042 sideA
……誰からも返事が無い。俺、無視されてる?
「あの、誰も答えてくれないなら……勝手に封鎖解除しますよ?」
再び声を掛け、最終確認を行った。これでも返事が無いのなら……あの岩、魔術でボンってやっちゃおう。そう考えていると、焦った様子でハイランドさんが声を上げた。
「ちょっと待って下さい! 一旦ここで休憩にしませんか?」
「えっ? でも、マナ濃度が……」
「ああ、そうしようぜ! ここを開通しちまったら、休んでる暇はなさそうだからな」
さくっと終わらせてしまいたい俺に対して、他のみんなは休憩に賛同するように頷いていた。もたもたしていたら、より状況が悪化する気がするんだけどな。そんな俺の考えとは裏腹に、みんなはその場に座り込み、あの不味い携行食を口に放り込み始めた。仕方なく俺も腰を下ろし、みんなと同じように携行食にかじりつく。うん、不味い。咀嚼を躊躇う味に苦戦していると、不意にドーリスが話し掛けてくる。
「恐くないのか?」
「恐い? なにが?」
「そうか。恐くないのだな……強いな」
質問に質問で返したはずが、ドーリスは納得したように話を終えた。そして、みんなも頷いている。いや、なにこの状況? 俺だけが置き去りにされた気分だったので、助けを求めるように視線を漂わせると、目が合うなり不自然な微笑みが返ってくる。ついでに、こんな言葉も。
「シルバ君、頼りにしてますよ」
「わ、私は後衛に徹するので、しっかり護ってくださいませ」
ギルドマスターの二人は、俺の働きに期待しているようだ。ジゼルさんに関しては、期待というより希望という感じだけど……。
「昨日みたいに、トンデモ魔術で一掃してくれや!」
「シルバさん、が、頑張りましょうなのです! どんな敵が相手でも……なのです」
ディンガは普段通りを装いながら、どこか腰が引けているように感じた。そして、メリちゃんに至っては……声を震わせながら、無理に元気を出そうとしている。そこでやっと、俺は気付いた。そうか……みんな、恐いのかと。
いくつかの負の感情は手に入れたけど、恐れや怒り、嫌悪という感情だけは理解出来そうにない。理由は分からないけど、本能がそう告げてくる。だから、他人の恐怖という感情が……いまいち理解できないんだ。俺の中には存在しないモノだから……。
ただ、そうと分かれば簡単だ。メリちゃんの不安を打ち消した時のように、みんなの望む姿を見せればいいだけなんだから。
「よし! 今回は、全力で戦うよ! 折角訓練した加減の仕方だけど……今回は無しで」
「おい、シルバ。お前、ずっと手を抜いてたのかよ?」
ディンガが非難するような目で見つめてくるのを、ハイランドさんが声によって遮る。
「ディンガ、待ってください。そこには事情がありまして」
「事情?」
「はい。彼は強すぎるんですよ。だから、加減を覚えさせました」
俺が神人である事を隠しながらだから、ハイランドさんの言い分は随分苦しいものがある。当然納得いかないようで、ディンガは不満げな表情を隠す事無く不満を口にする。
「いやいや、強いなら強いで……しっかり力を出し切って欲しいもんだぜ」
「……私を遥かに凌駕する力でも、ですか?」
ハイランドさんのその言葉に、ディンガだけでなくドーリスやジゼルさんまで反応する。
「はっ? ハイランドの旦那、じゃなかった……ハイランドより遥かに強いって? どんな冗談だよ」
「ハイランド殿……それは真か?」
「A級冒険者『閃光』より強いですって? この国最強の冒険者の貴方より……?」
ハイランドさんは、迷いなく頷いた。そして、三人から向けられる、俺への不躾な視線。まじまじと観察するような、遠慮のないものだ。実力の一端を知られただけで向けられるこの手の視線は、何度味わっても慣れない。それに、こんな話の流れは……俺が望んでいたものとは違う。だから、方向修正しないと!
「ストップ! みんな、ストップ! とりあえず、俺が頑張るから……みんな、安心して」
「皆さん、私より強いシルバ君がこう言っているのですから、どのような敵が居たとしても恐るるに足りませんよ」
「ハイランドさん……そこを強調しなくてもいいじゃないですか」
このやり取りで、やっとみんなの顔に覇気が戻ってきた気がする。さっきの取り繕ったような微笑みではなく、しっかりと笑ってくれている。……これで、最深部突入の心の部分での準備が整ったようだ。だったら、残るは――
「ディンガ、この後の作戦って考えてある?」
「いや、この土砂の向こうの状況が分かんねぇからな」
目の前にある封鎖は、思った以上に厳重だ。一切の隙間なく埋められ、向こう側とのマナの行き来だけでなく、全てを遮断していた。よって、土砂による封鎖を取り除いた瞬間、多くの魔獣が押し寄せてくるかもしれないし、全く魔獣がいない可能性だってある。それぐらい状況が把握出来ていないのだ。しかし、だからといって無策で飛び込む訳にもいかない。ある程度の方針くらいは決めておくべきだ。
「じゃあさ、最低限の役割だけは明確にしとかない?」
「それもそうだな。だったら、俺が割り振っていくぜ!」
そう言ったディンガは、一人一人に役割を与えていった。前衛組では、ハイランドさんが上位種の対応。ドーリスが、中・後衛の守備。中衛のディンガは、指揮とハイランドさんの援護。後衛組のジゼルさんとメリちゃんには、広範囲魔術による下位種の掃討。そして、俺に与えられた役割は――
「遊撃だ。剣でも魔術でもいい。とにかく強そうな敵を狩りまくってくれ」
「……要は、自由って事?」
「ああ。それが一番じゃねぇか? なあ、ハイランド」
突然振られたにもかかわらず、ハイランドさんは力強く頷いた。そして、その理由を語り始める。
「通常のパーティ戦闘であれば、褒められたやり方ではありません。ですが、圧倒的な個の力を持つシルバ君であれば、パーティという枠に押し込むのは勿体ない」
「そういう事だ。これまでサボってたようだから、思う存分働いてもらうぜ?」
ニヤリと笑うディンガに、俺は笑顔で頷き返した。それに合わせて、みんなが声を掛けてくる。
「どんな敵が現れても、シルバさんの敵ではないのです!」
「ハイランド殿を越える武勇、頼りにしている」
「魔術も使いなさいよ? 魔術師ギルド員としての戦いを見せておやりなさい」
思い思いに好き勝手言っているけど、この空気……悪くない。信じて頼ってくれているのを感じると、俺も力が漲ってくる。ああ、やっと分かった……。俺の目では白黒に視える感情と、俺の力の源となる感情。それは”信頼”だ。信じてくれる仲間、頼ってくれる人々……そんな存在がいる限り、俺はどこまでも戦える! だから、俺はこう言う。
「了解! みんなの希望を叶えるのも、みんなの信頼に応えるのも……全部、任せとけ!」
寄せられる希望は様々で、寄せられる信頼はとても重い。正直なところ、振り回されてしまいそうだ。だけど、俺ならやれると信じてる。みんなが俺を信じてくれるように、俺も俺を信じてみよう。それが……今、俺の出来る事でやるべき事だ。この想いを力に変え、みんなを護り、大氾濫を終息させるために……。
休憩を終えた俺たちは、道を塞ぐ土砂の前に立っていた。そして、指揮官からの指示が飛ぶ。
「魔術組、この封鎖を吹っ飛ばしてくれ。前衛二人は、開通後の魔獣の急襲への警戒だ」
その声に合わせて、俺とメリちゃんとジゼルさんは詠唱を始めた。更なる落盤が起きないよう、精密に威力と範囲を調整し魔術を発動。そして、道は開かれたのだった。




