026 sideC
主様たちを連れて中庭へと向かう際、ジゼルや他の魔術師たちはなにを感じていたのでしょう。それはきっと、詠唱が不要だという事への期待や好奇心だったと思います。ですが、そもそも詠唱というものは、私たち神々が与えた原初の魔術には無いものでした。現在の無属性生活魔術に分類されるそれらは、現在においても詠唱が不要です。あくまで、詠唱というものは人々の知恵であり、世の理では無いはずなのです。
私たち神々ですら、容易に捻じ曲げる事が出来ぬ事実。それが理。例えば、私たちが神である事。人はいずれ死ぬ事。他者の心を知れぬ事。未来を正確に知れぬ事。翼を持たぬ生物は空を飛べず、水中での呼吸器官を持たぬ生物は水中で生存出来ぬ事……。その他にも多く存在しますが、神力を用いねば変えられぬ絶対の法則を指して理と呼びます。
では、詠唱はどうでしょうか? 主様やメリサンド、それに私は、神力を用いずとも詠唱を必要としていません。その時点で、絶対の法則である理では無いと断言できます。詠唱や魔術属性、上・中・下級という分類も、人々が勝手に作り上げたルールであり、世界が強制しているものでは無いのです。王侯貴族が偉いのも、国やギルドという枠組みも、その他諸々……人々が当たり前だと思っているだけで、常識であっても世の理ではない事も多くあるのです。
さて、ここまでを考慮した上で、主様たちの試験を見物しましょう。そこには何故、主様たちを魔術師ギルドへと登録させたかったのかが……如実に現れるはずですから。
中庭に到着した一行は、この場についての情報共有を行っていました。ここは中庭と呼ばれていますが、実態は魔術の試射場。花壇に草花が植えられている訳では無く、重厚な壁に覆われた先に標的が設置されています。ただ、冒険者ギルドの訓練場と違い、天井は無く空が見えるように造られていて、それは魔術使用を前提にしているからです。マナの循環を妨げず、マナ濃度の低下を防ぐ目的との事ですが、雨天時はびしょ濡れになり不便そうですね。
中庭についての説明の後、ジゼルたちは試験の準備に入りました。試射をしていた魔術師たちに試験を行う旨を通達し、試験のスペースを確保します。そして、主様とメリサンドをその場に立たせると、試験の概要を伝えていきました。
「貴女方の試験は、私が指示した魔術を簡易詠唱又は無詠唱で放ってもらいます」
「質問なのです。発動させるだけでいいのです?」
「ええ、的に当てる必要もありませんわ。私たちが知りたいのは、魔術発動のスピードですので」
「「発動のスピード?」」
主様たちは揃って首を傾げていました。二人は本物の無詠唱が当たり前だったので気付かないでしょうが、現在の魔術理論で言うところの簡易詠唱――魔術名のみでの発動――や無詠唱は……偽物ばかりなんです。
偽物のそれらは、頭の中で詠唱文を唱えます。声に出さない事から、発動までに魔術の種類を察知されないメリットが存在します。ですが、発動速度は通常の詠唱魔術と同じです。声に出さないだけで、実際には詠唱をしているのですから。しかし、本物は違います。詠唱を完全に破棄し、イメージするだけで発動させるのですから……発動までは一瞬です。下級魔術は三秒、中級魔術は五秒とされる発動までの時間をゼロに出来るのですから、本物と偽物の差は歴然と言えるでしょう。
ジゼルが確認したいのは、その差です。登録試験と言いながら、ギルド所属の魔術師が出来ない事を要求するのですから、職権濫用と言うほかありません。が、私としては好都合。きっと、思い通りの反応を示してくれるでしょうから……。
「とりあえず! 貴女方は、ランダムに指示された魔術をなるべく速く発動する! それだけですわ」
「「はい(なのです)」」
二人はジゼルの勢いに押され、それ以上なにも言う事なく試験への態勢を整えるのでした。そして、研究室からついてきた魔術師だけでなく、元々中庭にいた魔術師たちまで観客として集まってきます。そんなちょっとした人混みの中、ジゼルの声により試験は始まったのです。
「それでは、下級魔術『土の矢』!」
二人は即座に魔術を発動させました。土を押し固められた矢は、寸分の狂いも無く的に向けて飛んでいき――着弾。
観客たちからは、すでに驚きと賞賛の声が上がっていました。ですが、ジゼルは次の魔術を指示します。
「下級魔術『火の球』!」
またしても二人は、瞬間的に発動を完了させました。火球は的に直撃すると、小規模な爆発を引き起こして消えました。それを確認したジゼルは、矢継ぎ早に次の指示を飛ばします。
「中級魔術『風の波』!」
中級魔術ですら、二人は一瞬で発動させました。二人から放たれた突風は、目の前の的にとどまらず……他の的までも巻き込んで、的の支柱がポッキリと折れています。的が破損した以上、試験はこれで終了でしょう。
「あっ、的が……。壊してしまってすいませんなのです!」
「俺も出力を抑えずに放っちゃった……。もしかして……的の修理代って請求されたりします?」
メリサンドの謝罪にも、主様の心配事にも……その場にいる全ての魔術師が、首を横に振って応えました。それどころか、拍手喝さいが巻き起こっている始末。完全に私の思い通りの反応です。
私が魔術師ギルドに求めた事は、主様たちへ向けられる正の感情です。常識破りの技術を持つ二人への好奇心や期待、大型新人の誕生に対する喜び、そして……絶大な力への信頼。冒険者ギルドも含め、実力を示し功績を残す事で、正神へと捧げられる神力を多く稼げると考えていました。そして、目論見通りに事が運んでいるようで幸いです。あれだけつんけんした対応だったジゼルですら、手放しで賞賛の言葉を口にしているのですから。
「メリサンドさんにシルバさん、素晴らしい魔術でしたわ! 本当に無詠唱が可能だとは……」
「ジゼル様、メリの魔術に驚いてくれたのです? 森人の魔術は凄いって信じたのです?」
「ええ! 森人が受け継ぎ発展させた魔術、その一端を垣間見ただけでも……好奇心が止まりませんわ!」
「それなら良かったのです。それで、試験は合格なのです?」
メリサンドは答えを確信しながらも、あえて問い掛けました。周りで聞いている魔術師たちも、静かにジゼルの答えを待っているようです。そして、多くの視線が向けられる中、ジゼルは短く言い切ります。
「合格ですわ」
その瞬間、二人だけでなく魔術師たちも、喜びの声を上げました。すでにこの時点でも、主様やメリサンドに多くの神力が流れ込んでいるのが分かります。このまま二つのギルドで活躍を続ければ……主様の完全復活もそう遠くはないでしょう。私がそんな事を考えていると、ふいに私の身体が持ち上げられました。
「シロ! なんだか俺、力が漲ってくる感じがするよ!」
「ニャア!」
騒然とする中とはいえ、流石に人語を発する訳にはいかず、私は嬉しい気持ちを表すべく頬をこすりつけながら鳴いたのでした。
その後、ジゼルはギルドマスターの部屋へと主様たちを招き、登録関係の話を進めつつも……好奇心を隠そうともせず、様々な質問を二人にぶつけるのでした。そして、解放された頃には……すっかり夜の帳が下りていました。昼間とは打って変わって人通りが少ない大通りを歩く私たちは、自然と今後の事を口にします。
「これで、王都での生活の基盤は整ったって事でいいのかな? シロ先生」
「そうですにゃ。ですが、主様はまず……加減の仕方のトレーニングからですにゃ!」
「あっ、そうだったね。しばらくは訓練場通いかな……」
夜空を仰ぎ見ながら主様が漏らした言葉に、メリサンドと私は苦笑するのでした。




