033 sideA
俺は感嘆の声を上げていた。ラ=ズンダ村近郊の迷宮とは、全然違うからだ。あっちは森林型迷宮だったが、こっちは洞窟型。内部から感じる殺意や敵意の質と量やマナの濃さも、比べ物にならないくらい違う。だが、何より違うのは、詰め所の存在だろう。人の管理下にあると示しているように思え、なんとなく安心できるから不思議だ。
「すっげぇ洞窟! 詰め所も綺麗だ!」
「そうなのです! 肌がチリチリ、心がドキドキするのです」
俺の隣では、メリちゃんも声を上げていた。ただ、普段通りを装ってはいても、表情が少しだけ固いように思える。俺にとっては二か所目の迷宮だけど、メリちゃんにとっては初めて見る迷宮なのだから……仕方がない事だろう。
しかし、観光客のような反応を出来るのも、そこまでだった。ディンガさんとドーリスさんが、働けと言いたげに睨みつけてきている。なんというか……馬車内でのやり取り以降、より心の距離が離れてしまったようだ。俺としては仲良くやりたいからこそ、ストレートに疑問をぶつけたんだけど……上手くいかないものだ。だったら、後は行動で示すしかないのだろう。
急いで馬車へと向かい、物資の運び出しと詰め替えをしていく。メリちゃんも同様に、雑用のような仕事をこなしていった。それを見ていたディンガさんは、ふんっと鼻を鳴らして一瞥するだけだった……。
迷宮内に持ち込む物資と詰め所に保管を頼む物資を選別し、詰め所常駐のギルド職員への迷宮攻略の申請も終えた。そして、俺たち四人は、「小鬼の巣窟」入り口前に立っている。流石にディンガさんやドーリスさんはC級冒険者なだけあって、俺やメリちゃんへの悪感情は鳴りを潜めたようである。ディンガさんの号令の下、俺たちは戦闘隊形へと並びを変えたのだった。
「ドーリスとシルバが前衛。俺は後衛で、後背の索敵と指示出し。メリサンド、お前は中衛に位置してくれ」
「はい」「はいなのです」「承知」
「それじゃあ、迷宮攻略開始だ!」
種族も心もばらばらの即席パーティである俺たちは、迷宮へと足を踏み入れた。そして早速、ディンガさんが指示を出す。
「メリサンド、明かりを灯せ」
「はいなのです。『発光』」
無属性生活魔術「発光」は、誰もが練習をせずとも扱える魔術。でも、メリちゃんが使用すると――
「うわっ! ま、眩しいぞ! なんだ、この明るさは?」
「これほどの光量……凄まじい」
二人が驚くほどの眩さにも出来るのだ。魔術師として腕を磨いたメリちゃんなら、生活魔術すらも別格の出力へと変貌させる。それに、マナと共に生き、マナに愛された純白の森人なのだから、マナ濃度の高い迷宮内では一段と際立つというものだ。
「眩しいようなら、少し暗くするのです?」
「いや、このままでいいぜ! 弓士の俺にとっちゃ、明るさは味方で暗闇は敵だからな!」
「同じく。洞窟での最大の敵は、暗闇。これは助かる」
早速メリちゃんは、二人に実力を示したようだ。俺も……なにかしらの手柄が欲しいところなんだけど――
そう思った瞬間、矢が空を切る音が耳に入った。俺は迷わず一歩踏み出し、飛来した矢を斬り落とす。それに一瞬遅れる形で、ディンガさんが愚痴と指示を口にする。
「チッ! 早速、弓ゴブリン一行のお出ましかよ。ドーリス、斬り込め! 俺が援護する」
「承知」
メリちゃんの明かりに照らされて、敵の姿が判明した。ゴブリンアーチャーと、それを守るゴブリンの一団。そんな中に、ドーリスさんは単身で飛び込む。巧みに盾で攻撃を防ぎつつ、正確にゴブリンたちを斬り伏せていく。そして、ディンガさんが弓による援護射撃を行い、敵集団は全てがマナへと変化していた。
……咄嗟の判断だったとはいえ、俺とメリちゃんには、なんの指示も与えられなかった。やはり、俺たちの事は……まだ信用していないという事だろう。ただ、ディンガさんは申し訳なさそうに、俺に向けて声を掛けてくる。
「その、なんだ……初動は助かった。俺とした事が、完全に油断してたぜ……」
「いえ、すぐに指示を出したあたり、流石はベテラン冒険者だと思いました」
「あ、ああ。とりあえず、だ。今回は、俺たちだけでどうにでもなる相手だったが、次からはお前たちにも働いてもらうぜ!」
なんだ……俺の考えすぎだったようだ。ついでに考えすぎてみるならば、俺たちに連携についてのお手本を見せてくれたのかもしれないなと、俺はそんな風に思いこむ事にしたのだった。
そして、斬り込んでいたドーリスさんが隊列に復帰すると、即座に口を開く。
「ディンガ、どう思う?」
リザード種ゆえに表情から感情が読み取りにくいが、少なくとも良い感情でないのは明らかだった。声を掛けられたディンガさんも、浮かない表情で返答する。
「もしかしたらだが、怒王国の大規模侵攻が始まってるかもしれねぇな……」
「濃度計の確認、急ぐべき」
「ああ。早速だが、予定変更だ!」
なんの事だろうと、俺とメリちゃんは首を傾げた。たったの一戦闘だけで、なにか迷宮の変化に気付いたという事なのだろうか?
そんな疑問に答えるべく、ディンガさんは迷宮を進みながら説明をしてくれた。周囲を警戒しつつ地図を確認しながら、とても器用な芸当で、だ――
本来、迷宮は深部へ進むほど、魔獣の質が上がる。強さに狡猾さ、ゴブリンで言えば集団の練度などだ。それは逆に言えば、入り口付近は魔獣の質が低いとも言える。しかし今回、入り口付近に現れた敵は、アーチャーを含む集団だった。普通なら、もっと奥で出会う集団らしいのである。……これらから考えられる事は、一つ。すでに、魔獣の活性化が始まっているという事らしいのだ。
そして、今回の依頼は三件を同時に遂行している。魔獣の間引き、出現傾向の調査、そしてマナ濃度の調査。マナ濃度を観測する魔具である濃度計を、現地に赴いて確認するのが今回の最も重要案件なのだ。そこでドーリスさんは、活性化と直結する情報取得が最優先と考えた。それにディンガさんも同意し、現在は濃度計へと進路を取っているとの事。濃度計の数値という確固たる証拠をもとに、追加の冒険者をギルドに要請するために。
「だがな、問題があるんだ」
「問題ですか?」
「ああ。この迷宮、王都近郊一の嫌われ迷宮なんだぜ! そこそこの冒険者なら、寄り付かねぇような、な……」
そう言われて、ふと詰め所を思い出してみる。確かに、俺たち以外の冒険者はいないようである。王都から馬車ですぐの好立地、現れる魔獣も弱いゴブリンばかりなのに何故だろう。そんな風に考えていると、メリちゃんが答えの一端を口にしてくれる。
「迷宮自体はD級なのに、出てくる魔獣はゴブリン……。報酬が安いのです?」
「そういう事だ。調査依頼はD級相応の値段だが、間引き依頼はゴブリン価格」
以前のメリちゃんの言葉を借りるなら、世知辛い。ただ、冒険者というのも職業。より稼げる依頼を受けるのも、仕事と考えるなら間違いではない。ただ、それだけが理由だとも思えない。人気のある迷宮で稼ぎを他の冒険者と食い合うより、不人気なここで堅実に稼ごうと思う冒険者もいるはずだ。という事はだ。ここは堅実でも何でもないという事になる。ゴブリンとその変異種のみなのに……?
「さて、無駄話はここまでのようだぜ」
ディンガさんとドーリスさんは、すでに戦闘態勢に入っていた。俺も敵の気配は感じ取っていたが、まだまだ距離があると考えていた。が、その認識は甘かったようだ。
「ここが嫌われてる最大の理由……魔術ゴブリン一行のお出ましだ!」




