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争乱の神人  作者: 富井トミー
第5話 好奇の心に従って
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023

「それで、あんたらは明日から早速依頼(クエスト)をこなしていくのかい? 装備も新調したみたいだしさ」

「いえ、明日は魔術師ギルドへ登録しに行こうかと」

「あ、あんた……魔術まで使えるのかい? ゴンツを一蹴する剣の腕だけじゃなく?」

「そうなのです! シルバさんは凄いのです! 森人(アールヴ)のメリと同じくらい魔術が上手なのです!」


 メリサンドの言葉に驚きながら、女将は出来上がった料理を二人へと差し出した。そして、笑いながらこう言う。


「きっと、あんたらみたいな奴が、S級まで駆け上がるんだろうね! さあ、冷めないうちに食べちゃってくれ」

「「いただきます!」」


 ガツガツという音が似合う様子で、二人は料理を口に運んでいた。その様子を眺めながら、女将は面白そうな表情を浮かべながら助言する。


「食べながら聞いとくれ。魔術師ギルドってのはね、冒険者ギルドとは随分違うから……きっと、驚くよ」

「ひゃにがへふか?(なにがですか)」

「なにからなにまでさ。あいつらのような荒くれ者はいないらしいし、貴族様も顔を出す事があるんだとか」


 女将はあごをしゃくって、先ほどの冒険者たちのテーブルへと視線を誘導した。そこは確かに、上品さの欠片も無い空間。飲み干された酒瓶が散乱し、食い散らかしたと表現するのが正しい料理の残骸たちがテーブルに残されている。とても綺麗に食べ終わったシルバたちと比べても、随分とお行儀に差があるように思える。


「確かに荒ぶってますね。でも、なんで魔術師ギルドに貴族様が?」

「お抱えの魔術師を探すためだそうだ。優秀な魔術師を多く手元に置く事が、この国の貴族様にとっちゃステータスらしいからね」


 ここトラディス王国は、魔術師の数が少ない。それはひとえに、争乱から距離を置いているからだろう。およそ三百年前に始まったとされる大争乱の時代の中で、この国ほど平和な場所は、世界中を探してもそう多くはないはずだ。ゆえに、魔術師の需要は低い。多くの人類は、魔術を戦争のための力だと認識しているのだから……。


「魔術師は美術品のような扱いなんですね。メリちゃんたちの集落だと、魔術が生活の一部だったのにな……」

「ん? あんたら、もしかして……王国中部のあの森から来たのかい?」

「メリの集落は中部にあったのです。でも、それがなにか関係あるのです?」


 女将は、王国北部まで流れてきていた噂話を語り始めた――


 中部の貴族たちは、北部や南部に比べて領地の発展が遅れていることに焦っていた。早々に森を切り拓いた中部以外の土地は、新たな街や農村が多く生まれて繁栄している。そんな遅れを取り戻そうと、中部貴族たちは野盗の(たぐい)とも手を結んだ。開拓の邪魔をする森人を捕らえ、奴隷として売り払う事を黙認するという……あまりにも過激で下劣な密約だ。その結果、中部の森人たちは年々数を減らしていき、残された集落は一つのみとなっていた。


 しかし、最後に残された森人たちは抗い続けた。開拓のためだけに集められた労役の人々へは追い返すだけの対応を取り、奴隷狩りの賊には容赦なく牙を剥く。そんな高潔な森人たちを民衆は応援し、男手を開拓のためにと奪っていき、賊徒とまで手を結ぶ卑劣な貴族には民衆の怒りが向かった。そのような状況の中、民衆の間ではとある英雄の噂が流れていた。森人の森には大賢者が住んでいる、と。


 その女将の話を聞き終えて、シルバはメリサンドにニコニコしながら話し掛けた。


「森の大賢者様って、きっとメリちゃんの事だよね。メリちゃん有名人じゃん!」

「確かに、この数年はメリが指揮を執ってたのです。でも、メリは賢者なんて柄じゃないのです!」

「やっぱり、あんたが森の大賢者様だったのかい。ただ、あんたがここにいるって事は……」


 悲し気な表情の女将に対して、メリサンドは最悪の結果を否定するために笑顔を浮かべる。


「森人のみんなは無事なのです! 森は捨てちゃったけど、みんなは神聖国まで逃げ延びたのです」

「そうかい! 噂を聞くたびに心配してたけど……森人たちは無事だったのかい! 住処を奪われたのは可哀そうだけど、生きていりゃあきっと……」

「そうなのです! 生きてさえいれば、未来は訪れるのです。だから、手助けしてくれたシルバさんには……感謝しかないのです」


 メリサンドが頭を下げると、シルバはその頭を撫でながら「気にしないで」と言って、頭を上げさせた。そして、メリサンドの意志を確認するために問い掛ける。


「女将さんの話を聞く限り、貴族様がメリちゃんたちを苦しめた元凶。なら、貴族様との繋がりが深い魔術師ギルドは……避けたい?」

「別に気にしてないのです。中部の貴族たちは許したく無いけど、貴族っていう存在自体を恨んだりはしてないのです」

「あんたって子は、なんていい子なんだい! ロニャにも見習わせたいくらいだよ」

「メリはいい子ではないのです。貴族どうこうよりも、森人以外の魔術が気になるってのが本音なのです!」


 メリサンドの表情は、好奇心旺盛な子供のそれであった。眩しいばかりの笑顔は、本当に貴族などどうでもいいと思っている証拠だ。そして、森人のように生活に根付いた魔術とは違う魔術とはどのようなものなのか。それが気になってしょうがないといった様子でもあった。


「メリちゃん? あまり期待し過ぎない方がいいんじゃない?」

「そうだよ。魔術師ギルドはなんというか……偉ぶった学者様の集まりみたいなもんさね。面白い事なんて無いんじゃないかねぇ」


 シルバと女将の忠告に、メリサンドはきょとんとした顔をした。そして、こう言う。


「メリにとっては、人里での経験自体が面白いのです! 魔術師ギルドがどんな所か……それ自体にも興味津々なのです」

「期待じゃなくて好奇心って事か」

「あんたも変わりもんだねぇ。あたしとしては、あんな堅苦しい場所……頼まれても行きたかないけどね」


 呆れる女将に食事代を支払ったシルバたちは、宿の部屋へと戻っていった。昨日と違うのは、そのまま二部屋に分かれた事だろう。浮ついた様子のメリサンドが部屋へと入っていくのを見送ったシルバとシロは、もう一方の部屋へと入る。


「主様、明日はメリサンドに気を遣ってあげて下さいにゃ」

「そうだね。浮かれてるのが行動すべてに現れちゃってるからね……」

「それだけじゃないですにゃ。あの子は魔術の申し子にゃ。知識も才能も桁外れですから、魔術師たちの好奇の視線から護ってあげて欲しいにゃ」

「シロがそこまで言うって事は……メリちゃんって凄いんだね!」


 シルバのその反応を見て、シロはより一層不安になった。外見もそうであったが、シルバとメリサンドは色々と無自覚が過ぎると再認識したのだろう。戦闘能力だけで言えば、二人はS級の冒険者や魔術師を凌駕している。それを凄いの一言で片付けてしまうのだから……シロは頭を抱えるしかないのだった。



 翌日、女将とロニャに見送られて、二人と一匹は魔術師ギルドへと向かった。大通りへと出て冒険者ギルドの前を通り過ぎると、すぐさまいくつかのギルドが見えてくる。商人ギルドや職人ギルドといった三大ギルドから、水運を管理する船員ギルドや魔術以外の手法で傷病を治癒する医薬師ギルドなども軒を連ねている。そんな中に、魔術師ギルドはあった。それぞれのギルドハウスを言葉で表すなら、冒険者ギルドが威風堂々、商人ギルドが豪華絢爛、職人ギルドが質実剛健、そして魔術師ギルドは泰然自若だろうか。


 落ち着いた重厚感を放つ魔術師ギルド。その扉の前に立ったメリサンドは、好奇の心と共に扉を開け放つのだった。

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