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争乱の神人  作者: 富井トミー
第1話 羨望の炎を瞳に宿して
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003 sideB

 俺様と彼の出会いは、あまりにも鮮烈だった。突如現れたその只人(ヒューマン)は、俺様の常識を次々に覆していく。素手で魔獣(モンスター)を砕いたと思えば、自身の名すら覚えていないとのたまう。あまりにも異様な存在だと警戒する反面、純粋に俺様達を助けようと行動した善人なのだと安心した。そして、俺様はその男に「シルバ」という名前を与えた。俺様が毛並みの色から「グレイ」と名付けられたように、この男の見事な銀の長髪から付けた名。言ってしまえばお揃いの名だった……。


 俺様は彼に頼んだ。俺様の村のために力を貸して欲しい、と。だが、もし俺様が彼の立場なら……魔獣を軽く蹴散らす力を持ち、偉大な魔術師のように魔術を扱えたなら、こんな辺境の寒村に留まる意味など無いときっぱり断る。そんな風に断られるのを覚悟しての申し出だったが、彼は迷うことなく頷いた。なんていい男なんだろうと、俺様は素直に憧れてしまった。


 彼は只人でありながら、圧倒的な能力と持ち前の人の好さで村へとすぐに馴染んでいった。そして、あっという間に村の中心人物へと祀り上げられる。その時の俺様はまだ、本心から彼を信頼していたし尊敬もしていた。同じ村に住む仲間であり友人、この村を盛り立てる最高の相棒なのだと。あんな事が起こるまでは……。


「グレイ隊長、今回は随分張り切ってますね」

「そりゃあな。最近はシルバばっかり目立ってるんだから、ここらで俺様の力も見せておかなきゃいかんだろ?」


 誰よりも村の発展に寄与している彼に負けじと、俺様は迷宮を突き進んでいった。定期的に行っている魔獣の間引きは、なにも狩り尽くす必要など無い。だが、功を焦った俺様は、隊員たちを置き去りにするほど先行し孤立してしまっていた。これ幸いとでも思ったのか、魔獣は俺様に殺到してくる。それらを我武者羅に斬り捨てると、遅れてきた隊員たちの声が聞こえてきた。


「隊長! とんでもない量のマナが漂ってますよ! どれだけ殺したんですか……って、危ない!」


 意識を隊員たちに持っていかれていた俺様は、未だマナとなって消え去らぬ魔物がいた事に気付かなかった。そして、気付いた時には手遅れだった――


「グハッ! このクソが!」


 最後の力を振り絞ったゴブリンの一撃は、俺様の胴を深々と抉っていた。こちらも振り下ろした剣でゴブリンを打ち払ったのだが……俺様はそのまま倒れた。血と共に意識も抜けていくような感覚。これは死ぬな。そう思ったのが、覚えている最後の記憶だった――



「ここは? 俺様の家のベッド?」


 俺様は生きていた。普通なら助かるはずのない致命傷だったはず。だが、何故か生きている。それどころか、傷痕一つ残っていない。ベッドから立ち上がってみても、以前と同じように身体が動く。これではまるで、神の御業だ……。


 状況が分からず混乱する俺様のもとに、彼がやってきた。そして、俺様が立ち上がっているのを見た彼は、嬉しそうに笑いながら話し掛けてきた。


「グレイ、身体の具合は? もしどこかおかしいようなら、再び治癒を施すぞ?」

「シルバ? まさかと思うが……お前が治療を?」

「ああ。出来る限りの事はしたはずだ。それに、魔物の間引きも俺が終わらせておいた」


 彼はそう言いながら笑っているが、俺様は彼の顔から目を背けてしまう。命を救われ仕事の後始末までして貰った感謝より、得体の知れない黒い感情が沸き上がってきた事に気付いてしまったからだ。俺様は()と目も合わせぬままに、突き放すような言葉をぶつけてしまう。


「悪いが出ていってくれねぇか。具合は悪くねぇんだが、気分が悪い」

「あ、ああ。そうか。気が利かなくて悪かったな、お大事に」


 奴が出ていった後、俺様は黒い感情の正体に気付いた。それは羨望。神の如き治癒の力、事も無げに間引きをこなす武力、村の状況を劇的に改善する知識……。羨ましい! 俺様に無くて、奴にはある。きっと奴は、俺様を見下して内心では嗤っているんだろうな。クソッ! 持ってる者の余裕ってやつか。俺様は呪いのように「羨ましい」と呟き続けたのだった……。



 奴をこの村に招き入れてからずいぶん経った頃、ラ=ズンダ村の景色は一変していた。まるで、俺様が思い描いては諦めた……理想の村の姿に。奴へと強く憧れ、それより更に強い羨望に、俺様の心は塗りつぶされていた。それは態度にも表れてしまい、奴の顔を見ると口汚く罵った。当然、村人の心は俺様から離れていき、より一層俺様は奴を羨む。そんな、終わりが見えない螺旋の日々に、変化は急に訪れた。


狼獣人(ライカン)の村の長ラズ=グレイよ。お主は選ばれた)

「だ、誰だ!」


 夜、自室でベッドに潜り込んだ俺様に、聞き覚えのない声が聞こえてきた。ベッドから飛び起き、戦闘態勢を取ってみるも……人の気配はどこにもない。それでも俺様は構えを解かずに身構えていると、再び声が聞こえてきた。心に直接語り掛けてくるように――


(我が名はエンビー。羨望を司る神。お主に我の加護を与えよう)

「羨望の神様? 上級神様が俺様、いえ、私なんかに?」

(そうだ。お主の羨む心は実に心地よい。どうだ? 力が欲しいのだろう?)

「は、はい! 奴……シルバの瞳に私を映させるために!」


 俺様の同意の言葉の直後、眩い光が部屋を包んだ。夜だというのに、昼の日の光よりも明るく激しく。そして、光が収まると、俺様の身体には新たな力の息吹が感じられた。


(その力、好きに使うがよい。もし、我を満足させるようなら……神人へも取り立ててやろうぞ)

「神人へも! 承知しました。このグレイ、羨望に身を委ね……エンビー様を楽しませると誓います!」

(良い心構えだ。お主の羨望の炎、楽しみにしておくぞ。ではな)


 俺様は……神に認められた! それも八大神、八従神に次ぐ上級神の一柱に! なら、村人も奴も……俺様を認めてくれるはずだ! これほどの力を得た俺様なのだからな……。



 俺様の評価は変わらなかった。いや、更に落ちた。神から加護を授かったと話しても、神殿の無いこの村では真偽の判断がつかない。判断がつかないどころか、嘘つき扱いだ。その間にも、奴は村人からの評価を上げ続けた。俺様は羨んだ。不思議な事に、羨めば羨むほど加護の力が増していった。だから、一層羨んだ。そして、俺様は決断した。この力を使って、奴に俺様の存在を刻みつけてやろう。その時、奴はどんな顔をするだろうか……?


 しばらくして、奴は迷宮へと向かった。最近では、魔獣の間引きの仕事すらも奴のもの。なんでもかんでも……この村はすでに奴のものなのだ。だから、終わらせよう。この村を!


 俺様は斬った。村人を。俺様は焼いた。家々を。俺様は斬り続けた。俺様は燃やし尽くした。俺様を認めないこの村の全てを。


「アッハッハッハ! 俺様を認めないからこうなるんだ! 奴に尻尾を振るからこうなるんだ! こんな村、消え去ればいい!」


 徹底的に破壊し尽くし、動く者の姿も無くなっていた。後は待つだけだ。奴が村に帰ってくるのを。この惨状を見たら、奴とて取り乱すはず。悲しむはず。そして、俺様の事を見てくれるはずだ。待ち遠しいな――


「これはどういう事だ?」

「見たまんまさ。俺様が殺した。俺様が焼いた。俺様の力も捨てたもんじゃねぇだろ?」

「グレイ。お前は自分がしでかした事の意味……理解しているのか?」


 奴にはなんの動揺も無かった。冷静に淡々と問う。俺様への怒りも、村人を失った悲しみも……なにも感じさせない瞳で俺様を見つめている。思っていた反応とは違ったが、悪くない。俺様は、ゾクゾクするような愉悦を感じて嗤うのだった……。

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