034 sideA
ゴブリンメイジを中心に、アーチャーをも含む集団が俺たちに近付いてきていた。すでに、メイジは魔術の発動準備を始め、アーチャーは射撃体勢へと移行している。どうやら再び、先手は敵方に取られてしまったようである。容赦ない殺意と敵意に彩られた遠距離攻撃が、俺たちへと向けられたのだ。
数本の矢と、「火の球」らしき魔術が飛来する。ドーリスさんが盾を構え、防御姿勢を取ったその時――
「『土の壁』!」
メリちゃんの声と共に、俺たちを囲むように頑丈そうな土壁が現れた。そして、敵方の矢と魔術を悉くをはじき返す。その様子に、ディンガさんは驚きの声を上げる。
「お、お前……簡易詠唱で中級魔術を?」
「それについては後なのです! それよりも指示を、なのです」
メリちゃんの声で正気を取り戻したディンガさんは、ひとまず状況の確認に移った。土壁の強度を叩いて確認し、そして……ニヤリと笑う。
「よし、この壁で矢も魔術も封じられたな。なら、御付きの下っ端ゴブリンをここで迎撃だ!」
遠距離攻撃は、メリちゃんの造った壁によって封じた。その援護が受けられない状態で、近接しか攻撃手段を持たない一般ゴブリンを誘い込み、殲滅。その後、残ったメイジとアーチャーを撃破する。単純だが、非常に効率の良いやり方だと思う。
俺とドーリスさんは、壁の両端に陣取り……待った。ゴブリンが壁を迂回して現れるのを。そして、現れた群れを斬り伏せていった。
次々にマナへと変わっていくゴブリンたちだったが、次から次へと新手が斬られに現れる。もし、魔獣ではなくただの獣だったなら、この場には堆い死体の山が築かれた事だろう。いや、獣であったなら……早々に退いたかもしれない。次々に仲間がやられていく現状に、恐怖を感じて。だが、魔獣は退かない。ただ、殺意と敵意のみで人へと襲い掛かるのだから……。その結果、どれだけの仲間を失おうとも。
しばらくして、押し寄せていたゴブリンの波が途絶えた。壁から顔を出して残敵を確認したディンガさんが、最後の一手を指示する。
「残るは弓ゴブ三匹、魔ゴブ一匹だ! 前衛、突っ込め!」
俺は壁から躍り出た。そして、途方に暮れているようにも見える変異種ゴブリンに迫り、斬った。弓に矢を番える猶予も、魔術を発動させる間すら与えずに。ドーリスさんが着く頃には、四匹ともマナとなって消えていた。
「速い! 『閃光』ハイランド殿よりも、尚速い」
やっぱり表情は分かりにくいけど、ドーリスさんは驚きと賞賛が混ざったような表情だったように思う。俺は軽く頭を下げて応え、そして問い掛ける。
「マスターと一緒に依頼をこなした経験が?」
「うむ。幾度となく助けられた。故に、恩があると申した」
「そうだったんですか。マスターってやっぱり……凄い冒険者だったんですね」
「当然だ。私と同世代でありながら、抜きんでた存在。敬服の念に堪えぬ」
静かに、だけど誇らしげに。ドーリスさんは、今度は分かりやすく微笑みながら言った。……こんな表情を見せてくれるという事は、少しは俺も認めて貰えたのかもしれない。そう思わずにはいられなかった……。
そんな俺たちのもとに、土壁を崩した後衛組が合流した。曰く、壁を放置したままだと、ゴブリンたちに利用されるとの事だ。今後訪れる冒険者の事も考え、後始末にも手を抜かない。これがベテラン冒険者。学ぶべき事がたくさんあるのだと、俺は心に刻み込んだ。
そして、周囲に敵の気配が無い事を確認すると、ディンガさんは先ほど以上に深刻な表情で口を開いた。
「今の戦闘だけで、ドーリスが三十二。シルバに至っては四十と四」
その数字は、戦闘で倒した魔獣の数だ。比較対象として適切とは思えないが、ラ=ズンダ村での間引きでは……毎月、せいぜい二十から三十匹狩れば充分だった。迷宮の規模やそもそものマナ濃度が違うのもあるが、それでも異常な数である事を嫌でも理解する。それに、だ。ここはまだ、迷宮の浅層から中層ほど。奥に行くほど魔獣の質と量が増えるとするなら……一体、深層にはどれだけの魔獣が?
「ディンガさん。このまま進むのは……かなり危険なのでは?」
たぶんだけど、俺やメリちゃんは問題ない。神人と加護持ち、その上無尽蔵のマナを使用できる環境。とんでもない化け物が現れない限り、後れを取ることはないだろう。だが、ディンガさんやドーリスさんは、どうだろうか?
経験豊富ではあるが、戦闘能力だけで言えば……C級だ。マスターやゴンツ教官と比べると、どうしても見劣りする。マスターのような速さや剣技、ゴンツ教官のような筋力と打たれ強さは……無い。もし、これ以上に敵が強く多くなっていくのなら、ギルドへと援軍要請をしたほうがいいのではないだろうか……?
しかし、ディンガさんもドーリスさんも、一時撤退を良しとはしなかった。
「危険だ。危険だぜ! だがな、だからこそ進まにゃあいかん!」
「うむ。この状況、活性化が進みすぎている。ともすれば……大氾濫が起きかねん程。だから征く」
危険なのは承知で出た言葉は、なにに基づいたものなのだろうか。使命感なのか、はたまた冒険者としての誇りなのだろうか。いずれにしても、俺は二人を低く見積もっていたのかもしれない。冒険者稼業に命は懸けないだろうと……。とんだ侮辱だったと、今では後悔している。撤退を仄めかすような発言をした事に……。
「では、行きましょう!」
後悔を打ち消すために放った言葉に、ディンガさんは苦笑しながら文句を言う。
「おい、駆け出し! それは俺が言うセリフだぜ!」
「あっ、すいません……気が逸りました」
俺が頭を掻きながら言うと、ディンガさんは表情を引き締めて言い放つ。
「それに、だ。ここから先は、駆け出しが首を突っ込むべきものじゃねぇ。それぐらいヤバい案件だ」
「分かってます」
「それでも行くってのか? 今なら、お前たちだけでも……応援を呼ぶために引き返すのもアリなんだぜ?」
俺とメリちゃんは、示し合わす必要も無く同時に頷いた。そして、力強く答える。
「「それでも(なの)です!」」
その言葉を聞いて、ディンガさんは笑った。ドーリスさんは、感じ入るように静かに頷いた。そして、二人は黙って手を差し出してくる。
「その、なんだ……。あの時は悪かった。握手を拒否するなんて、俺たちも大人げなかったぜ」
「うむ。今更で悪いが、手を取り合ってはくれぬか?」
俺とメリちゃんは、笑顔で握手に応じた。初顔合わせの時も、迷宮に入る時でさえ黒寄りの灰色だった二人が、とても白く視えた。それと同時に、確かに力が流れ込んでくるのを感じる。そんな様子に、シロも嬉しそうにニャアと鳴くのだった。
そこから俺たちは、中層と深層を別つ地点を目指していた。ギルド支給の地図の上では、そこは広い空間となっており、濃度計の魔具も設置されているという。ただ、広いという事は、多くのゴブリンが待ち構えている可能性が高い場所でもある。なので、俺はパーティ戦術を変える事を提案する。
「ディンガ、ちょっといい?」
「なんだ、シルバ?」
「俺も魔術で攻撃してもいい?」
いつの間にか、気安く声を掛けられるようになっていた。さん付けもなく、完全に言葉遣いも崩していたのだ。ディンガもそれが当たり前であるように、俺の提案にのみ焦点を合わせた返答をしてくる。
「そういやぁお前、魔術剣士なんだっけな。で、どの程度まで扱える?」
「メリちゃんと同等かな?」
俺の魔術の実力が予想以上だったのか、ディンガは吹き出すように笑いながら言う。
「がはは、そりゃすげぇ! その案、採用だ!」




