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争乱の神人  作者: 富井トミー
第6話 正と負の情
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027

 魔術師ギルドへの登録を済ませたシルバたちは、翌日から活動を開始した。シルバは冒険者ギルドで訓練を、メリサンドは魔術師ギルドで情報収集を。ただ……言葉通りの意味かは怪しい所だが。



 冒険者ギルド訓練場。そこでは、二人の男が対峙していた。雰囲気だけで考えれば、決闘のような空気を感じさせる。だが、いかつい教官風の男が放った言葉は、あまりにも場にそぐわないものだった。


「訓練生シルバ! もっと力を抜け! 身体強化(ブースト)を最小出力まで絞るんだ!」

「はい、ゴンツ教官! もっと弱く……もっと弱く……」

「よし! 最大限に弱められたようなら……打ってこい!」

「はい! では、いきます!」


 シルバは一瞬にして間合いへと踏み込んだ。そして――


「ぐぬぅ! なんたる踏み込み! なんたる剣の冴え!」


 以前と同じように横薙ぎに振られた木剣を、ゴンツは間一髪、木剣で受け止める事に成功した。だが――


「ごはぁっ!」


 シルバは受け止められた瞬間に剣を引き、流れるように肩口へと二の太刀を振るっていた。あまりにも見事な連撃に、ゴンツは地に伏せってしまっている。


「だ、大丈夫ですか、教官?」

「意識は飛んでいない! だが、もし真剣であったら確実に死んでいた!」

「なんて言うか、すいません。初撃を止められたので、つい……」


 痛みで起き上がれないのか、ゴンツは倒れたままだ。しかし、弱まる気配の無い声量で、シルバへと問いかける。


「訓練生シルバ! 我々冒険者は、賊に対してどう対応する?」

「はい! 賊は生け捕りが基本です! 裁きを下すのは俺たちではありません!」

「そうだ! なら、狙いどころが違うだろう!」


 シルバの初撃は胴、続く一撃は肩。どちらも致命傷に成り得る斬撃だ。捕縛を目的とするなら、避けるべき攻撃と言える。


「あっ、確かに……」


 その時初めて気付いたと言いたげな顔で、シルバは俯いてしまった。その顔がゴンツから見えているとは思えないが、声の調子から察したのであろう。ゴンツは普段と違う落ち着いた声量と声色で、シルバを諭すように声を掛ける。


「魔獣相手であれば、今のままの剣でいい。だが、賊は……賊であっても人。無益に命を奪ってはいかん」

「はい。加減というのは、なにも力の入れ具合だけではないのですね」

「そうだ。お前の剣は、まるで戦場の剣。命を刈り取るような剣術だ。だから、そこから改めねばいかんのだ」


 そう言ったゴンツは、まだ痛むであろう肩を押さえながらも立ち上がった。そして、普段の調子に戻った声で、シルバへと訓練再開を告げる。


「訓練生シルバ! 先ほどの言葉を考えながら、もう一度打ち込んでこい!」

「はい! 俺の剣は殺すためだけじゃない……いきます!」


 こうして、加減の意味を知ったシルバは、訓練に明け暮れるのだった。ゴンツの痛々しい犠牲と共に……。



 一方、メリサンドはというと、魔術師ギルドの資料室に入り浸っていた。シルバの訓練が終わるまでの間、出来るだけ知識を蓄えておこうという考えのようなのだが……。


「メリサンドちゃん、無詠唱のコツを教えて下さい!」

「俺も俺も! 詠唱をイメージで代替するって……どうやればいいの?」


 様々な蔵書を読み漁ろうとするメリサンドを妨害するかのように、ひっきりなしに魔術師たちが質問に訪れる。少し本に視線を向けては質問に答え、再び本へと目を向ける。そしてまた質問が飛んでくる……。そんな状況に、彼女は本から知識を得る事を諦めた。代わりに、質問に訪れる魔術師たちから情報を集める事にしたようだ。それぞれに回答してから、彼女は魔術師たちに問い掛ける。


「周辺国の事を教えて欲しいのです。この国との関係とかを中心になのです」


 魔術師たちは首を傾げていた。あまりにも魔術と関係しない内容に、問いの意味が分からないといった様子だ。


「メリサンドちゃんには色々教えてもらってるから、答えてあげたいのはやまやまなんだけど……」

「そうだなぁ、俺たちは魔術師であって為政者じゃないからねぇ……」


 大した情報は持っていない。魔術師たちは、そう言動で伝えてきている。しかし、メリサンドは「それでも」と頼み込んだ。森にまで流れてくる噂しか知らぬ彼女と、記憶喪失のシルバ。そんな二人よりは、遥かに多くの情報を持っているであろう事は明らかだ。それになにより、中立の立場からの意見が欲しいのだろう。シロから聞く事が出来る情報は、著しく正神側に偏ったものばかりだったから……。


「そこまで言うのなら……」


 そうして魔術師たちは、持てる知識の全てを口々に語り始めた。メリサンドは、一言一句聞き逃すまいと聞き入るのだった。


 ここトラディス王国の周辺国として名前が挙がるのは、二か国のみ。厳密に言えば他にもあるのだが、神の封鎖地が人の行き来を遮っているため、南の国々とは隣接していない扱いだ。そのため周辺国と言えば、正神側の大国と知られる神聖アンティス共和国と、負神側きっての好戦的な国風の黒森人(ダールヴ)怒王国のみ。神聖国とこの国の関係は良好で、人や物の往来も多い。一方で、怒王国とは互いに不干渉を貫いているようだ。敵でも味方でも無い関係という事だろう。


 ここまでの話を聞いて、今度はメリサンドが首を傾げた。彼女の知る国際情勢と大差無い内容に、疑問を持っているようだ。


「もしなのです、怒王国がこの国に攻めてくるとして……十万の兵数になる可能性はあるのです?」

「えっ? そもそも攻めてはこないと思うけど……怒王国の国力を考えるなら、一万にも届かないんじゃないかしら?」

「神聖国と激しくやりあってるからね。この国に差し向けられる戦力は、決して多くないはずだよ」

「そうなのです。十万なんて軍勢……非現実的なのです」


 そう言って頷くメリサンドに、一人の女魔術師が優しく微笑みながら言う。まるで、子供の遊びに付き合う母のように。


「うふふ、メリサンドちゃんは魔術だけじゃなくて、戦略とか政治にも興味があるのかしら。なにかのゲームでも考えているの?」

「えっ、違うのです! 凄く真剣なお話なのです!」


 メリサンドは、首をぶんぶんと横に振って否定する。だが、女魔術師はより優しさを深めながら笑って、こう言った。


「なら、尚更大丈夫! 二つの内海交易の中心地であるこの国に、どちらかの陣営が攻め込むなんてあり得ないわよ」

「どっちの陣営にも与しないから、どっちの陣営も手を出さないのです?」

「そういう事。中立であり続ければ、大争乱には巻き込まれない! だから、この国は安全なの」


 その言葉に、メリサンドは曖昧に頷いていた。気付いてしまった事を隠すように。


 その後、日も暮れてきた事に気付いたメリサンドは、魔術師ギルドを後にした。そして、宿へ戻る途上、いつの間にか傍にいたシロに向けて声を掛ける。


「シロ様。神聖国に行くべきなのです! このままでは、この国が戦場になってしまうのです……」

「メリサンド、やっと私の話を信じる気になったにゃ?」

「はいなのです。この国が中立国だろうと、シルバさんが居るだけで正神側と見做されるのです」

「そういう事にゃ。ただ、神聖国に逃げるのは良くないにゃ。なんと言っても、この国には……神の封鎖地があるのですにゃ」


 何人(なんぴと)も立ち入る事が出来ぬ地。ただし、例外はある。その地で目覚めたシルバと、その地に赴いて目覚めさせたシロ。彼らにとっては、最も安全な避難場所に成り得るのだ。


「でも……この国の人々が巻き込まれるのです。平和だと信じている多くの人が……」


 そんなメリサンドの悲し気な声に、シロは感情のこもらぬ声を返すのだった。

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