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争乱の神人  作者: 富井トミー
第8話 寄せる希望に振り回されて
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040 sideA

 迷宮(ダンジョン)に踏み込んだ俺たちの耳に、いくつかの戦闘音が聞こえてくる。先行のパーティが、しっかり働いてくれているようだ。そしてそれは、音以外でも顕著に表れていた。


 迷宮に踏み込んでからすでに一時間ほど経つが、魔獣(モンスター)の襲撃はゼロ。昨日は嫌というほどにゴブリンの顔を拝んでいたのに、今日はまだ一匹も姿を見かけていない。それは、徹底的な掃討が行われているという証左だろう。でも……どこかおかしい。直感というよりは、肌感覚的に昨日との違いを感じ取っていた。そして、その違いは……昨日も迷宮に突入したメンバーも感じ取っているようだ。


 中層に差し掛かったあたりで、ディンガは俺とメリちゃんへと確認のための問いを投げかけてきた。


「なあ、魔術が使える組の二人。魔術の使えない俺でも分かるんだが……マナ濃度、随分減ってないか?」


 ディンガの言う通り、確実に減っている。昨日は、浅層であってもマナが満ち溢れている感覚があった。だが今日は、中層であってもそのような感覚は無い。迷宮外と比べればマナが多い、そんな程度だ。


「減ってると思う。それも、ごっそり」

「メリもそう思うのです。他のパーティさんたちの頑張り……なのです?」


 メリちゃんの自信なさげな問い掛けは、ディンガというよりは二人のギルドマスターへと向けられていた。そんな事あるのと聞きたげな、そして……多分違うだろうという響きを醸しながら。そして、ハイランドさんとジゼルさんは曖昧に頷きながら答える。


「そうであって欲しいというのが私の想いですが、違うでしょうね」

「そうですわね。いくらなんでも、成果が出るのが早すぎますわ」

「じゃあ……なんでなのです?」


 メリちゃんの問いに、二人は顔を向き合わせて黙った。きっと、現時点では仮説すら立てられないという事だろう。そこで俺は、先ほど考えていた仮説を披露する。そうでない事を祈りながら……。


「もしかしてだけど……グレートゴブリン以上の”なにか”が居るって可能性は?」


 ディンガやドーリス、それにメリちゃんは、昨日の状況を思い浮かべるように考え込み始めた。その可能性を否定したくても否定しきれない、そう思ったようである。一方、昨日の状況を直接知らない二人は、とりあえずの否定の言葉を発する。


「流石にそれは無いのでは? 冒険者ギルドが出来てからの五百年で、一度も確認されていないゴブリンがいると?」

「そうですわ。それに、そんな魔獣がいるのなら……マナ濃度が下がっているのはおかしいのでは?」

「知らないのといないのは別の話です。そして、マナ濃度については……その”なにか”が調整しているのでは?」


 二人は前半部分には一定の理解を示しつつも、後半部分にはまさかという顔をして苦笑した。それもそうだろう。かなり常識から外れた事を言っているのだから――


 子供でも知っている常識中の常識、それは魔獣の知性について。魔獣には……知性や敵意以外の感情が無いという事。その敵意についても、魔獣の本能である生物との敵対に由来するだけだという。魔獣とは人類、ひいては全ての生物の天敵であると。そこには知性も感情も無く、ただ本能に従って……人や動物を襲う、と。だが、本当にそうなのだろうか?


 少し前の俺であれば、そこに疑問を抱かなかっただろう。しかし、昨日のゴブリンたちからは……知性や感情の欠片を感じた。戦略や戦術を理解しているような行動、誇りすら感じる捨て身の攻撃……それらは知性と感情から成るものではないだろうか。そして、それらを与えたのは……俺が考える”なにか”なのでは?


「俺も、シルバの考えを支持するぜ」

「私も」

「メリもなのです」


 昨日の魔獣の様子を知っている三人は、俺に同意する声を上げた。そして、更に話を推し進める。あまりにも突飛な、人によっては一笑に付すような話を。


「ゴブの軍団とは、大規模依頼(クエスト)で過去に戦った事がある。が、今回は……その時と全然違う。なあ、ドーリス?」

「うむ。今回の軍団は、まさしく軍団。数を頼りに攻めくるだけではない。確実に知恵がある」

「そうなのです! だから、急に減ったマナ濃度も……”なにか”が関与していると考えるのです」


 メリちゃんや俺の言葉には裏付けが存在しないが、ディンガたちの言葉には……過去の経験との相違という説得力があった。これにはハイランドさんも、真摯(しんし)に受け止めるしかなかったようだ。


「ベテランの経験と直感ですか。なら、本当に……知性ある”なにか”が居るのかもしれませんね」

「まあ、深部まで進みゃあ分かる事だろうがな。という事で、より警戒して進んでこうぜ!」


 より上位の未確認ゴブリンがいるにしろ、全く別の種がいるにしろ……現時点では、警戒を厳にする以外は打てる手が無い。とりあえず、深部への入り口……あの大空洞へと進むしかないだろう。再びゴブリンが大量にいない事を期待しながら……。



 そのまま歩を進めた俺たちは、結局一度の会敵もないまま大空洞付近へと到達していた。


「ディンガ。これより先は、先行パーティの掃討範囲外。戦闘発生の可能性が高いはずですが……」


 ハイランドさんは、首を傾げながら言った。それもそのはず。明らかにおかしいからだ。メリちゃんの「発光(ライト)」の魔術の照明範囲外とはいえ、大空洞内の様子がおかしいと分かってしまう。


 昨日は大空洞に近付いた時点で、多くの敵意と殺意が感じられた。肌を突き刺すような厳しさと、息苦しささえ感じそうな重圧感を。だが、今は……全く感じない。大量のゴブリンがいない事を願ったが、全くいないというのも……不可解を通り越して、不気味でしかない。しかし、これは気配の話。実際は、ゴブリンたちがこちらに気付いていないというだけの話かもしれないのだ。だから、俺たちは進んだ。大空洞内へと……。


「ゼロだな」

「ええ。この大空洞に、ゴブリン一匹いないというのは……」


 ゴブリンはいなかった。それも、綺麗にゼロ。この迷宮内で最大の広さを誇り、マナが滞留し易いであろうこの場所で、だ。ディンガとハイランドさんは不思議そうに言葉を交わしながらも、一切警戒を解いていない。その様子に、俺やメリちゃんも警戒を強めていると――


「まあまあ、いないなら楽でいいじゃない。それよりも、濃度計の数値を確認しましょう」


 ジゼルさんは完全に警戒心と無縁の様子で、濃度計のもとへと歩いていく。魔術師を一人で行動させる訳にはいかないと、ディンガも慌てて付き従うように指示を出す。そして、濃度計の数値を確認する。


「おいおい……昨日は、これの五倍以上だったんだぜ? 一晩でここまで減ったってのか?」

「あら? それでも、平時の上限の二倍ですわよ。活性化末期程度の数値ですわね」

「そうですね、充分に高い数値ではあります。ですが、ここまで急激に減る事など……あるのでしょうか?」


 パーティリーダーと二人のギルドマスターが、顔を揃えて頭を捻っている。そんな様子には脇目も振らず、俺は入ってきた道とは反対……深部へと続く道を凝視していた。そして、隣にいるメリちゃんへと問い掛ける。


森人(アールヴ)って、只人(ヒューマン)よりもマナの感知が得意だよね?」

「えっ? そうなのです。でも、シルバさんは……只人基準で考えるべきなのかは謎なのです」

「そっか。とりあえずだけど、奥からマナが流れてきてる感覚……ある?」


 迷宮とは、マナの供給場所。という事は、マナが奥から溢れてくるはずなのだけど……。


「ないのです! これ、どういう事なのです?」


 メリちゃんの驚きの声が、広い空間に響き渡った。その声に、他のメンバーも集まり始めるのだった。

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