142 sideD
突貫工事で造られた、簡易な木柵。大した深みの無い、申し訳程度の空堀。防衛陣地と呼ぶには不十分な、それでも……無いよりは幾分かマシな防御設備。それらに守られながら、私たちの軍は防御に徹しています。
こちらの布陣は、我が家の騎士団や領軍が防御設備に沿って横並び。右翼の端は大森林直前に位置し、敵軍が回り込む事のないようになっています。ですが、左翼側は平原上のため……数で勝る敵軍が左翼を迂回、横撃を受けるであろう事が予想されています。ですから、私率いるギルド部隊が左翼に就き、こちら側からの崩壊を防ぐという算段です。
「お嬢様、予想通りの展開のようですぞ」
副官として隣に立つセバスが、敵軍の動きを冷静に分析、計画通りとほくそ笑んでいます。というのも、私が率いるギルド部隊員は、多くが中級冒険者と魔術師。C・D級で固められているのです。……要するに、とても強い部隊という事ですわ。
一概に比較するのは難しいですが、平均的な軍兵の強さは下級冒険者と同等。数が限られる騎士であっても、中級冒険者程度でしょう。ですから、このギルド部隊は、九百人の騎士団に相当する戦力であると言い換えられます。いえ、実際はもっと上でしょう。
第一に、九百人の内、百人以上が魔術師です。それも中級の。……この魔術師の割合は、千人程度の部隊にしては異常というほどに高いのです。ですので、並外れた魔術戦能力を持っている部隊と言えます。
そして第二に、彼らは軍人では無いのです。これが意味するところは、柔軟な思考と判断力、対応力すらも持ち合わせているという点です。
冒険者というのは、普段から迷宮での依頼に勤しみ、どこから襲い来るか分からない魔獣との戦闘を行っています。裏を返せば、複数方向からの襲撃にも対応ができ、その時点での最良な戦術を考え選び取れるという事。まさに、今の状況に最適の能力を有していますので、騎士以上に働きを期待出来るというものです。
「セバス、防衛するという大方針以外は各々の判断で、と伝えて来なさい!」
「承知しました、お嬢様」
あえて指示を出さないのが指示です。付け焼刃の軍事知識しか持たない私が直接指揮を執るよりも、ある程度の自由意志に任せたほうが効果的でしょう。そう考えながら、戦況の推移を見守るのでした。
その後、私の目論見通りに左翼の戦況は推移し、数で劣りながらも優勢を維持しております。ここはひとつ、高笑いでもしたいところなのですが……全体の戦況としては劣勢。あまり浮かれてもいられないのです。
中央と右翼は、敵の攻勢を押し止めるのに必死。貧弱ではあるものの防御設備もあってか、崩壊こそ免れているような状況です。特に、敵側の魔術攻撃には手を焼いているようで、敵魔術師を抑え込まなければ……夜を迎える前に、大勢が決してしまう可能性も。ですから……。
「グレイの特務部隊はどこに?」
「私どもより更に外。左翼に群がる敵軍を、背後から攻撃中です」
この戦場唯一の騎乗兵部隊。それが特務部隊です。こちらの軍は、防衛戦を念頭に置いていたため、我が家の騎士団であっても歩兵として運用しています。敵軍に関しては、物資の不足が祟り、運用コスト面で騎乗兵を歩兵に転換した模様。ですので、敵味方を含めて、高機動戦闘部隊は特務部隊が唯一なのです。
「セバス、グレイに伝令を。敵の魔術師をかく乱せよ、と」
「承知しました、お嬢様」
本当なら、排除をお願いしたいところです。ですが、固く護られているであろう敵方の魔術師をとなると、こちらの虎の子である特務部隊の壊滅もあり得ます。ですから、かく乱だけで充分。こちらの軍への魔術攻撃を減らすだけでも、中央と右翼の戦況は持ち直すと信じております。
伝令を受けたグレイ率いる特務部隊は、敵軍後方に位置する魔術兵団付近へと移動。騎乗兵を返り討ちにせんと、魔術兵団の攻撃目標が特務部隊へと向かう。だが、グレイは魔術射程ギリギリを駆けまわるのみで攻撃を行う事は無く、魔術兵団やその護衛部隊も深追いを避け、睨み合うばかり。……かく乱は成功し、両軍の戦況も平衡へと揺り戻っていった――
そして、一日目の戦闘は、日暮れを迎えた事で終わりを告げました。いくら攻め気に逸っている侵攻軍といえど、夜を徹しての攻撃はリスクが大きすぎるとの判断なのでしょう。大人しく軍を後退させ、開戦前に敷いていた野営陣地へと戻っていきました。これにより訪れた、一時的な安息の時間……というのは、指揮官である私には無縁の話。これから、指揮官級の人物が集まっての会議が始まるのです。
総司令部として使用されている一際大きな天幕へ、セバスを連れた私は赴きました。そこにはすでに私たち以外の参加者が集まっており、空いている席へと腰を下ろします。すると、実質的に全軍を指揮する立場にある我が家の騎士団長が、私の顔色を窺いながら会議の開始を宣言します。
「ええ、では……本日の戦況報告及び、明日以降の計画についての会議を始めさせていただきます。よろしいですか、お嬢様?」
「……よろしいわ。それと、この戦争中においては、私に伺いを立てるのはやめなさい。扱いについても、他の指揮官同等で結構よ」
ここは戦場、今は戦時。この場で最も軍事に明るい騎士団長こそ、最も発言力や権力を有するべきである。私はそう思っておりますの。でなければ、勝てる戦も勝てなくなってしまいますもの。
「そういう事でしたら、そのように。では、本日の……」
私の意を酌んだ騎士団長は、面倒で複雑な上下関係から解放され、スムーズに会議を進行させていきました――
様々な報告や状況説明の中、最も重要なのは双方の被害状況でした。こちら側の戦死者は百名ほどで、重軽傷者はその数倍。対して敵側は、こちら側よりも若干多い程度との事。この結果は、思っていたよりもこちら側の人的被害が少ないと喜ぶべきか、敵方の数を思ったほど減らせなかったと悔やむべきなのか……非常に悩ましいところです。
というのも、お互いに同数程度の損害を出し続けていけば……先に兵力が枯渇するのは、こちら側。単純計算で言えば、倍近い数の敵を減らしていかなければ……負けてしまうのです、通常は。ですが、こちらには逆転の一手があります。ですから、被害を最小限に抑えられた事は、明日以降に活きてくるとも考えられるのです。
ですが、報告を一通り聞き終えた私には、どうしても腑に落ちない点が一つあるのでした――
「騎士団長、敵側には神人が居るはずですが……今日の前線には?」
「目撃情報はありませんな」
開戦初日から攻勢を仕掛けてきた割に、最大戦力である神人が動かなかった事。これが意味するところは?
「今日の苛烈な攻撃でも、敵側としては様子見だった?」
「その可能性が高いでしょうな。そして、防御設備に損害を与える事こそが目的だったやもしれませぬ。本番は……明日でしょうか」
今日一日の戦闘で、木柵の多くは損傷しました。急ピッチで修復を進めさせていますが、夜闇での作業ですから……成果は期待できないでしょう。でしたら、事前計画よりも前倒しとはなってしまいますが、カードを切っていくべきでしょう。
「奥の手を明日、発動しますわ! それと、グレイ。早速ですが、仕事の時間ですの」
「へいへい、人使いの荒いご主人様だこって……」
奥の手は勿論、奇襲攻撃の事です。あえて奥の手と言うのは、遠見の術を警戒しての事。そして、グレイへの仕事、それは……元野盗としての腕前を発揮していただく事。もっとも、貴族である私が発令する仕事としては恥ずべき事なのでしょうが、恥辱の加護を授かっている私としては……なんの問題もありませんわね。




