036 sideA
ドーリスの宣言通りの時間に、今までと同様のゴブリン部隊が現れた。……これで、ドーリスの説は立証された訳だ。という事は、大空洞に待ち受けるのも……グレートゴブリンが率いる軍団で、ほぼ間違いない事になる。だが、とりあえずはこの敵集団を殲滅するのが先だろう。ただ、すでにコツを掴んでいるため、早々に戦闘は終わったのだった。
そして、俺たちは走り出していた。一刻の猶予もないどころか、すでに大氾濫は始まってしまっているのだから……。それも、無秩序ではなく組織された侵攻のような形で。なら、指揮官を……グレートを討ち取るしかないだろう。
その途上で、俺はディンガに申し出た。こちらの被害を最小限に、敵の被害を最大限にするための手段を。
「上級魔術、使っていいかな?」
「じょ、上級だと! 上級魔術なんて……軍同士の戦争で使うもんだぞ?」
「だからだよ。だって、ゴブリン軍団が相手でしょ?」
俺がそう言って微笑むと、ディンガは苦笑しながら頷いた。
「ははは、流石にゴブリン共が可哀そうに思えるぜ。だが、使えるのか……上級を?」
「使える、はず。今まで使ってた魔術も、使った事ないものばっかりだけど……出来たんだ」
記憶には無い。使ったという事実は。でも、上級魔術であろうと、使えると確信している。記憶には無い知識と経験が、俺の中で出来ると伝えてきている。だから、出来るはずだ!
「そうかい。なら、お前の言葉を信じるぜ!」
その言葉に、俺の心は熱く燃えた。そして、作戦をより確実にするため、メリちゃんへと声を掛ける。
「メリちゃんも一緒に、上級魔術を!」
「はいなのです! でも、メリが使えるのは、風属性のサイクロンだけなのです」
「じゃあ、俺が合わせるよ! 二人でゴブリン軍団を、ズタズタに切り裂いちゃおう!」
ズタズタに切り裂くというのは、なにも過剰な表現では無い。むしろ、控えめな表現ですらある。それだけ、上級魔術というのは桁違いなのだ――
上級魔術は、戦術級魔術とも呼ばれる。それは、一撃で戦局が覆るほどの威力を誇るからである。なので、初級・中級と明確に区分するため、そう呼ばれる事があるのだ。それに実際、上級魔術は中級以下と様々な違いがある。名称も開発者が勝手に決めたため、命名法則から外れている。詠唱も命名同様、独自の詠唱文ばかりである。なので、継承者がおらず、失伝したものも多いのだとか。まあ、簡潔に言うと……恐ろしい破壊力の超高難易度魔術って事だ。
それゆえに、だろう。ディンガが心配そうに口を開いた。成功か失敗かではなく、別の問題で、だが。
「濃度計の魔具だけは避けてくれよ。ゴブリン共々破壊しました、ってのは勘弁だぜ?」
「「了解」」
俺とメリちゃんは頷いた。そして、目的地が見えてきた。今度はメリちゃんと顔を向き合わせながら、頷く。さあ、詠唱を始めよう!
「「――吹き荒ぶ暴風、我が敵を切り裂き給え! 『無慈悲な暴風』!」」
大空洞に入る瞬間、俺たちは魔術を発動させた。俺とメリちゃんの全身から、暴風が吹き荒れる。その暴力的な風は広がっていき、大空洞を満たした。そして、不可視の刃でゴブリンたちが切り刻まれていく。その風から逃れる術は、無い。あっという間に、ほとんどのゴブリンがマナとなって消え去った。だが――
「グオォォォ!」
全身を切り刻まれながら、ただ一匹……いや、匹と数えるには立派過ぎる体躯のゴブリン、グレートが咆哮を上げた。上級魔術を受けながら、それでも生き永らえたそいつは、迷う事無く俺たちに向けて突っ込んでくる。だが、その動きは明らかに精彩を欠いていた。速さも無く、B級魔獣としての強さも感じない。すでに、瀕死なのだ。それでも、そいつは倒れなかった。だが、放たれた一本の矢が眉間に突き刺さり……マナとなって消えていった。
「こんな簡単に、格上を狩れるなんてな……」
矢を放った本人、ディンガが呟いた。本来なら、ディンガやドーリスは……命を賭けて対峙する相手なのだ。それも、分の悪い賭けのレートで。
「大金星じゃん!」
俺の茶化すような言葉に、ディンガは首を横に振った。そして、静かにこう言う。
「やめてくれ。それにな、見ただろ? 最後の最期まで、あいつは魔獣としての誇りを捨てなかった。敵意を捨てなかった」
「そうだね。魔獣には感情が無いなんて聞くけど、あいつからは……確かに誇りと敵意を感じたね」
俺とディンガが頷き合っていると、メリちゃんが微笑みながら口を挟んでくる。
「誇りと敵意は、ディンガさんとドーリスさんからも感じたのです。最初はメリたちに向けた敵意、途中からは冒険者としての誇りなのです!」
「お、おい! メリサンド、誇りの部分はいいとして、敵意の部分は……今更掘り返さないでくれよ」
「あれ? 否定はしないって事は……本当に敵意を向けられてたのです?」
しまったと、ディンガは表情で語った。だが、観念したようで、ぽつぽつと胸の内を語り始める。
「敵意ってほどじゃねぇが、こいつら気に入らねぇって思ってたさ。なぁ、ドーリス?」
「うむ。ハイランド殿に取り入った邪魔者。当初、そう考えていた」
それを聞いて、俺はつい納得してしまう。ゴンツ教官に加減の訓練をしてもらう手回しも、頻繁にギルドマスターの部屋に呼ばれていたのも、なんなら……この依頼のお膳立ても、マスターによるものなのだから。ただのF級冒険者の扱いとしては、異例過ぎる厚遇だ。
「なんだ……俺たちの性格や言動を嫌ってた訳じゃ無いんだ!」
「いや、それらも含めてだぜ? 緊張感の無いツラに、やたら育ちの良さそうな振舞い。どこのお坊ちゃんだ、ってな」
そう言って笑ったディンガは、笑い終えると同時に俺の背中をバンバンと叩いた。
「まあ、俺たちの見る目が無かったって、今ではちゃんと分かってるぜ!」
無遠慮に叩きつけられる手から逃れるため、俺はディンガに向けて言う。
「それで、件の濃度計を確認しない?」
「ああ、そうだったな。じゃあ、全員で見に行くか!」
とりあえず、目的は達したようだ。叩くのを止めたディンガを筆頭に、俺たちは濃度計のもとへと向かい、そして驚く。いや、呆れも含んでいたかもしれない。それほどに、ヤバい数値が目に入ったのだ。
「こりゃあ、グレートも湧くわな……」
「うむ。平時の十倍以上」
「これって、まだまだ大氾濫が続く数値だよね?」
俺の言葉に、ベテラン二人は間違いなく頷く。そして、踵を返す。即時の大氾濫の危機は避けられたものの、まだ根本解決には程遠い。ここから先は、ギルドと国の協力が必要な案件であると考えたのだ。
やはりというべきか、同じ道を引き返している状況であっても、魔獣の襲撃が複数回あった。だが、先ほどまでよりも散発的かつ無秩序だ。なんら苦戦する事もなく入り口まで戻ると、事の次第を詰め所のギルド職員へと伝えた。……その時の職員の慌てぶりときたら、つい笑ってしまう程だった。当然、「笑い事じゃありません!」と叱られた訳だが。
そんな訳で、大氾濫の情報は王都ギルドへと届けられた。そして、詰め所の職員からの要請もあり、迷宮入り口の閉鎖及び警戒へと従事する事になる。夜間も油断が出来ないとの事で、交替で警備をするかと話していると、思っていた以上に早く増員が送られてきた。それも、マスターを含めた腕利きばかりが、だ。
「シルバ君もメリサンド君も、初依頼ご苦労様。ディンガもドーリスも、よくやってくれた」
慌てた素振りも無く、あまりにも迅速かつ適切な対応のマスターに、俺は真相の一端を垣間見た気がしたのだった。




