016
二人と一匹は、王都ディストラの街中にいた。一人は人種の多様さと人波の量に興味を惹かれ、もう一人は森の集落との違いに驚きを隠せずにいる。そして、それを呆れながらに見つめる黒猫が一匹。
「主様もメリサンドも……二度目の王都なんですから、もう少し落ち着くにゃ」
「いやぁ、この前は森人たちが襲われないように目を光らせてたからさ……改めて見てみると、ねぇ?」
「そうなのです! 立派な建物がたくさんなのです。あ、あっちに森の木々よりも高い建物があるのですよ!」
メリサンドが指をさした先には、王城がそびえ立っていた。王都の中心にしてトラディス王国の中心でもあるそれは、優雅にして堅牢にこの街を見下ろしている。
「あそこにこの国の王様がいるのか。やっぱ、大きいな!」
「メリの住んでた集落が、そのまますっぽり入っても余裕がありそうなのです!」
「メリサンド、王の居城を指差していると……不敬だと捕まってしまいますにゃ」
その言葉を聞いて、メリサンドは慌てて腕を下ろす。そして、巡回の兵に見つかっていないかと周囲を見回した。
「あれ? 沢山の人と目が合ったのです。メリ、見られてるのです?」
「そういえば、俺も視線を感じるな。神具で森人に化けてる訳でも無いのにな」
「無自覚というのは恐ろしいにゃ……。とりあえず、落ち着ける場所へ行くにゃ!」
首を傾げる二人を見て、シロは急いで宿屋を探すように仕向けた。好意と好奇の視線を避けるためなのだが、二人はその意図に気付いていない事だろう……。
大通りに面した宿屋は、いずれもが高級宿だった。一泊一部屋三千ディトから。シルバとメリサンドが男女である事を考えると、二部屋に別ける必要があり……一泊六千ディトだ。ちなみに、シルバたちの所持金は三十万ほど。宿代だけで、二か月もしない内にすっからかんだ。
「王都って、高級宿しか無いのかな?」
「主様……もっと裏通りを探してくださいにゃ。表通りでばかり探しているからですにゃ」
その勧めに従い、シルバたちは大通りを避けるように脇道へと進んでいく。すると、途端に行き交う人の数が減り、落ち着いた様子の住宅街が広がっていた。とても宿屋があるとは思えないのだが、それでもシルバたちはその道を進み続けた。そして、一軒の酒場を発見した。
「酒場だけど、宿も併設してるみたいだね」
「こういう所が狙い目なんですにゃ。夜は多少騒々しいですが、安価に寝床を確保できますにゃ」
「騒々しいのか……。俺は大丈夫だけど、メリちゃんは?」
「メリも我慢するのです! 折角森から飛び出したので、何事も経験なのです」
ならばと、シルバたちは酒場宿「酒飲み猫」へと足を踏み入れたのだった。
扉の開閉に合わせて、チリンと来客を知らせる鈴の音が鳴る。その音に、店員と思しき猫獣人の女性が駆け寄ってきて、シルバの顔を確認しながら問いかけた。
「初めてのお客様ですね。酒場のご利用でよろしいでしょうか?」
「ええと、宿を探して立ち寄ったんだけど……先にご飯にしようかな」
店内には、とても美味しそうな匂いが充満していた。そして、時刻も夕暮れ時。シルバは食欲を抑える事が出来なかったようで、猫獣人の店員はクスリと笑いながら席へと案内する。
「それではカウンター席へどうぞ。宿についてはお母さん、じゃなくて……女将にお聞きください」
そう言ってお辞儀をした店員は、そそくさと足早に立ち去ってしまった。そして、席に着いたシルバたちに、猫獣人にしては肉付きの良い中年女性が話し掛けてきた。
「こりゃあ、びっくりするほどの色男と美少女だねぇ! どっかの王子様と森人のお姫様かなんかかい?」
「俺が王子様な訳ないじゃないですか。とりあえず、女将さんのおススメのメニューをお願いします」
「メリもお姫様じゃないのですよ。料理は……野菜メインのものをお願いなのです」
「そうなのかい? てっきり、駆け落ちしてきた高貴な御方だと思っちまったよ」
女将はそう言うと、豪快に笑ってみせた。そして、手慣れた手つきで調理を始める。
「女将さん、ここって宿屋もやってるんだよね?」
「ああ。やってるよ。一部屋五百ディトの前払い。飯は別料金。一食三十ディトだねぇ」
その値段を聞いて、シルバとメリサンドは頷き合った。
「それじゃあ、二部屋を十日間お願いします」
「一部屋じゃなくていいのかい?」
女将はニヤニヤと笑っている。未だに駆け落ち説を引きずっているようである。
「二部屋で! メリちゃんとは旅の仲間ですから」
「ふーん、そうなのかい。……それじゃあ一万ディトだね。連泊してくれるから、今回の飯代はおまけしといてあげるよ」
何故か残念そうにする女将に、シルバは金貨を一枚取り出してお代を支払う。そして、交換とばかりに料理の盛り付けられた皿が手渡された。
「腹が減ってるみたいだから、それでもつまんでてちょうだい。メインはもう少しで出来るからさ」
つまむと言って差し出された料理であったが、二人にとってはご馳走であった。野営続きの粗食とは違う、確かな文明を感じる料理だったからだ。そして、その後に出されたメインディッシュまで、二人はあっという間に平らげたのであった。
「女将さん! すっげぇ美味しかったです!」
「そうなのです! 美味しかったのです! 森を出て良かったのです!」
「そうかいそうかい。森人に料理を出した事は無かったから心配してたけど、満足してくれたなら良かったよ」
嬉しそうに笑った女将は、すっと部屋の鍵を差し出した。その鍵を受け取ったシルバたちは、宿の部屋へと向かう。そして、片方の部屋に集まって今後についての相談を始めた。
「キャンベル家の脅威は去りました。この国で一番の大都市にも到着しました。で、俺の記憶はどうすれば戻るでしょうか? はい、メリちゃん」
「え、え? メリには分からないのです……。シロ様は?」
「主様の記憶を戻すために必要なのは……神力だと思いますにゃ」
多くの生物の体内に宿る魔力オド、大気中に存在する魔力マナ、そして神々への信仰の力である神力。オドとマナは、得手不得手はあるものの人類は誰しもが扱う事が出来る力。しかし、神力を扱う事が出来る者は、加護持ちと神人と敬虔な上位聖職者に限られる。ゆえに、人類にとって神力は未知の力だと言っていい。
「そう言われてもねぇ……。神力ってよく分からないんだよね」
「あれ? シルバさん、神力が視えてないのです?」
「メリサンド。いくら主様が多くを失っていても、そんな事あるはずないにゃ。ですよね、主様?」
「え? 視えないけど?」
シルバの答えを聞いた瞬間、シロは膝から崩れ落ちた。はた目から見ればただお座りをしただけに見えるのだが、シロにしてみれば相当なショックであったようだ。
「主様! なんで視えない事を教えてくれなかったんですにゃ?」
「いや、だって……視えるものだって知らなかったし」
「あっ、そうですにゃ……。メリサンドが特別であって、神力視は特殊な技術でしたにゃ……」
「そうなんだ。じゃあ、やり方を教えて。もしかしたら出来るようになるかもしれないし」
シルバの申し出に、シロとメリサンドは神力視のコツを伝授していった。そして、数分も経たない頃……。
「あっ、視えた。シロは神力の塊なんだね。メリちゃんは薄く神力を纏ってるんだ」
「シルバさん、もう出来るようになったのです? 流石、■■なのです。うっ……」
「メリサンド。貴方は賢いのか馬鹿なのか、どっちなのですにゃ……」
蹲るメリサンドに、シロは可哀そうなものを見る目を向けるのだった。




