界が荒廃しようが構いません。だって、私が愛と忠誠を捧げるのは……主様だけなのですから。
「とりあえず、負神からの刺客で無い事が分かっただけで充分にゃ。さて、主様たちを追いかけるにゃ」
暗い洞窟の闇と一体化するように、私は走り出しました。ほどなくして主様に追いつくと、何度目かの問題が発生している模様。と言っても、その問題は私の視界にも入っています。それはもう、とても立派な――
「扉だな。見たことはねぇが……王城の謁見の間にでもありそうだぜ」
筋肉小男が言うように、明らかに場違いな扉がありました。装飾こそ施されていませんが、その威容は王を護る門のようにも見えます。この中に居るであろうモノたちの事を考えれば、さしずめ魔獣の王……魔王の間へと続く扉でしょうか。
「当然ですが、冒険者ギルドで設置したものではありません」
「そんな事は分かってますわ! 人間がこんな馬鹿な事、するはずがないでしょう!」
ハイランドもジゼルも、ギルドマスターという位にある事もあり、筋肉小男と違って深刻に受け止めているようです。各ギルドだけでなく、正負の陣営を問わない全ての国で、故意にマナの流れをせき止める事を禁じています。当たり前ですね。ほぼ確実に、大氾濫を引き起こすのですから。ただ、禁止されているという事は、過去に行った者がいるという事でもあります。
現在の大争乱の時代とは別、始まりの争乱と呼ばれる時代。当時はギルドもまだ無く、迷宮を管理するのは国や貴族でした。ですが、戦火が広がるにつれて、迷宮に割かれる人員は減っていきました。そのような状況で、とある国の高官は考えたのです。敵国の迷宮に忍び込み、封鎖。これで、自国の兵力を損じる事無く、敵国へと損害を与えられると。
その考えは実行され、目的の半分は達成されたのです。人為的に引き起こされた大氾濫は、敵国に多大な被害を与えました。予想を遥かに上回る質と量の魔獣が溢れ、迷宮周辺の土地は荒れ果ててしまいました。ですが、それだけでは終わらなかったのです。
大氾濫は連鎖し、他の迷宮でも魔獣が溢れ始めたのです。当然、大氾濫を引き起こした国も巻き込まれ、滅亡の憂き目を見るのでした。
このような事から、禁忌とされたのです。ただ、これは人や神からの視点。魔獣側からしたら、これ以上ないほどに効率の良い手段と言えます。もし、そこまでを意図してこの扉を設置しているとしたら、この中に居る魔獣の長は……本当に魔獣の王なのかもしれません。私であっても身構えてしまう程の出来事ですが、主様はあっけらかんとした様子で口を開きました。
「この扉を誰が設置したとかより、さっさと踏み込んじゃいません? 中から漂ってくる気配も、待ちわびているようですし」
この扉の先は、おそらく迷宮の最深部。主様の言う”なにか”と、それに従う魔獣たちの敵意というのをひしひしと感じます。確かに、待ち受けているのでしょう。万全の態勢で、自身の王国を侵害する敵……主様たちの事を。
「そうだな。時間を置けば置くほど、敵さんらが有利になっちまうからな」
「それで、扉はぶっ壊しちゃう?」
筋肉小男に問い掛けた主様は、やる気満々という表情で腕を振り回しています。それを、ハイランドが押し止めるように言います。
「それは止めて下さい。先ほどの土砂と違い、この扉はしっかりと設置されています」
「吹き飛ばすと……落盤が起きるかもって事ですね」
「それじゃあ、開けて入るしかねぇか。……この、クソ重そうな扉を?」
「シルバ君なら可能でしょう。閂がかかってなければ、ですが」
それじゃあと言って、主様は扉を押し始めました。幸いな事に施錠は無かったようで、ギギギと重い音を響かせながら開いていきます。そして、人が通り抜けられる程度開いた瞬間――
「戦闘準備!」
筋肉小男が声を張り上げると、主様を含めたパーティメンバーが最深部へと突入します。私もその後について侵入し、眼前の光景に息を呑みました。
大空洞よりは狭い空間の最深部。その中央には迷宮の核ともいえるマナの流入口が空間の亀裂のように存在し、その周辺に……無数のゴブリン。それも、上位種と思しき姿のモノばかり。断定できないのは、ハイゴブリンほどの体躯でありながら、その手に弓や杖を持っているからです。これまで、存在してもおかしくないと言われながら、その存在を確認されていなかったアーチャーやメイジの上位種。たぶんですが、それらでしょう。
ただ……それだけであったなら、驚く事もなかったでしょう。ハイゴブリンの変異種であれば、D級からC級程度。数が揃っていたとしても、このパーティであれば容易に駆逐可能です。ですが、それだけではありませんでした。本来なら頂点に立つはずのグレートゴブリンが数多く存在し、変異種を含むハイゴブリンを率いています。そして、最奥には……玉座のような椅子に謎のゴブリンが鎮座していました。
その謎のゴブリンは、侵入者である私たちを確認すると玉座から立ち上がり……あろうことか、人語で話し掛けてきたのです。
「ヨク来タナ。愚カナ人間ドモ」
流暢とは言い難い、たどたどしい語り口。ですが、確かに人語を発しているのです。
私は……主様を探して三百年、大地を彷徨っていました。そして、それ以前については、愛の女神の記憶を与えられています。そんな膨大な記憶の中でも、魔獣が喋った事など皆無。かのドラゴン種であっても、人語を解する個体はいませんでした。なので、このゴブリンは……あまりにも異質、あまりにも異様。
主様以外の全員が、呆気に取られていました。いえ、恐怖と絶望に震えているのかもしれません。魔獣の王の発する貫禄と、未知ゆえの恐ろしさに……。そんな誰もが口を開けぬ中、主様は努めて明るく返答します。
「愚かなのかは分からないけど、歓迎してくれて嬉しいよ。突然襲い掛かってこないあたり、話し合いの余地があるって事かな?」




