014
翌日。北上を再開した森人たちの後方に、賊の集団が姿を現した。その数は二百ほど。森人たちと数の上では同程度だが、戦力という面で見れば大きな差があるだろう。完全武装の賊に対して、森人に戦の備えはほとんどない。武器や防具より、食糧や生活用品の持ち出しを優先したからだ。また、賊のほとんどが馬に騎乗している。体力は充分の賊に対し、森人は歩き通しで疲労が蓄積している。普通に考えれば、森人たちの敗北は火を見るよりも明らかだ。
だが、二人の森人が賊の進路を遮るように立ちはだかると、賊たちはその動きを止めた。そして、賊の首魁と思われる男が進み出ると、男性の森人へと声を掛けたのだった。
「おいおい、シルバ。他の奴らは騙せても、加護持ちの俺様の目は欺けねぇぜ?」
森人だと思われていた男は、頭巾を外した。すると、見事な銀髪をたなびかせる只人がそこにいた。そして、賊の首魁へと言葉を返す。
「グレイ。こんなところで再会するとはな。村を蹂躙するだけでは飽き足らず、今度は人身売買の親分か?」
「ああ、そうさ! 手配書が回ってるせいで、まっとうな職なんて就けねぇだろ」
「本音は?」
「ぼろ儲け出来る仕事だからさ! 大金を持つ俺様は、皆に羨望される。そうなりゃ、俺様の神力も爆上がりって訳さ」
ニヤリと嗤うグレイとやれやれと肩を竦めるシルバ。そんな二人のやり取りを見て、もう一人の森人――メリサンド――が話に割って入った。
「シルバさん? あの獣人と知り合いなのです? それに、認識阻害を無効化して、神力を纏っているという事は……?」
「グレイは、俺の最初の友。そして、羨望の神の加護持ちだ」
「シルバさんが賊の首魁と友達なのです? それに……村を蹂躙?」
訳が分からないという表情のメリサンドを一瞥したグレイは、くっくと嗤いながらシルバへと問いかける。
「森人の嬢ちゃんには伝えてねぇのか。ラ=ズンダでのあの事を。そして、お前が記憶喪失の感情欠落者だって事を!」
「シルバさんが記憶喪失? 感情欠落?」
「別に隠していた訳では無い。なにより、今その事を語り合う必要はないだろう?」
「そうだったな、シルバ。俺様は仕事の途中。お前はその邪魔をしてる。……なら、やる事は一つだよなぁ!」
馬上から跳躍したグレイは、迷う事無くシルバへと斬りかかった。それを剣で受けたシルバは、メリサンドへと指示を出す。
「グレイの相手は俺が受け持つ。メリちゃんは、他の賊を蹴散らしてくれ」
メリサンドが頷くと、グレイもまた賊へと指示を飛ばす。
「お前ら! 作戦通りだ! 俺様たちの勝利条件は……奴隷の確保だからなぁ!」
グレイの声に歓声で応えた賊たちは、部隊を複数に分割し、様々な方向から逃げる森人たちへと向かい始めた。標的を分裂させる事で、大魔術師と名高いメリサンドに狙いを絞らせないつもりのようだ。だが……。
「シロ様! 東側の敵をお願いなのです!」
そう言うと、西を迂回する賊へと魔術を集中させたメリサンド。多重発動した複数の「風の矢」が、馬上の賊たちを正確に打ち抜いていく。一方で、東の賊たちにも「火の球」の雨が降り注いでいた。しかし、術者の姿が見当たらず、賊たちは統率を乱し始めたのだ。
「なっ! 分神の黒猫の仕業か……。おい、お前ら! 術者は――」
立て直しを図ろうとグレイが指示を出そうとした瞬間、シルバは容赦なく剣を振るった。グレイは受けるのが精一杯で、指揮を放棄せざるを得なかった。
「グレイ、俺の相手をするのだろう? よそ見をしていては駄目じゃないか」
「シルバ! 全て狙い通りって事かよ! クソ野郎が!」
「いや、狙いなんてなかったさ。グレイが賊の親分だとも知らなかったしな。ただ俺は、みんなを信じて任せただけだ」
「その余裕の態度……気に食わねぇ! 今回も俺様の邪魔をしやがって!」
羨望によって力を増したグレイの一撃も、シルバは悠々と受け止めてみせた。そして、森人の捕獲に向かった賊たちも、魔術によってどんどん数をすり減らしていっている。形勢は逆転したと言っていいだろう。
「グレイ、退いてくれ。お前たちの勝利条件が奴隷の確保だったように、俺たちの勝利条件は森人を逃がす事だ。大人しく退いてくれるなら、追いかける事は無い」
「クソ! クソクソ! また俺様を見逃すって事か? 俺様なんて、殺す価値も捕らえる価値もねぇってか?」
グレイは、これで最後だと言わんばかりの渾身の一撃を放った。だが、シルバの身体には届かない。その一撃に合わせて振られた剣に、容易に打ち払われてしまったからだ。
「退いてくれ、グレイ! これ以上続けるなら……お前を殺さねばいけなくなる」
憂いた表情を浮かべるシルバを見て、グレイは驚きながらに問いかける。
「シルバ……お前、感情が戻りつつあるのか?」
「ああ。一部だがな。羨望の心はまだ分からんが、悲しいと思う気持ちは取り戻しつつある」
「そうか……そうか! なら、俺様はまだ死ねねぇな! お前に羨望を抱かせるまでは……」
そう言ったグレイは、賊たちに退却の合図を出す。賊たちは我先にと馬首を返し、退却を始めた。そして、グレイが去り際にぼそっと呟いた。
「キャンベル家のお嬢様に気を付けろ。加護を得た上、権力も金も持ってやがる」
「レイナ様が加護を? それと、何故俺に忠告を?」
「負神の加護らしいし、お前を全力で捜索してるから……お前の仕業だろ? お前は俺様の獲物なんだから、捕まんじゃねぇぞ!」
「忠告、感謝する。じゃあ、またな」
二人は別々の方向へと進み始めた。次なる再会を望みながらも、向かう先は全くの逆。北と南、正と負。二人の道が再び交わる事はあるのだろうか……?
シルバはメリサンドと合流していた。そのメリサンドはと言うと、魔術を連発し疲労困憊。もう一歩も歩けないといった状況だった。マナの少ない平原で、オドを呼び水として魔術の発動を続けた対価なのだろう。よって、この日の移動は打ち切られ、少し早い時間ではあるが野営の準備が始まっていた。
「メリちゃん、ごめんね。賊の半分を任せちゃって」
野営の準備を森人に任せたシルバは、横たわってオドの回復に努めるメリサンドへと謝罪していた。その言葉を受け、メリサンドはなんとか上半身だけを起こして返答する。
「シルバさん、謝る必要はないのです。あの状況ではあの形が最良手でしたし、みんなに何一つ被害が及ばなかったのです」
「でも、メリちゃんがここまで消耗しちゃったよ? グレイの相手をメリちゃんと代わっていれば……」
そこまで言うと、メリサンドが短く悲鳴を上げながら首をぶんぶん横に振る。
「ひぃ! そんな事してたら、メリは死んじゃってたのです! 近接特化の加護持ち獣人に、魔術師のメリは相性最悪なのです……」
「そうなの?」
「そうなのです! それより……メリとしては、賊の首魁が言っていた事が気になっているのです」
「ああ。俺の事情に巻き込んじゃったようだから、ちゃんと説明するよ。ただし、メリちゃんの体調を整えるのが先だよ」
メリサンドは頷くと、再び身体を横たえた。そして、可愛らしい寝息を立て始めたのだった――
八大神の加護の力もあっての事か、翌日にはメリサンドの体調は回復していた。そして、北へと向かう道中、シルバは目覚めからの一連の事情を説明していく。併せて、旅の目標が追っ手をかわすためだけでなく、自身の記憶を取り戻すためだとも。それらを聞き終えたメリサンドは、険しい表情を浮かべながら推論を口にする。
「神の封鎖地で目覚めた、圧倒的な力を持つ存在……。もしかして、シルバさん……■■なのです? うっ……」




