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争乱の神人  作者: 富井トミー
第6話 正と負の情
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030 sideA

「どっちが勝つと思う?」

「おい、これは勝ち負けじゃねぇだろ。だけどよぉ、マスターを制圧しろなんて不可能じゃねぇか?」

「あんたら、うるさいよ! こんな面白そうな事滅多にないんだから、目ん玉かっぽじってよく見ておきな!」

「「はい!」」


 観客たちは、俺たちの立ち合いに興味津々のようだ。ざわつきも収まり、一様に目を凝らして俺たちに視線を送ってきている。登録の試験同様、まるで見世物のような気分だ。それはマスターも同じように感じたらしく、構えを解かぬままに声を掛けてくる。


「シルバ君、皆に力を見せつけてあげなさい。私も全力でいきますから……」


 普段は理知的な言動や立ち居振る舞いのマスターが、不敵に笑ったように見えた。……きっとこの人は、生粋の冒険者なのだと思う。俺という未知の存在を既知のものにしたいと考えるような、そんな冒険心を持った人なんだと。


 そんなマスターの心情を察したのか、ゴンツ教官もニヤリと笑った。そして、高らかに宣言する。


「双方! はじめ!」


 その声と共に、俺は鋭く踏み込む。が、マスターのほうが一瞬速かった。俺が木剣を振るう前に、彼の剣閃が身体へと迫る。


「うわっ! はやっ!」


 驚きながらも、なんとか初撃を防ぐ。しかし、マスターの勢いは止まらない。次々に鋭い斬撃が放たれてくる。そのいずれもが、ゴンツ教官ですら受け切れるかどうかという攻撃ばかり。さっき言っていた全力という言葉を、一つ一つの攻撃が体現しているようだった。


 俺は完全に防戦一方。ゴンツ教官と対峙する時よりも身体強化(ブースト)出力を上げているにもかかわらず、だ。これがA級の実力という事かと考えていると、攻撃の手を緩める事無くマスターが問い掛けてくる。


「君の力はこんなものじゃないだろう? そろそろ反撃に打って出てはどうです?」


 マスター、いや……冒険者ハイランドは、嬉しそうで楽しそうな声色だった。その表情にも、爽快感すら漂わせている。なら、俺も楽しもうじゃないか!


「はい、それじゃあ……一段階、身体強化を上げますね!」


 そう言った俺は、眠らせていたオドの一部を操った。そのお陰で、それまでは受けに回っていた攻防が、ちょうど拮抗する程度にまで持ち直せた。だが、ハイランドを制圧するにはまだ遠い。身体強化の影響で膂力(りょりょく)の面では優位に立ったが、剣の技術で見事に補われてしまっている。それに、俺の攻撃は有効打を狙えない。自ずと狙い目がバレてしまい、(ことごと)く防がれてしまっているのが現状だ。


 もう一段階上げようか。そう考えながら木剣を振っていると、ふいにグレイの事を思い出した。そういえば、グレイとハイランドでは……どっちが強いのだろうと。


 この間の襲撃時のグレイは、速さや力強さで言えばハイランドを上回っていたように思う。「閃光」を上回る速度なのだから、加護の力とは確かに凄いものなんだと思ってしまう。だが、剣の腕という意味で言えば、ハイランドの足元にも及ばないだろう。なら、二人が戦ったとして、勝つのはどっちなのかは……状況次第といったところか?


 そんな事を考えながら木剣を振っていたのがバレたようで、ハイランドが面白く無さそうに声を上げる。


「シルバ君! 今は私を見たまえ! 私はすでに、眼中にすら無いという事か?」


 ハイランドは額に汗を浮かべながら、俺を打ち倒そうと木剣を振り続けていた。一方で俺は、まだまだ余裕綽々(しゃくしゃく)で動き続けている。文字通り全力で戦い続ける彼と、力を抑えたまま戦う俺では……疲労という部分で差が出始めてしまったのだ。なら、そろそろ頃合いだろう。


「いえ、それでは……制圧させてもらいます!」


 俺は一気にオドを活性化させた。力加減で言えば、ゴンツ教官を戦闘不能に追い込んだ時より少し上。全力を十とするなら、五から六といったところか。


 ハイランドが打ち込んできた瞬間、俺は木剣を振った。狙いは、彼の身体ではなく木剣。彼の斬撃速度を遥かに超える速度で、俺の振った木剣は斬った。彼の持つ木剣を――


 彼の顔は驚きに満ちていた。しかし、視界の端に切り離された剣身を認めながらも、俺の動きから意識を外そうとはしない。剣身が無くなった事で空振りしながらも、次の俺の攻撃に備え、距離を取ろうと後ろへと跳躍する。


 だが俺は、その動きよりも速く踏み込む。そして、ハイランドの身体を掴むと、宙から地へと投げ落として押さえ込んだ。これで制圧完了だろう。そう思った瞬間、一切の身体の動きを制限されたハイランドが、心底面白そうに笑った。訓練場に響き渡るほどに……。


「はっはっは! 私がこれほどまでに無力感を味わったのは、一体いつ以来だろうか!」


 観客の冒険者は勿論、ゴンツ教官さえもハイランドの言葉を聞いて固まっていた。俺はゴンツ教官へと視線を送り、終了の合図を掛けるよう催促する。それに気付いたゴンツ教官は頭を振ってから、片手を天に高く掲げながら宣言した。


「試験終了! 訓練生シルバ! いや、冒険者シルバ! 合格だ!」


 俺はハイランドの拘束を解除して立ち上がる。ハイランドもまた、自由になった身体を起こし、俺の前に立ちながら手を差し出してくる。俺がその手を握り締めると、彼はギルドマスターとしての顔に戻って賛辞を口にする。


「シルバ君、おめでとう。しっかり力を制御できるようになったようだね」

「ありがとうございます。これからは、どんどん依頼(クエスト)をこなしていこうと思います」


 俺たちが握手を交わすのを見て、観客たちは思い出したかのように声を上げ始めた。驚きや感動、恐れや期待。様々な声が聞こえてくる。それと同時に、様々な視線も。憧れや羨望に、好奇や敵意さえも……。魔術師ギルドとは違い、正の感情だけでは無いというのを耳でも身体でも感じた。そりゃ、そうか。ここは冒険者ギルド。好奇心の塊の魔術師ギルドとは、役割も性質も違うのだから。マスターは苦笑しながら、俺に声を掛けてくる。


「君の戦闘能力は、多くの冒険者が認める事でしょう。しかし、冒険者として必要な技能はそれだけでは無い。そう言いたい者も多いようですね」

「らしいですね。そういったところは、実績を積み上げていく事で解消していきますよ」


 俺も苦笑しながら返した。正と負の情が渦巻く中、俺はマスターの手を離したのだった。



 その後、俺と資料室にいたメリちゃんは、ギルドマスターの部屋へと招かれていた。以前、過度の優遇は出来ないと言っていたはずだが、新人冒険者が頻繁に招かれていい場所では無い気がするんだけど……。そんな言葉を飲み込みながら、マスターの用件とやらを伺う。


「俺たちに頼みたい事とは?」

「その質問に答える前に、魔獣(モンスター)の活性化の予兆は聞いていますか?」


 俺とメリちゃんは頷いた。ちょうど、昨日話したばかりの内容だからね。それに、メリちゃんが気に掛けている件でもあるし……。


「知っているのなら結構。頼みたい事とは、迷宮(ダンジョン)関係の依頼を優先して欲しいという事です」

「分かりましたなのです! 魔獣を狩り尽くすつもりでやるのです!」


 一も二もなく承知したメリちゃんに、マスターは苦笑しながら言葉を返す。


「その意気は買いますが、ほどほどにお願いします。この頼みは、貴方方(あなたがた)を育てる意味も込めていますので」

「メリやシルバさんを……育てる?」

「はい。戦闘能力以外の部分を、です。そのために、私からいくつかの依頼を薦めさせていただきたいのです」


 すっと差し出された依頼書。それらに目を通すと、決まっていくつかの受注条件が書かれていた。その条件は、今の俺たちではクリアできないものだった。

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