031 sideC
私は頭を抱えていました。いえ、猫の身体では抱えにくい事この上ないので、比喩表現ではありますが……。
宿で主様たちと合流すると、とんでもない事を二人の口から聞かされました。それは、パーティでの迷宮攻略。それ自体は問題ありません。ですが、依頼受注条件が問題だったのです……。しかも、私の意見を聞く事も無く受注してしまったようです。その場に私がいれば、確実に断っていたであろう依頼を、です。
「主様、今からでも依頼破棄してきて下さいにゃ!」
「えっ? もう夜も遅いし、それはちょっと……」
「そうなのです。それに、シロ様はなんでそんなに否定的なのです?」
そんなの決まっているでしょう。そう叫びたい気持ちを抑え込み、今回の依頼内容を思い返すのでした――
王都近郊のD級迷宮「小鬼の巣窟」の、間引きと調査依頼。小鬼というのはゴブリンの別名で、巣窟というのは洞窟型迷宮である事を表現しています。また、ゴブリンと聞くと最下級の魔獣と思いがちですが、それは誤りです。通常のゴブリンが単体で現れれば、確かに最下級。しかし、マナ濃度が高い迷宮のゴブリンは、組織された集団へと変貌します。群れるのではなく、指揮統率された……いわゆる軍のような存在へと、です。
なので、D級という一人前レベルの迷宮に指定され、その上で受注に条件が付けられているのです。それが人数と階級。最低人数が四人。その内の一人以上の階級が、C級から上である事。冒険者ギルドとして、冒険者の命を守るための措置でしょう。その措置自体は、非常に適切であるとも思います。が、その依頼を主様に回すのが問題なのです!
ハイランドは言いました。過度の優遇は出来ないと。であれば、主様も受注条件に従う必要があります。……C級以上の他のパーティとの共同依頼という事です。ハイランドはこうも言ったらしいのです。貴方方を育てると。……それは、私の役割です。ハイランドとは、今一度話し合う必要があるようです。確かに、主様の訓練環境を求めたり、常識と加減を覚えて欲しいとも言いました。ですが、ここまで手を回せとは言っていません……。私が主様を導きたかったのに!
と、とりあえずです。主様たちが待っているので、返答しなければいけませんね。
「なんでもですにゃ! さあ、破棄をしてきて下さいにゃ!」
「あのさ、流石にそれは身勝手だよ……」
「そうなのです。いくらシロ様の言葉とはいえ、メリも承服できないのです」
二人に駄々っ子を見るような目で見つめられ、私は「もう知らないにゃ」と言って不貞寝を始めたのでした……。
翌日、私たちは冒険者ギルドへと赴きました。私の機嫌は絶賛荒れ模様のままですが。
受付嬢のキサラに依頼に関しての声を掛けると、エントランスの片隅のテーブルを指し示しながら「あちらの二人と」と言って、必要以上に関与しない姿勢を見せました。共同依頼を共にする相手とは、各自で対応しろという事でしょう。……その相手を推薦したのは、ギルドマスターのハイランドだというのに。主様たちが唯々諾々とテーブルに向かうのを見て、ついつい皮肉っぽくなってしまいます。
そして、指し示されたテーブルに到着し、主様たちは二人の男たちに丁寧に自己紹介を始めました。F級である主様たちが、先輩冒険者でありC級である二人の男へと、冒険者らしからぬ言動で、です。それが彼らには慇懃無礼に感じられたのか、眉をひそめながら言葉を返してきます。
「ここは冒険者ギルド。丁重過ぎる態度は、この場では不要」
「そうだぜ! どうしても畏まりてぇんなら、商人ギルドあたりに行っちまいな!」
「は、はあ……。じゃあ、言葉遣いを崩すよ」
「じゃあ、メリも! それで、二人の名前と役割を教えて欲しいのです」
メリサンドの申し出に、彼らはそれぞれが微妙な表情を浮かべた。トカゲ男は、まさしく少女であるメリサンドの実力を疑うような。筋肉小男は、今にも嘲りたいのを我慢するように。それでも、冒険者の義務だと言わんばかりに、渋々と自己紹介を始める。……なんとも小憎たらしい連中です。
「私は『リゼ=ドーリス』。野獣人リザード種の戦士。前衛担当」
「俺は『ディンガ』様だ! 小人の後衛弓士だぜ。いいか? 土人じゃなくて、小人だ! 間違えんじゃねぇぞ?」
トカゲ男のドーリスは、必要以上に言葉を発するつもりは無いようです。その分、筋肉小男のディンガが小煩いようですね。それにどちらの種族も、主様たちはあまり関わってこなかった人種です。そもそも癖の強い種族なので、なんとも前途多難と言えるでしょう……。
野獣人というのは、より獣寄りの獣人といった種族。実際は完全な別種なのですが、そう例えるのが一番楽なのです。只人に獣の特徴が混ざっているのが、獣人。獣に只人の特徴が混ざっているのが、野獣人なのですから。なので、獣人ですら居住を躊躇う過酷な環境でも、野獣人は居住が可能です。リザード種であれば、湿地帯などが該当するでしょう。ワニの特性が強い一族ですから。
一方、小人というのは、そのまま小さい只人と言えるでしょう。正直なところ、小人と土人では……外見的特徴では見分けが困難。どちらも筋肉質で低身長。多く居住する地形も、山間部や洞窟。違いを示すなら、小人のほうが器用であり、土人はより力が強い事でしょうか。なので、互いに腕力馬鹿、へたれと罵りあっているようですが……他種族からしたら、どちらも脳筋に見える事でしょうね。
そんな彼らに、主様たちはよろしくと言って手を差し出しました。が、彼らは握手を拒否するように手を引っ込めます。そんな様子に、主様とメリサンドは顔を見合わせ、困ったように苦笑しました。そして、主様が本題を切り出します。……それにしても、彼らの態度は目に余ります。
「それじゃあ、迷宮攻略について話し合おう」
「おいおい、駆け出し。お前がなんで仕切ってんだよ?」
これです! これは、どう考えても主様たちを良く思っていません。それどころか、敵意のようなものすら感じます。ハイランドは、何を思って彼らを推薦したのでしょう?
「えっ……? じゃあ、ディンガさんが仕切って下さい」
「ああ。そうさせてもらうぜ。ドーリスも構わねぇよな?」
「それでいい」
こうして、迷宮攻略の事前準備は、筋肉小男を中心に進められていきました。迷宮内での行動は勿論、迷宮までの移動手段や持ち込む物資の手配まで、実に抜かりなくです。主様を押し退けてまで仕切ると、そう言っただけの事はあるでしょう。私では、ここまで細かく指導出来なかったでしょうし……。で、ですが、あくまで認めたのはそれだけです! 人格や態度は、酷いの一言なのですから。
そして、準備が終わると解散の運びとなりました。彼らは主様たちと一緒にいたくないようで、足早にギルドを去っていきます。そんな後ろ姿を見送りながら、主様は呟きました。
「ちょっと我が強そうだけど、頼れるベテランって感じでよかったな」
そんな主様の言葉に、人前でなければ……こう叫んでいたでしょう。どこが、と。ちょっと我が強いではなく、野放図。頼れるベテランではなく、いい歳だろうにC級止まり。まあ、冒険者としての経験という部分だけは、評価します。トカゲ男については、そもそも口数が少なすぎて……評価する事さえ出来ませんでしたが。
そんな訳で、私の思っていた状況と全然違う形で、主様たちの冒険者としての初仕事が行われる事となりました。実力面では心配ありませんが、果たしてパーティとして機能するかが……心配でしかありませんね。




