022
シルバたちは冒険者ギルドを後にしていた。そして現在、彼らは武器や防具を扱う商店にいる。
「シルバさん、この鎧格好いいのです! 動きやすい鉄の軽装鎧なので、シルバさんにピッタリなのです」
「おっ、いいね! じゃあさ、メリちゃんはこんなローブはどう? 魔術師って感じで良くない?」
二人してはしゃぎながら、装備を見繕っていた。それというのも、ギルドマスターのハイランドからの勧めがあったからなのだが――
秘密保持の契約やシルバたちのギルド加入の契約を終え、ハイランドは彼らの装備を見て困ったような表情を浮かべていた。
「貴方方が逃げるように王都へと来た事は知っていますが……もう少し、実力や役割に沿った装備をしてはいかがですか?」
ハイランドの指摘通り、二人の装備は貧弱だ。例えるなら、村人がちょっと隣町まで出掛けるような簡易な物である。防御性能を期待出来そうにない布製の衣服に、申し訳程度の鉄剣。メリサンドに至っては、剣やナイフすら持っていない。
「やっぱり、必要ですかねぇ?」
「必要です! もしですよ、護衛の依頼でやってきた冒険者が、街の人々と大差ない装備だったら……不安でしょう?」
「そう言われれば……確かに?」
「半信半疑みたいな顔をしないで下さい! とりあえず、シルバ君は鎧。出来れば剣の買い替えも。メリサンド君は杖を持ちなさい」
そう言って、ハイランドはギルド員に好評のこの商店を薦めたのだ。というより、命令と言うべきかもしれないが……。
そんな訳で、二人は装備選びをしているのだが……徐々に目的から遠ざかってきていた。
「フルプレートメイルを着ていれば、メリたちも好奇の視線に晒されないかもなのです!」
「だったら、俺は大剣でも使ってみようかな?」
悪ふざけを始めた二人に、店主と思しき老人が近寄ってきて声を掛ける。
「お前さんたち、商品で遊ぶのは止めてくれ。それで、今日はどんな用で来たんじゃ?」
二人は我に返って頭を下げた。そして、出来立てほやほやの冒険者タグを見せて、事情を説明する。すると老人は、二人を商店の倉庫へと案内し、いくつかの装備を見繕って見せてきた。
「駆け出しF級の剣士と魔術師なら、これくらいの装備で充分じゃろうて」
並べられた装備は、実用性を重視した品ばかりだった。装飾は施されていないが、切れ味の良さそうな実直な剣。魔術発動の補助に重きを置いた、木製の無骨な短杖。部位ごとに厚みの違う革を使い、動き易さと防御性能を両立させた野暮ったい鎧。その他にも、小物収納の内ポケットがついているマントや、手足を守る手甲やブーツの類まで……。いずれもデザインは二の次だが、本来の機能を最大限発揮できるような作りである。
「あれ? メリも鎧を着るのです?」
「魔術師がローブを着なきゃいかんなんて、誰が決めた? そんな決まりは無いんじゃよ。なら、ひよっこは身を守る装備を選ぶべきじゃろ」
「確かに、ローブでは動きにくく防御性能も皆無ですからね。でも、これだけ揃えると……お値段が」
「三万でいい。儂も、駆け出しのひよっこからむしり取ろうなんて考えとらんわい!」
二人は、その申し出に顔を見合わせていた。それもそのはず。明らかに安すぎるからだ。店頭に並べられていた商品に比べ、見栄えという意味では遥かに劣るとはいえ、機能性は申し分無い出来の品々だ。表に出されている商品の相場に当てはめるなら、どれだけ安く見積もっても五万、普通に考えれば十万ディトと言ったところだろう。
そのように考え二人が返答に困っていると、老人はニヤリと笑って言葉を続けた。
「儂もただの善意で言ってる訳じゃ無い。お前さんらが一端の冒険者に育ってくれれば、またこの店に買いに来てくれるじゃろ?」
「えっ、あ、はい! だったら、しっかり稼いで……またこの店で装備を新調します!」
「はいなのです! 冒険者の級が上がったら、また来るのです!」
「その調子じゃ。だが、無理だけはするんじゃないぞ? いい装備を揃えても、油断したら簡単にくたばっちまうのが冒険者じゃからな……」
二人はしっかりと頷いた。そして、代金を支払うと、早速着替えをしてから店を出た。新たな装いに満足しながら、二人は今一度商店へと振り返ってから呟く。
「マスターがおススメって言ってた意味が分かった気がするよ」
「そうなのです。あのおじいちゃん、冒険者さん達みんなのおじいちゃんなのかもです」
二人は再び歩き始めた。日が沈み始めた王都の大通りの人波をかき分けながら、料理上手な女将が待つ酒場宿「酒飲み猫」へと。
シルバたちが酒場宿の入り口前に到着すると、すでに中からは騒がしい声が聞こえてきていた。二人は席がなくなる前にと急いで扉を開けると、入店を知らせるベルの音で酔客たちの視線が集まった。そして――
「なっ! てめぇら……教官を瞬殺した化け物とその相方の魔術師森人じゃねぇか!」
試験を見物していた冒険者もこの店の客だったようで、二人を指差しながら立ち上がった。他の客たちも、シルバたちと急に立ち上がった冒険者を交互に見ながら、ざわざわとし始める。
「教官って、あのゴンツさんだろ? B級冒険者の中でも、指折りの実力者だよな?」
「ああ。ギルマスと並んで、只人冒険者の希望って言われるぐらいの人だな。そんな人を……瞬殺?」
どうしたものかと立ち止まった二人へ、驚きや恐れと少しの好奇心を乗せた視線が集まりだした。そんな中、猫獣人の店員が周りの声を気にする事なく二人へと近付いていき、声を掛けた。
「お客様は……そんなに強かったのですね。あ、あの……私、『ロニャ』っていいます。お客様のお名前を伺っても?」
ロニャと名乗った店員は、きらきらした瞳でシルバだけを見つめていた。看板娘であるロニャのそんな対応に、男性客からの殺気のこもった視線がシルバに突き刺さる。しかし、シルバが名乗るより先に、店の奥から怒号が飛んできた。
「ロニャ! あんた、お客さんに色目を使ってないで働きなさいな!」
「あっ、お母さん! 名前を聞くぐらい、普通の事じゃない!」
「だったら、ちゃんと二人ともに聞くのが筋だろうに……。まあ、いいさ。二人をカウンターへ案内しな!」
渋々二人をカウンター席へと導いたロニャは、性懲りも無くシルバへと再び名を聞いた。シルバが名を名乗り、続いてメリサンドも若干不満げに名を名乗る。そんな二人の自己紹介を聞いていた女将は、調理の手を止める事なく二人へと声を掛ける。
「シルバにメリサンドかい。あたしもそういえば名乗ってなかったね。『ジェニー』っていうんだけど、女将って呼んでくれりゃあいいさね」
「お母さん! シルバさんと私が話してるんだから、邪魔しないで!」
「あんた……強い男が好きだからって、お客さんに手を出すなって言ってるでしょうが! あんたはこの皿を運んできな!」
親子喧嘩を目の前で見せられ、二人は呆気に取られていた。だが、ロニャがいい匂いの料理を運んでいった事で、二人は空腹だった事を思い出す。そして、女将に料理を注文すると、料理よりも先に謝罪の言葉が出てきた。
「あの子が暴走したようで、すまないね」
「いえ。可愛らしいお嬢さんに言い寄られて、嬉しくない男はいませんよ」
「こりゃあ、あんたは悪い男だったようだね。それで、ゴンツを瞬殺……のしちまったってのは本当かい?」
「本当ですね……。力の加減をミスっちゃいまして」
女将はその言葉を聞いて、つい笑ってしまっていた。B級という一流の冒険者相手に加減って、と。




