035 sideA
俺の提案が受け入れられ、パーティ隊列も組み替えられた。俺は後衛に位置し、代わりにディンガが中衛にせり上がる。形で言えば、ひし形のように見える事だろう。ただ、俺は剣士でもある。そんな俺を後衛に置くというのは、一見すると勿体ない運用に思える事だろう。しかしそこには、明確な意図が存在している――
一つは、魔術使用を優先するため。どれだけ魔獣を狩っていっても、マナ自体が濃すぎる今の迷宮内では、焼け石に水である。なので、魔術を多用する。マナを消費する事で、少しでも状況を改善したいという考えだ。実際、活性化した迷宮には、魔術師ギルドから魔術師が送り込まれる事があるらしいし。初めて魔術師ギルドに行った時、冒険者ギルドからの使いだと勘違いされたのもそのためだ。
そして、二つ目。それが――
「シルバ、挟撃だ! 後ろは頼むぜ!」
「了解! 斬り込みます!」
ディンガの指示で、俺は背後に現れた群れへと飛び込み……殲滅した。これが、俺を後衛に配置するもう一つの理由。
洞窟での戦闘は、森や平野での戦闘と大きく違う。全周囲への警戒が不要ではあるが、前後にしか移動が出来ない。それはすなわち、挟まれた場合は横方向への退路が無いという事。戦闘を避ける事が出来ないため、必然的に二正面戦闘を余儀なくされる。なので、前衛をこなせる俺が、隊列後方を預かっているのだ。
それに今の状況下では、挟撃の可能性が極めて高い。枝分かれする分かれ道には目もくれず、目的である濃度計への道を急いでいる事。濃度計を確認するまでもなく分かる高濃度マナの影響で、迷宮内に新たな魔獣が次々に発生している事。これらが原因で、戦闘音を聞きつけた魔獣が背後からもやってくるのだ。
「よし! 前後共に敵影無し。お疲れさん」
ディンガが戦闘終了を告げると、俺もメリちゃんも……あのドーリスでさえ、くたびれた表情を浮かべた。お堅い軍人、いや、武人のようなドーリスであってもだ。それほどまでに、魔獣の襲撃が苛烈だという事。これはいよいよ……大氾濫が現実味を帯びてきたようだ。
大氾濫というのは、魔獣の活性化の最終段階を言う。活性化初期や中期であれば、迷宮内の魔獣の強化と増加、近隣のはぐれ魔獣の増加程度で済む。まあ、これを程度という言葉で片付けていいかは置いておくにしても、被害規模としてはある程度限定される。だが、大氾濫となると別。迷宮内で増え過ぎた魔獣が、河川の氾濫の如く溢れ出てくるのだから……。
ただ、事態は一刻を争うのかもしれないが、みんなの様子を見るに、一度休憩を挟んだほうがいいように思う。現状、最悪のケースは……俺たちが魔獣にやられてしまい、情報の無い中で大氾濫が発生する事だ。俺たちは確固たる証拠を持って、生きて帰らなければならないんだ。だからこそ、しっかり戦える態勢を整えるべきだろう。
「ディンガ、ここらで休憩にしないか?」
指揮官兼弓士のディンガは、俺の声掛けに合わせて残りの二人を見遣った。ディンガの立場だと、大きく動く事は少ない。それゆえに、他のパーティメンバーの疲労には気付きにくいのだと思う。戦士のドーリスは、剣と共に大盾を持って敵に飛び込んでいく。疲れないはずがない。そしてメリちゃんも、初級魔術中心とはいえ、魔術を無数に放っている。身体ではなく心が、かなり疲れてきているのが見て取れる。
魔術というのはマナを消費して放つ。マナが少ない場所であれば、オドを呼び水としてマナを掻き集める。なので、高濃度のマナが充満している迷宮内では、オドの消費がほとんど無しに魔術が放てる訳だ。だが、それは理論上の話。魔術とは学問だという言葉を聞くが、まさにその通り。魔術の発動は、例えるなら……全身全霊を懸けて本を読み解くのに似ている。要するに、恐ろしく気疲れするのだ。
ディンガは頷いた。そして……目的を達成するためとはいえ、仲間の疲労に気付けなかった自分を恥じるように、少し申し訳なさそうに呟く。
「すまん、休憩にしようぜ」
周囲に敵意を放つ存在がいない事を確認し、俺たちはその場に座り込んだ。そして、洞窟内という事もあって忘れていたが、腹の空き具合から考えていい頃合いだろうと、持ち込んだ携行食の押し固められたパン的な物(不味い)を口に放り込む。すると、メリちゃんが我慢しきれずに言ってしまった。
「これ、美味しくないのです!」
「メリちゃん、みんな言わないようにしていたのに……」
そのやり取りに、ドーリスは苦笑しながら頷いた。そして、ディンガは面白そうに笑いながら、こう言う。
「がはは、そういう所を見ると、お前たち二人が駆け出しなんだと思っちまうぜ!」
「えっ? なんでなのです?」
「くそ不味いと評判の、ギルドの売店特製携行食を食べ慣れてないからだぜ」
「べ、ベテランになると……これに慣れるって事なのです? 冒険者、おそるべしなのです」
得てして穏やかな気持ちになれた俺たちは、迷宮の地図を広げたディンガから、この後の事の説明を受ける。
現在地は、目的地まであと少しの位置。戦闘が無ければ、十分ほどで到着するはずだ。……例の大空洞へ。きっと、魔獣……いや、ゴブリンたちがぎっしり敷き詰められているであろう場所へ、だ。そして、そこであり得る最悪を口にしたのだった。
「ハイゴブリン、更に上位のグレートゴブリンがいるかもしれねぇ」
ここまでの戦闘では、F級と言われるゴブリンの他、E級のアーチャーやメイジといった変異種と戦った。だが、ハイやグレートは……変異種では無い。上位種だ。単体の戦闘力でランク付けされる分類だけでも、ハイはD級。グレートに関しては、B級にまで跳ね上がる。ただ、恐ろしいのは個の戦闘力だけではない――
それは、組織力だ。統率力と言い換えてもいい。アーチャーやメイジでさえも、前衛と後衛に分かれる程度の知恵を持っていた。が、上位種は次元が違う。ハイが隊長のような役割を担い、グレートが指揮官として指揮を執る。まさに軍団と成るのだ。ただ、これはあくまで最悪。通常のD級迷宮であれば、ハイが一匹いるかどうか。グレートまでいる可能性は、かなり低いはずなのだ。
「ディンガとドーリスは、どの程度の可能性でいると思ってるの?」
「俺か? 俺は半々ぐらいだと思ってるぜ」
俺の問い掛けに、ディンガはそう答えた。だが、ドーリスは違った。確信めいた口ぶりで……言う。
「グレートは、いる」
俺も含め、みんなが固まった。グレートがいるという事実にもだが、迷いなく言い切るドーリスの雰囲気に、だ。続けて、ドーリスは言葉を繋げていく。
「奥から現れるゴブリンたちから、明確な目的が感じられた」
前衛として戦っていたドーリスだからこそ分かる事なのかもしれない。人を襲う本能の塊、敵意と殺意ばかりである魔獣から、なにかしらの目的意識を感じ取ったのだろう。ならば、聞かなければいけない。それが何なのかを。
「これまで戦ったゴブリンたちの目的って?」
「外部への侵攻」
「外部……それって、迷宮外って事?」
「そうだ。根拠もある」
そう言うと、ドーリスは地図へと何かを書き込んでいった。書き終えたそれを見ると、会敵地点に敵の数が、その間にはだいたいの経過時間が書かれている。それによって、俺も気付く。
「毎回ほぼ同数。そして、約三十分に一回の頻度で遭遇してる……」
「完全に統率された動き。農村や小さな村なら容易に落とせる戦力。そして、次の部隊は……五分後だ」
ドーリスは宣言した。もし本当に現れたなら、この説を信じるほかないだろう……。




