015 sideC
目の前でメリサンドが崩れ落ちました。原因は、制約に掛かる発言をしたからでしょう。本当に恐ろしい才の持ち主なのだと、改めて思い知らされます。数少ない情報から、真実に辿り着いたのですから……。
「メリサンド、正解ですにゃ。ですが、今後口に出さない事をおススメするにゃ」
「うぅ……。シロ様、そうさせていただくのです……」
「ええと、今のって制約だよね? というか、メリちゃん大丈夫?」
主様がメリサンドへと手を貸して、なんとか立ち上がらせます。二度目という事もあり、メリサンドはすぐに平静を取り戻したようで、再び歩き始めたのでした。ですが、主様の正体を知り、どう対応するか迷っているようです。当然ですね。主様は■■■■なのですから!
「だ、大丈夫なのです! その……シルバ様」
「様? さっきまでさん付けだったと思うけど、どういう風の吹き回し?」
「あのですね、軽々しい態度は不味いと思ったのです!」
「別にいいと思うよ? 何を気にしてるのか分からないけど、今まで通り呼んでくれると嬉しいかな」
「……では、そうさせてもらうのです。シルバさん」
メリサンドは、やはり賢い子です。あからさまに態度を変え、主様の不興を買う事を避けたのでしょう。まあ、主様がこの程度の事を気にする訳も無いのですけどね。その寛大なお心がゆえに、このような事態に陥ってしまったのですから……。
その後、森人の一行は王国中部を抜け、北部へと足を踏み入れました。その途上では幾度かの戦闘もありましたが、主様のお力で悉くが撃退されました。襲撃者の皆さんにはその気が無かったと思いますが、主様の魔術の訓練相手となっていただけた事には感謝させていただきます。お陰様で、主様がやっと”魔術”を使ってくれるようになったので――
主様は、事あるごとに”魔法”を使っておりました。その中でも特に困ったのは、グレイというワンちゃんの傷を治した時と、レイナ嬢から盛られた毒薬を消し去った時でしょうか。愛の女神たる私の本体の権能「癒しの奇跡」を、惜しげも無く使ったのですから。
傷を癒したり毒薬の症状を緩和する。そういった魔術は存在しますし、魔法として発動する事で効果を増します。ですが、奇跡と呼ばれる権能の力は別格。そもそも傷や毒が無かった事になるのです。血が流れ出た事実も、毒を摂取したという事実さえも消し去ります。そして当然、多くの神力を消費します。神の座――神々の住まう空間――からも観測できるほどに。
「シロ、ぼーとしてるけど考え事?」
「はい。今後の事を考えていますにゃ。主様、魔法を使うのを控えて下さいにゃ」
「魔法を? 了解。確かに、目立っちゃうからね」
「お願いしますにゃ。と言っても、すでに手遅れかもしれませんにゃ……」
私こと黒猫シロは、特殊な分神です。本体である愛の女神との繋がりは切断しており、神の座の神々から捕捉しづらいように配慮しておりました。それは、主様を秘密裏に助け出すため。そして、その弊害が神力の枯渇。主様へ神人の祝福を与えた際、神力を失いすぎた結果が人語の喪失でした。ですが、予定通り神々に見つかる事無く救出に成功したのです。奇跡を使うまではですが。
主様が活動を再開した事に、一部の神は気付いたのでしょう。奇跡によって一命を取り留めたグレイは、羨望の神の加護を得ました。主様を欲していたレイナ嬢も、いずれかの負神から加護を得たようです。主様へ向けた偵察や刺客のつもりなのでしょう。なので、これ以上事態が動く事の無いよう、神力の行使は慎重に行わねばなりません。主様が以前のお力を取り戻すまでは……。
北部を進む一行は、王都近郊まで到達しました。ここまで来ると、それまでのように街道を通らない、という訳にはいかなくなります。その理由は、王都周辺の地形にあります――
王都ディストラは、二つの内海が迫る地峡部に築かれた都市です。王都に近付くにつれて陸地は面積を減らしていき、水域がその存在を主張していきます。そして、最も内海同士が近付いた場所を壁で囲い、南北の陸路と東西の海路を掌握しているのです。ですので、全ての街道は王都に集約され、陸路で王都を通過するのならば、王都という名の巨大な街道を通る以外の選択肢が存在しません。
「メリちゃん、これは……街道も街も避けられそうにないね」
「そうなのです。ここが第二の関門。王都越えなのです!」
「ちなみに第三は?」
「最終関門、国境越えなのです」
主様とメリサンドの会話を聞いて、私はどちらも大した問題では無いだろうと思いました。
王都越えは、森人二百人がまとめて街に立ち入らなければ、大きな騒動にはならないでしょう。小集団に分けて街に入り、北へと抜ければ問題ないはずです。王都だけあって治安は安定しており、白昼堂々の往来で奴隷狩りを行うお馬鹿さんもいないでしょう。なにより、目的地である神聖国から訪れる森人もいるはずですから、森人というだけで襲われる事も無いでしょうし。
国境越えについても問題ないはずです。このトラディス王国は、他国からの人口流入が目下の問題。争乱を嫌った多くの者が流れ着く地であり、過剰に人口が増え過ぎた結果が開拓……森人の森の伐採と開発なのです。入国を咎める理由はあっても、出国を咎める理由は無いのです。国境警備の兵たちも、喜んで送り出してくれる事でしょう。
「メリちゃん。なにか作戦は考えてるの?」
「大丈夫なのです。実は――」
メリサンドは、私とほぼ同様の見解を披露しました。やはり賢い子です。主様を探すために諸国を廻り、この王都にも立ち寄ったこともある私と、書物上の知識しか持たない彼女。その考えが一致するのですから、流石は期待と予期の女神アンティスの加護を授かるだけはあります。願わくは、彼女が主様と共に歩んでもらいたいと思ってしまうほどに……。
その後、王都越えは大きなトラブルは無く完了しました。小さなトラブルは……ここで語る必要も無いでしょう。そして、王都を抜けた一行は遂に到着したのです。神聖アンティス共和国との国境へ。それは、森人たちの未来への第一歩であると同時に、主様や私との別れでもあります。口々に感謝を述べながら国境を越えていく森人たち。それを見送る主様と私とメリサンド……。ん? 彼女が何故こちら側にいるのでしょう?
「メリサンド? 皆さんが行ってしまいますにゃ」
私が心配そうにそう言うと、メリサンドは気持ちの良い笑顔でこう言いました。
「メリ、二人についていきたいのです。いえ……ついていくのです!」
「メリちゃん? 俺についてくるって事は、森での生活じゃなくなっちゃうよ?」
「そうですにゃ。それに、貴女はアンティスの加護持ちにゃ。アンティスを崇める神聖国では、好待遇が期待できるにゃ」
私や主様の忠告に首を横に振り、メリサンドは目を輝かせながら主様を見つめました。
「そんな細かい事は気にしないのです。それよりも、シルバさんが進む未来が気になって仕方ないのです!」
「俺?」
「そうなのです。全てを思い出した時、シルバさんがどんな道を選ぶのか……考えるだけでワクワクするのです!」
メリサンドの熱量に押され、主様は同行を許可しました。正直なところ、私もありがたいと思っています。今の私では、主様を護り切れるか不安だったから。再び主様がいなくなってしまわぬかと……。
「じゃあ、王都に戻ろっか!」
「はいなのです! 今度はちゃんと街を見て回れるのです」
私は期待せずにはいられませんでした。森人たちのように、主様にも心安らかな未来が訪れる事を――




