020 sideB
メリは、屈強な男の人が木の葉のように舞う光景を初めて見ました。周囲で見物していた人たちも同じだったらしく、言葉を失って立ち尽くしています。ただ、誰かが動き出さなければいけないと思います。だって、ゴンツ教官……虫の息ですから。
「キサラさん、ゴンツ教官は大丈夫なのです?」
「あっ! ゴンツさんの手当てをしなくちゃ!」
その声で我に返ったようで、冒険者さん達もキサラさんと一緒に、ゴンツ教官のもとへ駆け寄っていきました。そして、シルバさんの攻撃の凄まじさに、驚きの声を上げるのでした。
「はぁ? 教官の鎧が……木剣の形にへこんでやがる!」
「この鎧、鉄製だぞ? 木で鉄を変形させたって事か?」
「あんたら! そんな事より救急セット! 状況確認より治療が先だよ!」
冒険者さん達は、手慣れた手つきでゴンツ教官の手当てを始めました。とりあえずは、これで大丈夫でしょう。そんな風にメリが安堵していると、キサラさんがメリとシルバさんを手招きで呼び寄せます。
「お二人には申し訳ないのですが……試験は延期という事に――」
キサラさんが話している最中でした。訓練場の入り口から、威圧感のある鋭い声が聞こえたのは。
「これは何事ですか?」
その場にいた全員が、声の主へと振り向きました。メリとシルバさんは誰だろうと首を傾げたのですが、他の人たちは声を揃えて叫びました。
「「「マスター!」」」
その声を聞いて、メリにもこの人が誰なのかが分かりました。トラディス王国の冒険者ギルドのトップ、「ハイランド」様その人でしょう。
そのハイランド様が、メリたちのもとへと歩み寄ってきました。いえ、正しくはキサラさんのもとにです。現在起こっている事を彼女から聞き出すと、ハイランド様はメリたちへと視線を向けます。
「君たちが例の受験者ですね?」
「「はい」」
「それでは、ここからの試験官は私が担当します。キサラ、登録用紙を見せてください」
キサラさんから受け取った紙に目を通し、ハイランド様はこう言った。
「状況から見て、魔術剣士のシルバ君は試験合格です。これから後衛試験を始めるから、メリサンド君はついてきなさい」
「あっ、ちょっと待ってください! 俺も後衛試験を受けたいんですけど」
シルバさんが追いすがると、ハイランド様は冷ややかな目でシルバさんを見つめます。
「君の試験はもう充分。これ以上面倒事を起こされても困りますから、黙って見ていなさい」
反論は許さないという気迫が乗った言葉に、シルバさんは渋々頷きました。そして、メリは訓練場の隅の一角へと連れられて行くのでした。
そこには、鎧を着せられた木人形が五つ並べられていました。人形の足元は固定されているようで、ちょっとやそっとの衝撃では倒れないでしょう。そんな人形たちから距離を取った場所で、ハイランド様が立ち止まります。
「メリサンド君には、人形に着せた鎧のみを撃ち抜いてもらいます。評価項目は、五体の鎧全てを速く正確に撃ち抜けたかどうかです」
「速さ……時間の目安を教えて欲しいのです」
「そうですね。一体あたり三秒。全部で十五秒ほどであれば、文句なしの合格です」
メリは頷きました。秒数から察するに、一体一体を詠唱魔術で狙うのを想定しているのでしょう。でも、人形に傷を付けることなく鎧のみを撃ち抜くとなると、威力と精密な制御が必要です。それぞれで魔術の発動をしていては、目安時間を越えてしまう危険があります。なら、多重発動しかないでしょう。登録の試験で上級技術を要求してくるとは、冒険者ギルドは魔術師に厳しいという事なのでしょうか?
メリが試験の攻略法を考えている内に、ハイランド様は人形や鎧に不備が無い事を確認してから距離を取りました。そして、シルバさんやゴンツ教官の治療を終えた冒険者さん達が、見物にやってきています。ただ、シルバさんの試験を見ていたためか、野次のようなものは飛んできません。全員が静かにメリを見つめているのでした。そして――
「では、試験開始」
ハイランド様の合図に合わせ、メリは集中して詠唱を開始します。
「――火よ放て」
すぐには発動させません。マナをしっかり取り込み、鎧のみを貫く量へと調整していきます。少しでも多ければ人形の体に到達し、少しでも少なければ鎧を抜ききれません。なので、慎重に調整を繰り返しました。そして、完璧な制御の下、発動のための詠唱を完了させます。
「『火の矢』!」
メリが手を突き出すと、五本の鋭く紅い矢がそれぞれの鎧へと向かって飛翔し、刺さりました。鉄製の鎧にくっきりと穴を開けて……。
「「「えっ?」」」
シルバさんの時と同様に、冒険者さん達が驚いていました。それに、試験官であるハイランド様も。なにか失敗でもしたのかと不安になり、メリは咄嗟に釈明します。
「ちゃんと鎧だけを貫いているはずなのです! 木人形には傷一つ無いはずなのです!」
その言葉を聞いたハイランド様は、人形と鎧を確認に向かいました。鎧に開いた穴、人形の胴体を順に確認し、メリに向かって声を掛けてきます。
「メリサンド君、君は勘違いをしています……。撃ち抜くというのは、貫くという意味ではなく当てるという意味です」
「そうだったのです? じゃあ、どっちにしても合格って事でいいのです?」
メリの問いかけに、ハイランド様は頭を抱えながら答えます。
「合格に決まっているでしょう……。下級魔術『火の矢』で鉄の鎧を貫く威力、多重発動を行う技術、人形に傷を付けないコントロール……。神業というほかありません」
「やったぁなのです! シルバさん、メリも合格したのです!」
「よかったね、メリちゃん!」
未だに呆けている冒険者さん達をよそに、メリとシルバさんは喜びを分かち合いました。そして、一段落した頃、ハイランド様が神妙な面持ちで話し掛けてきます。
「二人共、この後時間はあるでしょうか? 少しお話をさせてもらいたいのです」
メリとシルバさんは顔を見合わせました。今日やるべき事は冒険者ギルドへの登録だけ。なら、何も問題ないはずと小さく頷き合い、代表してシルバさんが返答します。
「大丈夫ですよ。なにか聞きたい事でも?」
「ありがとうございます。聞きたい事はいくつかありますが、まずは場所を移しましょう」
そう言ったハイランド様は、メリたちを連れて訓練場を出ました。エントランスを通り、階段を上り、職員が働いているエリアを通過した先……とても貫禄のある扉の前で、足を止めたハイランド様が言いました。
「ここはギルドマスターの部屋。機密保持のための仕掛けが施されていますので、外に情報が洩れる事はありません。さあ、入って下さい」
メリとシルバさん、いつの間にか合流していたシロ様までも入室しました。そして、ソファへと座るよう促されて腰を下ろし、ふわっふわなソファにメリが喜んでいると、シルバさんがシロ様を抱き上げながら口を開きます。
「こいつは、俺たちの飼い猫のシロ。賢い猫なので、このまま同席させてもいいですか?」
その申し出に頷いたハイランド様は、改めて自己紹介をし、続いて本題へと切り込んできました。
「シルバ君、メリサンド君、そしてシロ君も……貴方方は何者ですか?」
その言葉に、メリは驚いてしまいました。シロ様も含んでいるという事は、間違いなく……ハイランド様も神力視を体得しているという事でしょう。なら、この先はシルバさんやシロ様にお任せします。だって、この質問への返答はとても重要で、同行者でしかないメリは口を挟むべきではないと思うので。
メリは、シルバさんへと目配せしました。任せた、という意思が伝わると期待して。




