139 sideB
キャンベル家の当主様が演説を打ったその直後、冒険者ギルドメティカ支部は芋を洗うような大混雑でした。それは、当主様のお話にあった依頼を受注するために、冒険者の多くが一斉に押し寄せたからです。もっともそれは、メリたちにとっても他人事ではなく、キャパオーバーのギルドハウス内で……押し潰されそうになっているのですが。
「くっ、苦しいのです!」
「大丈夫かい、メリサンド君!?」
王都本部よりも若干規模が小さいメティカ支部。しかし、集まった冒険者の数は千人に迫る勢い。王都本部であっても収容しきれない人数です。なので、依頼受注待ちの行列が受付から始まり外にまで続き、受注を終えた冒険者たちも、あまりの混雑ぶりになかなか出入り口まで到達できず……滞留。結果、小柄なメリは人に埋もれ、ハイランドさんの救助待ちなのです。
「ぷはっ! 助かったのです……」
ハイランドさんの手によって引き寄せられ、メリはパーティのみんなのもとに帰還。みんなに護られるような形で、行列での順番待ちへ復帰しました。そして、しばらく経って。
「次の方、どうぞ」
一組前のパーティの受注処理が終わり、メリたちの順番が回ってきます。どこか聞き覚えのある声に首を傾げながら、受付カウンターの向こうの受付嬢に視線を向けると……。
「キサラさんなのです?」
何故でしょうか? 王都本部所属のはずのキサラさんが、受付業務を行っていました。つい反射的に投げかけたメリの問いに、キサラさんは微笑みながら答えます。
「はい、キサラです。こうなる事を予想して、助っ人職員として働いているんですよ」
なるほど。確かにこの混雑です。人手は多くて困る事はないでしょう。それに、メティカ支部の職員よりも、お互いに見知った王都本部の職員に対応してもらえたほうが効率的ですし……なにより。
「ご無事でなによりなのです、キサラさん」
非戦闘員であるギルド職員たちは、避難民に混ざっての避難。なので、護衛の仕事を請け負っていたメリたちは、キサラさんたちの安否を確認出来ていませんでした。ですから、ここで顔を見られて……安心しました。
「……王都脱出からここまでの護衛まで、本当にありがとうございました。それでは、依頼受注処理を始めてもよろしいでしょうか?」
メリたちが頷くと、手早く処理を終わらせるキサラさん。そして、このまま終わりだと思ったメリたちは、受付カウンターを離れようとしたのですが……。
「少々、お待ちください。皆さんには、追加で指示が届いております。こちらを」
差し出された書類を代表して受け取ったディンガさんは、メリたちにも見えるように掲げてくれました。そして、その内容に目を向けると……。
ハイランドさん、ジゼルさん、ディンガさん、ドーリスさん……そして、メリ。魔術師ギルドにしか籍がなく、別行動で依頼を受注しに向かったジゼルさんの名前までもが書かれています。その下には、明日の正午、キャンベル家の屋敷まで来て欲しいとの一文が。そして、最下段。この依頼自体の依頼主であるキャンベル家当主様の名前と共に、部隊長という肩書でシルバさんの名前も。
情報量が少なすぎです! 屋敷まで出向くのはやぶさかではありません。ですが、そこでなにをするのかという事が、一切書かれていません。なんのための呼び出しなのか? そして、そもそも……。
「俺たちが依頼を受けなかったら……どうするつもりだったんだ?」
ディンガさんがそう呟きました。全く以てその通りです。それに、なにかしらの簡単なお願い事があるのなら、より確実な手段……例えば、女神ラブ様に頼んで伝えてもらえばいい訳です。ですから、わざわざこのように回りくどく、依頼を受けた事を前提の手段を選ぶという事は……?
「それもそうなのですが……厄介なお仕事を割り振られる気配がするのです」
「うむ。だが、それだけ信頼されているという事の裏返しだ」
まあ、ドーリスさんの言う通り、そういう事なのだとは思います。それに、シルバさんたちにも都合があるのかもしれません。なので明日、屋敷に伺い……直接訊くしかないのでしょう。厄介であろうお仕事と、このような手段を選んだ理由を。
「……色々と文句はあるのです。でも、行かない訳にはいかないのです」
「そうですね。もっとも、依頼主であるキャンベル候の名前がある以上、拒否する権利もありませんが……」
メリたちは頷き合い、指示通りに屋敷へ出向く旨をキサラさんへと伝えました。そして、未だに衰える事のない人混みをかき分け、ギルドの外へ。魔術師ギルドで依頼の受注を終えたジゼルさんと合流し、宿へ。
そして、翌日。正午を告げる鐘が鳴る少し前に、メリたちは屋敷の正門前へと到着していました。ちょっと引いてしまうぐらい立派な門構え、その奥に見える屋敷に至っては……豪華さだけなら王城と張り合える気がします。そんな感想を抱きつつ、門衛の兵士へとギルドタグを提示……開門。使用人たちに案内され、無駄に広い前庭を抜け、やっと屋敷の玄関へ。すでに開け放たれている玄関ドアの先で待っていたのは……。
「シルバさん! わざわざメリたちを呼び出さなくても……」
「――メリちゃん、言いたい事があるのは分かってるけど……とりあえず中へ」
メリの苦情を遮る形で、屋敷へと入るように促されました。そして、屋敷へと踏み込んだ瞬間……なんとも表現しづらい感覚を覚えます。なにかに護られているような、心地よい温かさに。
「っ!? シルバさん……この感覚は?」
「遠見の術を阻害・誤認させる結界だよ。女神アンティス様にお願いして、この屋敷に施してもらったんだ」
その話を聞いて、即座に色々と納得しました。わざわざこのような回りくどい手段を選んだ理由を。
「とても大切なお話があるのです?」
「うん……。みんながここに居るって事は、依頼を受けてくれたんだよね? だったら、凄く重要な話があるんだ」
そう話したシルバさんは「立ち話もなんだから」と続け、メリたちをとある部屋まで案内してくれます。そして、部屋へと入ると……二人の男性と一人の女性が、席について待っていました。キャンベル家当主様、レイナ様、そして……グレイさんです。先の二人は理解出来ますが、何故……グレイさんが?
いえ、グレイさんがキャンベル家に協力している事は知っています。メリたちが王都からメティカへと避難している際、道中で必要な食糧や消耗品などの補給品を届ける輸送隊を率いて、幾度となく物資を運んでくれたのですから……。
ですが、ここに集まっているメンバーを考えると、一人だけ……あまりに異質。貴族、冒険者、魔術師、そして犯罪者。グレイさんは犯罪者なのです。それも、かなりの重犯罪に手を染めた……です。
そんな事を考えていたのですが、ついついグレイさんを凝視し過ぎてしまいました。あまりにも不躾な視線だったのでしょう。グレイさんは、苦笑しながら言葉を発します。
「おい、森人の嬢ちゃん。言いてぇ事は分かる。分かるんだがよぉ、もちっと隠したほうがいいぜ?」
「えっ、あっ、ごめんなさいなのです。悪気はなくて、興味本位というかなんというか……」
誤魔化そうとはするものの、すでに手遅れっぽい感じです。そんなメリたちのやり取りを眺めていたシルバさんは、グレイさん同様に苦笑しつつ、席に着くよう促します。
「メリちゃんたちも、適当な場所に座っちゃってくれるかな。グレイについては、追々説明していくからさ」
やらかしてしまいました……。グレイさんについては、奴隷狩りに関与していた森人の敵でした。ですが、今現在は……重要な話を聞かせるに相応しいと選ばれ、この場に集められた味方。少なくとも、奇異や敵意の目を向けるべき相手ではありません。その事を反省しながら、メリは空いている席へと腰を下ろすのでした。




