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争乱の神人  作者: 富井トミー
第5話 好奇の心に従って
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025 sideA

「メリちゃん、ここに来たのはなんのため? 喧嘩をするためだったのかな?」

「ち、違うのです……。このギルドに登録するためなのです」


 争うように対峙する二人の間に、俺は割って入った。そうでもしないとメリちゃんかマスターが手を出す、あるいは魔術を放つのではないかというほど、張りつめた空気だったからだ。これでとりあえず、メリちゃんの鎮静化には成功した。だが、マスターは未だに怒りが収まっていない様子。ただ、気位の高い女性の扱いは、レイナ様相手に鍛えられている。こういう時は……あれが有効だろう。……レイナ様には、だが。


 俺は、マスターの前に(ひざまず)き……そして、こう言う。


「お嬢様、貴女に怒った顔は似合いませんよ。折角の美しいお顔が台無しです」


 つい癖でお嬢様と言ってしまった。レイナ様の機嫌が悪い時、いつもセバスさんに頼まれてやっていたからだろう。もっとも……鎧を着ている今の俺がやって、本当に効果があるのかは賭けに近いんだけど。従者時代の執事服でやってこその行為だろうね。


 しかし、俺は賭けに勝ったようだ。マスターの怒りの表情は影を潜め、まんざらでもないという表情に変わっていた。


「……そうね。只人(ヒューマン)の貴方はよく分かっているようですし、森人(アールヴ)の失礼な発言には目を瞑りましょう」


 そのマスターの言葉に再びメリちゃんがむっとしたのを感じたが、俺は従者時代の流麗な所作で立ち上がり軽く頭を下げながら、メリちゃんが再び口を開く前に問いかける。


「それで……俺たちは、魔術師ギルドに登録する事が出来るのでしょうか?」

「結論から言うと可能ですわ。ですが、紹介状が無い以上、厳しめの試験となる事はあらかじめ伝えておきますわね」

「それで結構です。ねっ、メリちゃん?」

「はいなのです! ジゼル様……メリの魔術に驚くがいいのです!」


 再び挑みかかろうとするメリちゃんを抑えながら、契約魔術を行使し、俺たちはマスターから渡された登録用紙に目を向ける。


 そこには、名前・罪科の有無・得意属性・到達度と書かれていた。冒険者ギルドよりも若干記載事項が増えたとはいえ、簡潔なのには変わりがないようである。ただ、俺としては、いまいち分からない項目ばかりなのだが……。


「あの、得意属性と到達度って……なんの事でしょう?」

「貴方、それでも魔術師なのですか? 得意属性は言葉通り、どの属性魔術が得意か。到達度は、どの難易度の魔術まで使用可能かを書いてください」

「ええと、どの属性も同じレベルで扱える場合は?」

「えっ? 専門の属性を持ってないという事? なら、全部って書いて下さいませ。……嘘を書く事が出来ない契約下で可能なら、ですが」


 マスターは呆れたような顔で言い放った。それを受けて、俺は記入を始める。そして、得意属性全部・到達度上級と書き込むと、用紙をマスターへと手渡した。メリちゃんのほうも、得意属性風・到達度上級と書き終えて用紙を手渡している。あと、名前は前回の教訓を活かし、メリサンドだけとなっている模様だ。


「それでは、貴女方(あなたがた)の申告は……メリサンド・風・上級? シルバ・全部・上級? はっ? 上級魔術まで使えるの?」

「メリは森人なのだから当然なのです!」

「俺も一応使えるはずです」

「嘘でしょ? 我流魔術師が……上級魔術を? でも、契約魔術が掛かってる訳だし……」


 ぶつぶつと呟き始めたマスターは、俺たちをそっちのけで自分の世界に入り込んでいるようだ。隣で受付のお姉さんも困っている様子。仕方がないので、俺が声を掛けてみる。


「あの……これから試験を行うのではないんですか?」

「えっ、そうだったわね。試験は中庭で行いますからついてきなさい」


 そう言うと、やっとマスターは歩き出した。受付のお姉さんに受付業務へと戻るよう指示しながら、俺たちを受付の奥の通路に連れていく。


 そこには、いくつかの部屋が連なっていた。いずれの部屋もドアが閉まっており、中の様子を窺い知る事は出来ない。だが、確かに人が居る気配はある。きっと、ギルド員が業務を行っているのだろうが、一体なにをやっているのだろうか?


 そんな俺の好奇心以上に、メリちゃんの好奇心は度が過ぎていた。マスターが先行している事をいいことに、ドアへと耳を押し付け……内部の音に耳を傾けている様子。完全に不審者である。そんなメリちゃんを注意すべきか考えていると、ふいにマスターが振り返ってしまった。そして、呆れ顔でこう言うのだった。


「森人というのは、口だけじゃなくて頭と耳も悪いのかしら? こそこそと何をやっているのかと思えば、盗み聞きですの?」


 マスターの言い方はよろしくは無いだろうが、言っている内容は間違っていない。これに関しては、完全にメリちゃんのほうが悪いだろう。ただ、メリちゃんにとっては善悪など関係なく、森人全体を(けな)すような発言にご立腹だ。喧嘩の再開待ったなしの雰囲気に、俺は再び二人の間に割って入り、マスターに向かって謝罪を口にする。


「すいません! 実は俺たち……魔術師ギルドがどのような場所か知らずに来たんです。だから、何をやってるのか気になって……」

「はあ? 知りもしない組織に登録しに来たって事? 無知で無恥、それに無謀で無茶な人たちね……」

「ちょっと、ジゼル様! メリはともかく、シルバさんまで馬鹿にしないでなのです!」

「メ、メリちゃん! ストップ! 正直、マスターが言ってる事が全面的に正しいからさ」


 俺がメリちゃんを宥めていると、マスターがため息を吐いた後、メリちゃんが中の様子を窺っていた部屋のドアを開け放った。ノックも無くドアを開いたものだから、中にいた人たちが驚いた様子で「マスター?」と声を上げている。しかし、マスターは気にする様子も無く、俺たちに向けて声を掛けてくる。


「ここは共同研究室。魔術やマナについてを研究しています。このギルドにおける中心的な仕事は、このように謎を解明していく事ですわ」

「魔術というのは、長い年月をかけて積み重ねられてきた知識の蓄積ですよね? まだ謎が残されているのですか?」

「ええ。例えばですが、ここの研究室で行われている研究は、”詠唱”についてです」


 詠唱というのは、魔術発動の準備だ。決められた言葉を紡ぐ事で発動のイメージを頭に浮かべ、魔術の発動を()()するもの。ただ、俺やメリちゃんにとっては、精密なコントロールや高い威力が必要な場合を除いて省略してしまうものでもある。だって……魔術の発動に()()ではないのだから。


「補助技能を研究しているんですか。それって、魔術を広く普及させるためですか?」

「……補助技能? 詠唱は必須技能では?」

「えっ? ある程度魔術に馴染みがある人であれば、詠唱は必要ないですよ。ねぇ、メリちゃん?」

「そうなのです! 詠唱は初心者用に生み出されたものなのです。メリやシルバさんには不要なのです!」


 俺たちの言葉を聞いて、マスターやギルド員たちは首を傾げていた。まるで、常識を否定されたかのような不思議な表情を浮かべながら。ただ、マスターはいち早く正気を取り戻し、俺へと向けて問いかけてくる。


「それは……頭の中で詠唱文を浮かべる事もしないのですか?」

「しませんね。ただ術の構成を考えて、発動するイメージを思い浮かべるだけです」

「貴方やそこの森人には……それが出来ると?」


 俺とメリちゃんは頷いた。すると、マスターはギルド員たちについてくるよう伝えると、中庭に向けて再び歩き出した。俺はなにかまずい事でも言ったのかと思いながら、マスターの後をついていき、試験場の中庭に到着したのだった。

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