030 sideA
「どっちが勝つと思う?」
「おい、これは勝ち負けじゃねぇだろ。だけどよぉ、マスターを制圧しろなんて不可能じゃねぇか?」
「あんたら、うるさいよ! こんな面白そうな事滅多にないんだから、目ん玉かっぽじってよく見ておきな!」
「「はい!」」
観客たちは、俺たちの立ち合いに興味津々のようだ。ざわつきも収まり、一様に目を凝らして俺たちに視線を送ってきている。登録の試験同様、まるで見世物のような気分だ。それはマスターも同じように感じたらしく、構えを解かぬままに声を掛けてくる。
「シルバ君、皆に力を見せつけてあげなさい。私も全力でいきますから……」
普段は理知的な言動や立ち居振る舞いのマスターが、不敵に笑ったように見えた。……きっとこの人は、生粋の冒険者なのだと思う。俺という未知の存在を既知のものにしたいと考えるような、そんな冒険心を持った人なんだと。
そんなマスターの心情を察したのか、ゴンツ教官もニヤリと笑った。そして、高らかに宣言する。
「双方! はじめ!」
その声と共に、俺は鋭く踏み込む。が、マスターのほうが一瞬速かった。俺が木剣を振るう前に、彼の剣閃が身体へと迫る。
「うわっ! はやっ!」
驚きながらも、なんとか初撃を防ぐ。しかし、マスターの勢いは止まらない。次々に鋭い斬撃が放たれてくる。そのいずれもが、ゴンツ教官ですら受け切れるかどうかという攻撃ばかり。さっき言っていた全力という言葉を、一つ一つの攻撃が体現しているようだった。
俺は完全に防戦一方。ゴンツ教官と対峙する時よりも身体強化出力を上げているにもかかわらず、だ。これがA級の実力という事かと考えていると、攻撃の手を緩める事無くマスターが問い掛けてくる。
「君の力はこんなものじゃないだろう? そろそろ反撃に打って出てはどうです?」
マスター、いや……冒険者ハイランドは、嬉しそうで楽しそうな声色だった。その表情にも、爽快感すら漂わせている。なら、俺も楽しもうじゃないか!
「はい、それじゃあ……一段階、身体強化を上げますね!」
そう言った俺は、眠らせていたオドの一部を操った。そのお陰で、それまでは受けに回っていた攻防が、ちょうど拮抗する程度にまで持ち直せた。だが、ハイランドを制圧するにはまだ遠い。身体強化の影響で膂力の面では優位に立ったが、剣の技術で見事に補われてしまっている。それに、俺の攻撃は有効打を狙えない。自ずと狙い目がバレてしまい、悉く防がれてしまっているのが現状だ。
もう一段階上げようか。そう考えながら木剣を振っていると、ふいにグレイの事を思い出した。そういえば、グレイとハイランドでは……どっちが強いのだろうと。
この間の襲撃時のグレイは、速さや力強さで言えばハイランドを上回っていたように思う。「閃光」を上回る速度なのだから、加護の力とは確かに凄いものなんだと思ってしまう。だが、剣の腕という意味で言えば、ハイランドの足元にも及ばないだろう。なら、二人が戦ったとして、勝つのはどっちなのかは……状況次第といったところか?
そんな事を考えながら木剣を振っていたのがバレたようで、ハイランドが面白く無さそうに声を上げる。
「シルバ君! 今は私を見たまえ! 私はすでに、眼中にすら無いという事か?」
ハイランドは額に汗を浮かべながら、俺を打ち倒そうと木剣を振り続けていた。一方で俺は、まだまだ余裕綽々で動き続けている。文字通り全力で戦い続ける彼と、力を抑えたまま戦う俺では……疲労という部分で差が出始めてしまったのだ。なら、そろそろ頃合いだろう。
「いえ、それでは……制圧させてもらいます!」
俺は一気にオドを活性化させた。力加減で言えば、ゴンツ教官を戦闘不能に追い込んだ時より少し上。全力を十とするなら、五から六といったところか。
ハイランドが打ち込んできた瞬間、俺は木剣を振った。狙いは、彼の身体ではなく木剣。彼の斬撃速度を遥かに超える速度で、俺の振った木剣は斬った。彼の持つ木剣を――
彼の顔は驚きに満ちていた。しかし、視界の端に切り離された剣身を認めながらも、俺の動きから意識を外そうとはしない。剣身が無くなった事で空振りしながらも、次の俺の攻撃に備え、距離を取ろうと後ろへと跳躍する。
だが俺は、その動きよりも速く踏み込む。そして、ハイランドの身体を掴むと、宙から地へと投げ落として押さえ込んだ。これで制圧完了だろう。そう思った瞬間、一切の身体の動きを制限されたハイランドが、心底面白そうに笑った。訓練場に響き渡るほどに……。
「はっはっは! 私がこれほどまでに無力感を味わったのは、一体いつ以来だろうか!」
観客の冒険者は勿論、ゴンツ教官さえもハイランドの言葉を聞いて固まっていた。俺はゴンツ教官へと視線を送り、終了の合図を掛けるよう催促する。それに気付いたゴンツ教官は頭を振ってから、片手を天に高く掲げながら宣言した。
「試験終了! 訓練生シルバ! いや、冒険者シルバ! 合格だ!」
俺はハイランドの拘束を解除して立ち上がる。ハイランドもまた、自由になった身体を起こし、俺の前に立ちながら手を差し出してくる。俺がその手を握り締めると、彼はギルドマスターとしての顔に戻って賛辞を口にする。
「シルバ君、おめでとう。しっかり力を制御できるようになったようだね」
「ありがとうございます。これからは、どんどん依頼をこなしていこうと思います」
俺たちが握手を交わすのを見て、観客たちは思い出したかのように声を上げ始めた。驚きや感動、恐れや期待。様々な声が聞こえてくる。それと同時に、様々な視線も。憧れや羨望に、好奇や敵意さえも……。魔術師ギルドとは違い、正の感情だけでは無いというのを耳でも身体でも感じた。そりゃ、そうか。ここは冒険者ギルド。好奇心の塊の魔術師ギルドとは、役割も性質も違うのだから。マスターは苦笑しながら、俺に声を掛けてくる。
「君の戦闘能力は、多くの冒険者が認める事でしょう。しかし、冒険者として必要な技能はそれだけでは無い。そう言いたい者も多いようですね」
「らしいですね。そういったところは、実績を積み上げていく事で解消していきますよ」
俺も苦笑しながら返した。正と負の情が渦巻く中、俺はマスターの手を離したのだった。
その後、俺と資料室にいたメリちゃんは、ギルドマスターの部屋へと招かれていた。以前、過度の優遇は出来ないと言っていたはずだが、新人冒険者が頻繁に招かれていい場所では無い気がするんだけど……。そんな言葉を飲み込みながら、マスターの用件とやらを伺う。
「俺たちに頼みたい事とは?」
「その質問に答える前に、魔獣の活性化の予兆は聞いていますか?」
俺とメリちゃんは頷いた。ちょうど、昨日話したばかりの内容だからね。それに、メリちゃんが気に掛けている件でもあるし……。
「知っているのなら結構。頼みたい事とは、迷宮関係の依頼を優先して欲しいという事です」
「分かりましたなのです! 魔獣を狩り尽くすつもりでやるのです!」
一も二もなく承知したメリちゃんに、マスターは苦笑しながら言葉を返す。
「その意気は買いますが、ほどほどにお願いします。この頼みは、貴方方を育てる意味も込めていますので」
「メリやシルバさんを……育てる?」
「はい。戦闘能力以外の部分を、です。そのために、私からいくつかの依頼を薦めさせていただきたいのです」
すっと差し出された依頼書。それらに目を通すと、決まっていくつかの受注条件が書かれていた。その条件は、今の俺たちではクリアできないものだった。




