143 sideB
(明日、奇襲作戦を決行するようです。準備を整えておきなさい)
奇襲予定地点付近の大森林内。なんとか作戦開始に間に合うよう到着したメリたち奇襲部隊は、愛の女神ラブ様からのお言葉を聞いて沸き立っていました。流石は神様とでも言うべきでしょうか。神託のような形でお声を聞かせる事で、部隊のみんなのやる気を引き出す事に成功しています。
というのも、ここまで辿り着くのにも……かなりの苦労を乗り越えてきました。ですから、決して士気が高かった訳では無かったのです――
分岐点で別れたメリたち奇襲部隊は、淀んだマナが漂う森の中へと踏み込みました。森人が去ったこの地はすでに、はぐれ魔獣が徘徊する森へと変貌しています。元々の豊かな木々とも相まって、行軍は過酷の一言でした。木々を巧みに利用して襲い来る魔獣。連携を取りづらい森林内での戦闘の連続。敵軍が斥候を放っているのではという緊張感。似たような景色が続く事で、どの程度進めたのかも分からなくなるような精神的ダメージも……。
上級と言われるB級冒険者・魔術師を中心とした精鋭部隊であっても、心身共にすり減らしながらの行軍でした。なので、やっとの事で奇襲地点へ到着した後も、どこか陰鬱とした雰囲気が漂っていたのでした――
なので、ラブ様の気を利かせた演出は、本当に助かりました。だって、この奇襲作戦は……失敗が許されません。ですが、非常に危険であり高難易度です。ですから、心を奮い立たせなければ、為すべき事も果たせず……解放軍全軍の敗北へと繋がってしまうのですから。
「みんなに元気が戻ってきたのです! これなら勝てるのです!」
そう自身に言い聞かせるように声を上げた後、メリたちは明日に向けて休息を取るのでした。
そして、翌日。メリたちの現在地は、レイナ様たちが居る本隊から見て南東。後方に控えているという状況です。これでは、敵軍に奇襲をかけられません。……ですが、大丈夫なのです!
「おっ、きたきた! こっちの本隊が後退してきたぜ!」
ディンガさんが言う通り、メリたちの目の前を味方の本隊が横切っていきました。昨日まで立て籠もっていた第一防衛陣地を放棄し、メリたちの現在地よりも南にある第二防衛陣地へと向かっているのです。これが、奇襲作戦の下準備。
「うむ。敵軍も慌てて前進を開始したな」
ドーリスさんが指摘するように、慌ててというのが重要なのです。昨夜、防御設備の修復作業をしていたはずの相手が、突然の陣地放棄……そして、後退。こちら側の意図を理解出来ないでしょうけど、敵側からしたら大きなチャンスに見えるでしょう。なので、急ぎ追撃。……森に潜むメリたちに気付く事も無くです。
「昨夜の夜襲も効いているのでしょう。攻め急ぐ気持ちが伝わってきますね」
ハイランドさんが言っている夜襲というのは、グレイさん率いる特務部隊の……お世辞にも綺麗とは言えない夜間攻撃の事です。
昨夜、それも深夜。グレイさんら特務部隊は、暗闇の中で密かに出陣。野営陣地の侵攻軍を急襲。グレイさん以外の部隊員は、騎乗兵の高機動性を活かして一撃離脱を繰り返し……グレイさんは単身、混乱極まる敵陣深くの物資貯蔵庫へ。そして、放火。残念ながら、燃えたのは物資の一部だけらしいのですが、ただでさえ不足気味の物資です。敵側はさぞかし、焦っている事でしょう。
「あら、本当に予想通りですわ。第一防衛陣地は素通りですわね」
ジゼルさんは、あまりにも敵軍が計画通りに動いてくれるものだから……面白くなってきている様子。それ、メリも同じです。だって、ここで防衛陣地を破壊した後に進軍していたら、メリたちの奇襲作戦にも……悪影響があったはずです。まあ、多少ですけどね。
「あっ、こっちの本隊が第二防衛陣地に到着したのです!」
「ああ。それに、敵さんらも俺たちの前を通過したな」
誘引を終えた味方の本隊は、防衛陣地で迎え撃つ準備を始めています。一方、敵軍の皆さんは、メリたち奇襲部隊に一切気付く事なく……目の前を通過。なので、そろそろでしょう。作戦の開始は……。
「では、最終確認ですよ。私たち五人の役割は、敵の最上位指揮官と驚きの神人を討ち取る事です」
「指揮官のトップは、筆頭将軍レアン。猫獣人種の男性ですわ。そして、神人はノルア。狼獣人種の女性ですわね」
「ええ。ですが、ここは……本陣ごと上級魔術で吹き飛ばすのが賢明でしょう」
メリたち以外の奇襲部隊員が敵軍を後方から攻撃している間に、メリたちが本陣に居るであろう二人を……殺害。計画の上ではそうなっていますが、ハイランドさんの言う通り……本陣ごと叩くのがいいでしょう。その他の上位指揮官もまとめて始末出来るので、効率的です。……ここは戦場なのですから、仕方がない事なのです。無慈悲に命を奪う事は……。
「メリも……その意見に賛成なのです!」
「うむ。ならば、私たちが詠唱の邪魔をさせぬよう守ろう」
「ああ。ドーリスと俺、それに旦那。このメンバーが揃ってんだ……邪魔する敵兵は一人も通さねぇぜ!」
最終確認を終え、みんなの決意も固まりました。なら後は、合図を待つだけです。そう考えて空を見上げていると……空高くで炸裂した火魔術。作戦開始の合図です!
「行くぞ!」
ディンガさんが吠えました。それに続くように……。
「「おぉぉぉ!!!」」
奇襲部隊の全員が鬨の声を上げ……走り出しました。森を飛び出し、油断していた敵軍の背面へ。そして始まる、上級魔術師たちによる激しい魔術攻撃。あっという間に崩れた陣形。状況が理解出来ず、大混乱の敵軍。散り散りとなった敵兵の命は、上級冒険者たちが次々に刈り取っていっています。
「どいつもこいつも、いい仕事してんじゃねぇか!」
「ええ。でしたら、私たちも負けていられませんわね」
この場は部隊のみんなに任せ、メリたちは本陣へと迫ります。そして、突然の事でろくな抵抗も受けぬまま……魔術の射程内まで接近完了。すかさず詠唱を開始します。
「――大地にある者は全て消え、ささやかな人生は眠りによって締めくくられる!」
「――猛き災いの炎、顕現し焦土を成せ!」
メリとジゼルさんが詠唱を終え、頷き合います。そして、タイミングを合わせて――
「『儚き夢の大嵐!』」「『終末の業火!』」
ジゼルさんの身体からは、業火球が。メリの身体からは、極限まで圧縮された空気塊が。その二つが真っすぐに放たれ……敵本陣へ着弾。
激しく燃え上がったと思った瞬間、その炎すら飲み込む空気の大爆発。敵本陣はおろか、周囲の敵兵の悉くを……消し飛ばしました。しかし、それだけでは収まらぬ嵐の如き暴風は、更に広範囲に拡散。敵軍中央の敵兵までをも薙ぎ倒すのでした。
「ちょっと、メリサンドさん!? 今の魔術は……?」
「『無慈悲な暴風』より上位の魔術だと、シロ様から教えてもらったのです。ただ、これは……」
強力過ぎました……。この一撃だけで、千人以上の命が……文字通り、消え去ってしまいました。いくら戦争だからといって、やりすぎです……。
「失伝魔術。それも、一際えげつないやつ、ですわね……」
「はいなのです……」
アンティス様から与えられた加護のリミッターが外れ、やっと使えるようになった魔術。その威力を確かめぬまま、ぶっつけ本番で使ってしまった結果が……これです。
「おい、魔術組! とんでもねぇ魔術だったが……魔術談議は後にしてくれねぇか?」
ディンガさんのお叱りが飛んできました。そうですね。すぐには割り切れそうもありませんが、今は……作戦継続中です。奪った敵兵の命の数に慄くよりも、これから救える味方の命の数に期待します。そう思っていなければ、罪悪感に押し潰されてしまいそうですから……。




