019 sideA
「それでは、私に続いて復唱をお願いします。――この紙に嘘偽りを書かぬことを誓う、『契約』」
俺とメリちゃんは頷き合い、声を合わせて宣誓する。
「「――この紙に嘘偽りを書かぬことを誓う、『契約』」」
特に何かが変わったという感覚は無い。目に見える形での魔術発動の影響も無かった。不発か……?
しかし、受付のお姉さんは特に何も気にする事無く、登録の手続きを進めていく。
「契約も結ぶことが出来ましたので、用紙の記入をお願いします」
促される形で用紙へと目を向ける。そこには、名前・罪科の有無・戦闘スタイルの欄しか存在しなかった。あまりにも簡素だったため、つい質問してしまう。
「記入するのはこれだけでいいんですか?」
「はい。出身地や年齢も、いずれの神を信奉しているのかも必要ありません。罪人でさえなければ、依頼を完了できる実力以外は考慮しません。それが冒険者というものです」
「だから、口の悪い冒険者が多いんですね」
「……返す言葉もございません」
受付のお姉さんが困ったように微笑んだ。そして、隣でメリちゃんも、困り果てた様子でうめき声をあげている。
「うぅ……。名前の欄に名前が入りきらないのです……」
その言葉を聞いて、メリちゃんの名前欄を確認する。メリサンド・ユミア・レスタン・ドゥノワール・カリストア……(以下省略)。儀式魔法の詠唱かと思うほど、膨大な文字数が書き込まれていた。そして、俺と同様に確認していた受付のお姉さんが、慌てた様子で謝罪する。
「申し訳ありません! 本人が名前として名乗っている部分だけで結構です。森人の登録者は珍しいので、すっかり忘れておりました……」
「了解なのです。じゃあ、メリサンドの部分に丸をしておくのです」
「メリちゃんって……そんなに名前が長かったんだね」
「そうなのです。森人はご先祖様の名前を引き継いでいくのです。なので、とっても長くなっちゃうのです」
俺はメリちゃんの言葉を聞いて、とても素敵だと思った。森や先祖を大切にする森人にとって、名前にまで敬意が込められているのだと。そして、俺も登録用紙に名前を書き込んでいく。本来の名前を失った俺が、初めての友から贈られた名前を……。
その後、俺とメリちゃんは記入を終えた登録用紙を、受付のお姉さんに渡した。受け取った彼女は、記入漏れが無い事を確認してからこう言った。
「シルバさんにメリサンドさんですね。遅くなりましたが、私は『キサラ』と申します。以後、よろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします、キサラさん。それで……これで登録が完了したって訳では無いですよね?」
「はい。現状、お二人は仮登録。実力試験を通過して、晴れて本登録となります」
そう言って、キサラさんは俺たちの登録用紙へと視線を向ける。若干驚いたような表情を浮かべると、確認のために問い掛けてくる。
「お二人は魔術を使えるとの事ですが、魔術師ギルドへの登録は行っておりますか?」
「「登録してません(のです)」」
「そうですか。それでは試験が必要ですね」
この口ぶりだと、魔術師ギルドに先に加入していれば試験が免除されるようだ。エントランスに屯している冒険者を見る限り、魔術師は少ないように思えるため、魔術師は優先的に登録が出来るようになっているのだろう。森人以外の種族は、魔術師が貴重らしいからね。
「それで、試験の内容は?」
「前衛職は訓練場教官との手合わせ、後衛職は的当てですね。お二人は、魔術による的当てでよろしいでしょうか?」
「メリはそれでいいのです」
「俺は……両方で!」
キサラさんが、「えっ?」と言いながら俺を見た。俺は戦闘スタイルの欄に魔術剣士と書いたのだから、前衛でもあり後衛でもあるはずだ。どっちの試験も受ける資格があると思う。なにより、そっちの方が面白そうだしね。
「あの……シルバさん? どちらか片方でいいのですが……」
「いえ、駄目じゃなければ両方で!」
「駄目ではないはずなので承りますが、両方の試験を受けるからといって合格基準が甘くなる事はありませんよ?」
俺は頷いた。それを見たキサラさんは他の受付職員に後を任せると伝え、俺たちを訓練場へと案内する。その後ろには、ニヤニヤと笑いながらついてくる冒険者たち。
「キサラさん? 試験って見物できるんですか?」
「はい。密室で行われると、試験官が買収される恐れがありますので。まあ、ここのギルドではあり得ない話ですけどね」
「教官の人柄的にって事ですか?」
「そうですよ。あの人、熱血と言いますか……脳筋と言いますか……。とにかく……不正が許せないタイプの人ですので」
どんな人なんだろうと考えている内に、訓練場へと到着していた。そして、建物の中とは思えない程広い訓練場の中央では、只人の中年男性が木剣を振り回している。キサラさんがその中年男性に駆け寄っていき、俺たちの登録用紙を手渡しながら会話をすると――
「受験者シルバ! 受験者メリサンド! 駆け足で集合!」
広い訓練場全体に余す事無く聞こえるであろう大声が、中年男性から発せられた。それを予期していたのだろうか、俺たち以外は全員が耳を手で覆い隠している。そんな、突然の事で放心するメリちゃんの手を引いて、俺は中年男性のもとへ駆け寄る。そして、次なる音による爆撃を至近距離で受ける事になった。
「俺は指導員『ゴンツ』! お前たちの試験を担当する! 返事!」
「「はい」」
「元気が足りん! もう一度!」
「「はい!」」
満足げに頷くゴンツ教官に対して、俺たちは耳にダメージを負いながら次の攻撃に備えていた。冒険者ギルドを甘く見ていたと考えながら……。
「それでは受験者シルバ! この中から好きな武器を選べ! 受験者メリサンドは離れて待機!」
「「はい!」」
ゴンツ教官の声の射程から少しでも早く離れようと、メリちゃんが急いで距離を取る。キサラさんや見物の冒険者たちもまた、訓練場の外縁部に避難していた。シロに至っては、訓練場から姿を消している。そんな孤立無援の状況で、俺は一本の木剣を選んだ。長くもなく短くもない、普段携えている剣に最も近い物だ。
「受験者シルバ! 準備が整ったな! では、試験内容を説明する!」
「はい!」
耳の痛みに耐えながら、俺はゴンツ教官の説明を聞いた。
ルールは単純だった。俺が打ち込み、ゴンツ教官が受ける。俺が有効打を一撃でも加えられれば、その時点で合格。五分間で一撃も入れられなくても、ゴンツ教官のお眼鏡にかなえば合格。要するに、一発ぶち込めばいいだけだ。
説明を終えたゴンツ教官と俺は、少し距離を取って対峙する。そして、剣を構えた俺に、口汚い野次が飛んでくる。
「そんなひょろい身体で、B級冒険者でもある教官に打ち込んで大丈夫かぁ?」
「腕が折れましたなんてオチは笑えねぇぞ!」
そんな声をかき消すが如く、ゴンツ教官が吠えた。
「試験開始!」
そして――
「ごはぁっ!」
ゴンツ教官は宙を舞っていた。そして、地面へと叩きつけられた――
「「「えっ?」」」
見物人たちは、意味が分からないという表情で声を発していた。そして、俺も首を傾げる。
「あれ? 声を凶器に出来るほどなんだから、もっと強いかと思ってたんだけど……?」
開始の合図と共に、俺は踏み込んだ。そして、横薙ぎに一振り。きっと防いでくれるだろうと、グレイと戦った時よりも力を込めて振り抜いた。その結果がこれだ。
「ゴンツ教官は気絶してるから……キサラさん、試験は合格って事でいいですか?」
俺の問いかけに、キサラさんは頭をぶんぶんと縦に振ったのだった。




