037 sideC
これにて、主様たちの初依頼は完了です。……という訳にはいきませんでした。いえ、先に受けた依頼については、間違いなく完了しました。ですが、追加の依頼が与えられたのです。
「それでは、迷宮の封鎖は私たちが引き継ぎます。そして、貴方方には……大氾濫解消の緊急依頼へ参加して頂きます」
「緊急依頼ですか?」
主様が咄嗟に聞き返しました。メリサンドも、とても不思議そうな顔で小首を傾げています。ですが、筋肉小男とトカゲ男は、やはりと言いたげな顔で頷いています。そして、それは私も同様の気持ちです。もっと穿つならば、ここまでの事が全て……ハイランドの思惑、あるいは希望した展開なのではと考えています。まるでこうなる事が予想出来ていたような、あまりにも出来過ぎた増援の来着に……。
「はい。基本的には拒否が認められない、緊急性の高い依頼です」
「拒否できないのなら……やるしかないですね! メリちゃんも大丈夫?」
「はいなのです! 中途半端なまま終わるより、最後までやり遂げたいと思ってたくらいなのです!」
主様とメリサンドの反応を見て、ハイランドは少しだけほっとしたような表情を浮かべました。そして、筋肉小男とトカゲ男にも視線を送り、返ってきた参加の意思を示す頷きに、ハイランドもまた頷きます。
「全員が快諾してくれて助かります。それでは、貴方方の仕事は明日の朝一番から。それまでは身体を休めておいてください」
その声に四人が頷くも、筋肉小男がとある疑問をぶつけます。
「旦那、魔術師は動員されて無いんですかい?」
その問いに、ハイランドは頷きました。私の見える範囲にも、その肯定を証明するように冒険者しかいません。物理職ばかりです。……これは、主様とメリサンドを活躍させるための手回しでしょうか?
本来であれば、大氾濫が発生するほどのマナ濃度を減らすため、魔術師が派遣されてくるはずです。どれだけ魔獣を狩ろうとも、滞留したマナを消費しなければ意味が薄いですから。なので、迷宮内で魔術を使うのが、手っ取り早い大氾濫の解消法なのです。ですが、その魔術師が見当たらないという事は……主様たちだけに任せるという事かもしれません。かなりの無茶振りに思えますが、完遂した場合の功績は絶大。悪くない手かもしれません……。
そんな風に結論付けた私でしたが、直後のハイランドの言葉で真相を知る事になります。
「声は掛けました。王国軍の魔術兵団にも、魔術師ギルドにもです……。ですが、即応出来る方々だと思いますか?」
ため息でも吐きたそうな表情のハイランドに、筋肉小男は苦笑しながら首を横に振りました。私ですら……あまりにも納得し易い理由に、つい人語を発してしまいそうになるほどでした。
軍の魔術兵と言えば、トップエリート集団。魔術師ギルドと言えば、学者かぶれの巣窟。どちらも手続きがどうのこうの言って、とても腰が重い集団として有名です。魔術が貴重な時代になったとはいえ、特権意識を持つのは間違いだというのに……。私たち神々が人類に魔術を与えたのは、魔獣というイレギュラーに対抗するためだったのですから――
私たち神々は、太古の昔にこの世界という概念を創り上げました。元々この空間にはマナしか存在せず、大地も空も、水も山も森もありませんでした。当然、人類も獣も存在しません。そのような状況から、神力のみで天地を創造するのは神であっても難しい。そこで私たちは、神力と共にマナという万能で便利な”なにか”を利用しようと考えたのです。今の世で言う魔法を使い、この世界は現在の形に落ち着きます。
続いて私たちは、生物を産み出していきました。只人や多くの動植物は、この時生まれました。私たちが元々いた世界を再現するように作り出された生物たちは、私たちが想定していた通りの進化を続けていきます。ただし、元の世界との大きな違いが一つだけありました。それが、マナの存在。神にとっても使い勝手の良い力だったので、現在では迷宮と呼ばれる事になる形で、この世界の外から供給できるように環境を整えたのでした。全ては産み出した生物たちのためにと……。
ですが、予想だにしていなかった事が起こりました。それが、魔獣の発生。ただ漂っているばかりだと思われていたマナは、世界という概念の中で受肉しました。私たちが作り上げた理の外で、世界が勝手に魔獣という存在を理にしてしまったのです。そこからは、一方的でした。穏やかに進化を続けてきた生物たちは、突然の魔獣の襲来に……為す術なく数を減らしていきました。これが、最初の魔獣の大氾濫期。出来上がったばかりの私たちの箱庭に起こった、最初にして最大の危機でした。
当初、私たち神々は……傍観するしかありませんでした。神の座から大地に降り立つ事は理に阻まれ、直接助けに向かう事は叶いません。なので、私たちは考えたのです。間接的に助ける方法を……。この時に神人や加護といった関与手段が確立され、分神という限定的ながら大地に受肉する方法も編み出されました。ですが、それでも足りなかったのです。個に力を与えるだけでは……。そして、魔獣の猛攻の前に、只人も獣たちも……滅亡へのカウントダウンを始めました。
ここに至って、遂に神々は一線を越える事を考えます。それが、進化への介入と知識の伝授。見守るのではなく、操作する。生物たちの可能性に期待するのではなく、神々の希望を押し付ける形で、です。私や一部の神は反対しました。この意見の対立が、現在の正と負の対立構造へと続いていきます。ですが現在同様、負に属する神の数が多いため、この計画は実行される事になりました。私たち正の神々も、手を貸す形で……。
そこで生まれたのが、只人から枝分かれした数々の人種。正側の私たちは、森林に森人を、山岳に小人を、草原に獣人を。負側の神々はその三種族に更に手を加え、荒地に黒森人を、洞穴に土人を、過酷な地に野獣人を対応させました。これが……進化への介入。ちなみに、多くの生物の中から只人を選んだのは、最も賢く、最も広域に分布し、最も信仰を捧げる存在だったからです。神にとって、最も都合が良かったという事なのです……。
そして、もう一つ。知識の伝授。それこそが、現在の魔術へと繋がる第一歩。マナを消費し、様々な現象を起こすきっかけを与えたのです。……マナの存在すら知らぬ人類へ、一足飛びでマナの扱いを教えるのですから、傲慢以外の何物でもありません。それも、有無を言わさずに、です。一方的に知識を与えると共に、魔獣への対処を人類の責務としたのですから……。
その後、長い時間が掛かりましたが、人類は魔獣の脅威を退けました。各人種はそれぞれの長所を遺憾なく発揮し合い、団結したのです。魔術という技術を確立し、効果的に魔獣の数を減らしていったのです。全て、神の希望する未来を叶えるために……。全て、神の犯した過ちの尻拭いのために……。
そこまで考えた後、私はなんともいえない気持ちになりました。人類に……特に魔術師に、責任を負わせたのは私も関与しています。魔術師たちが驕り高ぶっている事を、果たして非難できるのでしょうか、と。勝手に希望を押し付け、振り回したのは私たち神々の落ち度なのですから。なので、私は申し訳なさそうに鳴きました。
「ニャア……」
その鳴き声に気付いた主様は、なにも言わずに頭を撫でてくれました。まるで……■■■■だった頃のように、ただただ優しく頼もしく。やはり、主様こそがこの世界を導く事の出来る唯一の存在。私には、そう思えて仕方が無いのです。




