039 sideA
「なんで……あの二人を?」
再びの問い掛けだったが、ハイランドさんは嫌な顔をする事なく答える。
「私とゴンツ、そしてあの二人。歳も近く、一時期はパーティを組んでいたのですよ」
「一時期という事は……解散したんですか?」
俺の言葉に、ハイランドさんの表情は暗く沈んだように見える。きっと、不本意な事情があったのだろう。だがそれでも、ハイランドさんは口を開いた。
「解散というよりは、分割でしょうか……。私とゴンツが追い出される形でしたが」
「えっ? 追い出された?」
「ええ。『お前たちにはついていけねぇ!』と言われましたよ」
それは……優しさだったのかもしれない。ついていけないというのは、思想的なものではなくて実力を指す言葉だったのだろう。C級相応の実力しかない二人は、後にA級やB級へ上る二人を送り出した、と……。
「恩返しですか?」
「そうですね。そのようなモノです。ですが、ここまで事態が悪化していたのは……予想外でしたが」
大氾濫は想定していなかったと聞いて、俺は少し安堵した。流石に、大氾濫へと発展するまで見過ごしていては、ギルドマスターとして問題があるだろうから……。結局、大氾濫が発生している訳ではあるけど、知っていて放置していたのと、知らずに後手に回ったのでは大違いだ。それに、今回の件が余程特殊だという事も分かった。魔獣の活性化から氾濫への進展が、あまりにも早過ぎると。
「どの程度を考えていたのですか?」
「活性化の中期から末期ですね。そして、大氾濫の予兆ありと報告が来る事を予想していました」
「それは、冒険者の依頼受注状況からの推察ですよね?」
「そういう事です。この迷宮、不人気ですから……どこよりも早く、活性化の段階が進むと考えていました」
ここまでの話を聞いて、ハイランドさんの対応は問題なかったように感じる。私情が挟まれていたとはいえ、ギリギリのタイミングで俺たちが派遣された訳だし。という事は、俺たちがまだ踏み込んではいないこの迷宮の深層に……異常事態が起こっているのかもしれない。例えばだけど、グレートゴブリンを越える”なにか”が居て、大氾濫を促進しようと画策しているとか……。
「そうですか。ちなみにですけど、グレートより上位のゴブリンっていますか?」
「いえ、ギルドに残る資料の上では、グレートが最上位のはず。それが?」
「い、いえ。ただの確認です! では、迷宮攻略頑張りましょう!」
俺は足早に逃げ去った。当初の疑問は解消したが、新たな疑問が浮かび上がってしまったからだ。それにしても……ハイランドさんの意外な一面を見た気がする。もっと淡泊な人だと思っていたけど、実は仲間想いのいい人だったなんて。微笑ましい気持ちが抑えきれぬまま、俺はシロのもとへと向かったのだった。
シロが喋る事が出来るよう、人目につかない場所へと場所を移す。詰め所の裏までシロを連れだすと、先ほど感じた疑問をぶつける。
「この大氾濫、おかしいよね?」
シロは、俺の問い掛けに困ったように尻尾を垂れ下げた。そして、おずおずと口を開く。
「主様……私たち神々にとって、大氾濫そのものがおかしな事なのですにゃ」
「えっ?」
俺は驚いた。この世界の出来事で、神ですら理解が及ばぬ事があるのかと。世界を創り、理というルールを定め、遥かな高みから見下ろす神が……?
「大氾濫だけじゃないですにゃ。魔獣の存在も、神々は理解出来ていないのですにゃ」
「えっ……魔獣も?」
「そうですにゃ。ですから、魔獣に関して聞きたい事があったとしても、人の持つ情報と大して変わりはないですにゃ」
動植物を創り上げたとされる神なのに、魔獣は神の管轄の埒外……? にわかには信じがたい話だが、シロ――愛の女神の分神――が嘘をついているとも思えない。ならば、本当なんだろう。ただこれで、この大氾濫の真相は……深層に進むまで分からないままという事だ。少しでも事前情報があればと期待したが、ぶっつけ本番になってしまうのが確定してしまった。
「そっか……。じゃあ、一応聞くけど……グレートゴブリンより上位のゴブリンって知らないよね?」
「知らないですにゃ。ですが、知らない事といない事を=では結べませんにゃ」
確かにその通りだ。新種の魔獣が生まれる事だってあるし、誰も情報を持ち帰る事が出来なかった魔獣だって存在するかもしれない。……それでも、やるしかないんだ。
「そうだね、気を付けるよ」
「そうして下さいにゃ。もし万が一、(主様の)命の危険があった場合は……魔法を使う事も躊躇わないで下さいにゃ」
「わかったよ、シロ。(みんなの)命が危ないと思ったら、迷わず魔法を使う事にするよ!」
あれだけ魔法や神力の使用にいい顔をしなかったシロが、妙に簡単に許可を出す事を不思議に思いつつ、俺とシロは迷宮前へと戻っていった。
俺が戻ると、先行するパーティの最後の一組が突入を開始していた。いよいよ俺たちの仕事が始まる。そう意気込んでいると、パーティメンバーも集まってきた。
ハイランドさんやディンガ、ドーリスあたりは流石である。内心はどう思っているかは別として、表面上は平常心を保っているように見える。一方で、メリちゃんの表情は固い。最後までやり遂げると宣言するほどの気合が、表情にまで現れているような険しさだ。そして、ジゼルさん。なんだか楽しそうだ。容赦する必要なく魔術が放てるから……喜んでいるのだろうか?
それぞれがそれぞれの想いを胸に抱きながら、俺たちは最終確認を行っていく。目標、迷宮最深部への到達! 隊列は、前衛にハイランドさんとドーリス。後衛にメリちゃんとジゼルさん。そして、中衛にディンガと俺! 最後にリーダーは――
「ディンガ。指揮を頼みます」
ハイランドさんはそう言った。指名されたディンガも含め、誰もがハイランドさんがリーダーを務めると思っていた事だろう。予想だにしていなかった指名に、ディンガは一瞬放心した後に返事をする。
「……俺? いやいや、旦那が指揮するのがベストだろう!」
「いいえ、ディンガがベストです」
「んな訳ねぇだろ! 『閃光』に『黒炎』だけでも腹一杯の上に、規格外の新人たちまで率いるなんて……俺の器じゃねぇよ」
頑なに拒否するディンガに、ハイランドさんはため息を吐きながら言い切る。
「ふぅ……これは、ギルドマスターとしての命令です。拒否は認めません」
先ほどハイランドさんから話を聞いている以上、個人的な理由がある事は知っている。だけど、合理的な判断である事も事実。
ハイランドさんは「閃光」と呼ばれる程の剣士。ばりばりの前衛アタッカーだ。最高の仕事をしてもらうのであれば、指揮は別の人が執るべきである。そして、俺やメリちゃんはド新人。論外だ。ドーリスも性格的に無理。初めて聞いたけど、「黒炎」のジゼルさんも……指揮を執るつもりは毛頭無さそうだ。となれば、ディンガしかいないだろう。第一、昨日も俺たちに指示を出していたんだ。ちょっと人が増えただけなんだから、問題ないはず!
これ以上拒めないと悟ったディンガは、覚悟を決めた表情で声を上げる。
「分かった! 俺が指揮を執るぜ!」
その言葉に、他の全員が頷いて応える。その反応を確認したディンガは、続けて最初の指示を飛ばす。
「じゃあ、ここからは敬称も敬語も無しだ! 階級も所属も関係ねぇ。全員、俺の指示に従ってもらう、いいな?」
再び全員が頷いた。そして、ディンガの掛け声が全員に響き渡る。
「それじゃあ、迷宮攻略開始だ!」
昨日と全く同じ掛け声に、今度は笑顔で応える俺だった……。




