018 sideA
それにしても、だ。大通りに出てすぐ、俺とメリちゃんに向けて多くの視線が降り注ぐ。宿を出る前にシロから聞いた話を思い出し、俺はついついため息を吐くのだった。
「主様とメリサンドは飛びぬけて美しいのですにゃ。その容姿が目立つという事、しっかり自覚して行動して下さいにゃ」
冗談だと思って聞き流していたが、どうやら本当の事のようだ。……今までは、赤の他人と接する機会が少なかったから気付かなかったな。
ラ=ズンダ村では、村全体が一つの家族のようだった。みんなが親子や兄弟姉妹。だから、ちやほやされるのも末弟を可愛がる程度の親愛と、たった一人の只人である俺に気を遣ってくれているのだと思っていた。
キャンベル家のお屋敷では、レイナ様に同行する以外での外出を禁じられていた。それは、レイナ様が俺を独占したかったからなのだろう。メイドさん達も仕事以外での俺への接触が禁止されていたようだから、屋敷内外を問わず女性と交流する機会はなかった。
だからだろう。気付かされてしまえば、まるで見世物にでもなった気分だ。俺が再びため息を吐くと、隣でメリちゃんもうんざりとした表情を浮かべている。
「メリちゃん、大丈夫?」
「大丈夫じゃ無いかもなのです……。確かにメリは、森人の中でも可愛い方だと思うのですが……まだ十三歳の子供なのです。舐め回すように見るな、なのです!」
俺は苛立ちを露わにするメリちゃんをどうにか宥めながら、メリちゃんの容姿を改めて確認してみる。
本人が言うように、とても可愛らしい少女である。だが、森人特有の白く透き通った肌は、日の光を浴びて神聖な光を放っているように見える。腰まで伸びる艶やかな緑の髪は、新緑の森のように美しく力強い。なにより、今でこそ可愛らしさが目立つ顔立ちも、数年後は大層美しくなるであろう事を期待させる。ただ、体型については……しっかりご飯を食べさせてあげようと思う。起伏が生まれる事を祈って……。
そんな訳で、美醜に疎い俺からしても、メリちゃんは美少女だと理解出来た。しかし、理解しても納得はしていない。俺もメリちゃんも見世物ではないのだから。
「なあ、シロ。この状況、なんとかならない?」
「なんとかはなりますが、自覚さえ出来ていればこの状況……好都合なのですにゃ」
「いや、好都合じゃないし」
足元の黒猫をじろっと見つめるが、大して気にも留めていない様子である。それどころか、嬉しそうにさえしている様子だ。
「神力が流れ込んできますにゃ。主様、もっと多くの愛を受け止めてくださいにゃ!」
「昨日、愛情は関係ないって言ってたじゃん……」
「それはそれですにゃ。街を歩くだけで神力が集まるのなら、活用するべきなのですにゃ」
それは確かにそうなんだけど。そう言おうと思った時、視界に立派な佇まいの建物が映り込む。大通りには多くの建物が立ち並んでいるが、その中でも抜きんでて大きく、看板には「冒険者ギルド トラディス王国本部」と書かれている。どうやらここが、目的地のようである。
「主様。ギルドに入ったら、私は口を閉ざしますにゃ。聞いておきたい事があるのでしたら、今の内ですにゃ」
人語を喋る猫=分神であるため、シロは正体を隠すためにただの猫に成りすますようだ。人混みのような場所であれば誰が喋っているか分からないが、流石にギルド内はまずいという判断だろう。
「じゃあ、加入する時の注意点ってなにかある?」
「強いて挙げるとするなら、契約魔術を使う事ですにゃ」
「それになんの問題が?」
「主様の場合、契約魔術を抵抗する可能性がありますにゃ」
契約魔術とは、生活魔術と呼ばれる最下級の魔術の一つ。他の魔術を扱えない者であっても扱う事ができ、口頭や書面上の契約を遵守しなければならなくなる魔術である。
「それって大丈夫なの?」
「大丈夫では無いですにゃ。ですが、契約魔術が効力を発揮しているかなんて、神殿で鑑定しない限り分からないですにゃ」
「じゃあ、ばれる可能性は限りなく低いって事?」
「そうですにゃ。なので、契約魔術が効いているふりをすればいいですにゃ」
俺は、なんだかモヤモヤとした気持ちになりながらも頷いた。騙しているようで申し訳ないが、要は契約内容を守ればいい訳だ。そうやって自分を納得させ、俺たちはギルドへと入っていくのだった。
予想通りと言うべきだろうか、ギルド内はエントランスホールからして広かった。正面奥には受付カウンター、そこに辿り着くまでの両脇には多くのテーブルセットが並ぶ。そのテーブル類の奥には、様々な物品や飲食物の売店まである始末。ちょっとした商店街のようである。だが、これでも氷山の一角。入り口近くの見取り図には、訓練場やら資料室やら多くの施設名が書きこまれているのだ。
「広いね、メリちゃん。だけど……」
「はいなのです。メリたちはあまり歓迎されてないようなのです」
通りで感じた視線とは明らかに違う、実力を見定めようとする視線から蔑むような視線まで……負に寄った感情が肌に突き刺さっている。それと同時に、あえて俺たちに聞こえるように、誹謗と言って差し支えない言葉が飛び交っている。
「鎧の一つも着てねぇ軟弱そうな顔だけ野郎と、まだまだガキの森人かよ」
「登録しに来たんだろうが、試験で落ちるに十ディト賭けるぜ!」
「あたいも落ちるに賭けるよ。って……全員が同じ方に賭けちゃ、賭けが成立しねぇじゃねぇか」
あまりにも失礼な歓迎の中、俺たちは受付に向けて進んでいく。周囲の声はエスカレートしていくが、直接的に危害を加えようという動きが無い以上、気にするだけ無駄というものだ。それに、俺が弱そうに見えるのもメリちゃんが子供なのも、間違ってはいない訳だし。……言い方が非常によろしくないだけで。
ただ、そのような言葉を放つだけあって、冒険者たちは強そうに見える。一様に逞しい体つきな上、装備も充実している。種族はばらばらだが、只人であっても強靭な肉体を持っているのだから、大したものだ。そして、膂力に優れると言われる土人や戦闘種族と呼ばれる野獣人の冒険者に至っては、一般人からしたら恐怖でしかないだろう。
だが、俺たちは受付へと到着した。俺は勿論だが、メリちゃんも全く動じる事なく。賊たちの本気の悪意に比べれば、この程度の悪意は生温くすら感じるってものだ。
「ええと、冒険者ギルドに加入したいのですが」
受付のお姉さんにそう声を掛けると、驚いた表情を浮かべながら聞き返してきた。
「まさか……新規登録なのですか? てっきり、他の支部からの転属申請かと思ってました……」
「え? それは何故?」
今度は俺が聞き返すと、受付のお姉さんは迷惑そうな表情で冒険者たちへと視線を向ける。
「彼らの洗礼に対して、一切怯んだ様子が無かったからですよ」
「洗礼ですか、あれが」
「ギルド職員としては、やめてもらいたいのですけどね……ああいった品がない行いは」
大方、よそ者に対して自分たちの方が上だと示したくて始めた、冒険者なりの流儀なのだろう。職員にとっては、迷惑以外の何物でもないようだが……。
「それで、新規登録をお願いできますか? 隣の子も一緒に」
「あっ、失礼しました。それでは、新規登録の手続きを始めますね」
そう言って、受付のお姉さんは登録用紙を差し出してきた。そして、件の契約魔術の行使を申し出てくる。
「お二人には嘘偽りなく記入をしていただくために、契約を結んでいただかねばなりません。よろしいですね?」
俺とメリちゃんは、黙って頷いたのだった。




