013 sideB
「魔術」というものは学問だという人がいます。「魔法」というものは神の奇跡だという人がいます。メリはそんな事ないと思っていました。ですが、シルバさんの魔法を見て、考えを改めるのでした――
魔術とは、人類の歴史です。大昔、魔獣が世界に溢れていた時代がありました。迷宮から流れ出すマナは世界に満ち満ちて、魔獣が次々に現れたのだそうです。人類は団結して戦うも、徐々に生存圏を縮小していきました。そんな窮状を見兼ねた神様たちは、魔法をもとにして作り出した魔術を人類に与えます。初めそれは、戦況を覆すようなものではありませんでした。ですが、人類は魔術に期待したのです。その可能性に……。
魔獣との厳しい戦いの中、人類は魔術を発展させていきました。神様から与えられた原初の魔術――現在の無属性生活魔術――をもとに、魔術に属性という概念が生まれました。多くの術者が発動をイメージし易いようにと、詠唱という手段が生まれました。発動の規模や身体にかかる負担から、難易度による区別が生まれました。他にも多くの発見と研究が続き、現在の魔術の基礎が作り上げられたのです。魔術は神様から与えられた奇跡で、人類の積み上げてきた歴史だと疑ってはいませんでした。
ですが、魔法という力を見て……メリの考えは脆くも崩れ去りました。シルバさんの使った魔法は、一見魔術にも見えるような地味なものでした。一部を除いては、ですが。そして、その一部が最も大きな違いなのです。魔法は世の理を覆す。万物の法則を無視するのです。魔法が奇跡である証左といえるでしょう。
魔術で生み出した水は、術者の制御範囲を離れればただの水。「水の球」の魔術は、高速で射出した水を叩きつけるもの。対象に命中した水球は、ただの水同様に飛び散って地面へと落ちていくだけなのです。魔術であれば、です。……魔法では、水が低所に向かうという法則を無視します。奇跡と呼ばずにはいられないのです。
「シルバさん、笑い事じゃないのです! それに……シロ様も知っていたのです?」
「メリサンド、ごめんなさいにゃ。知ってましたが、指摘するのを忘れてたにゃ」
「お二人は、身分を隠す気が無いのです? メリのように魔術の知識を持つ人が見れば、魔法を使った=神人だと分かるのです」
折角、認識阻害の神具を貸していても、魔法を使える事が露見すれば神人だとばれてしまいます。魔法は神様か神人、あるいは加護持ちを含んだ多くの聖職者が儀式によって発動させるもの。単独で発動させていては……神人だと名乗っているようなものなのです。そして、神人は加護持ちと比べて、遥かに数が少ない。神人出現の報せが届けば、キャンベル家の兵までこの森に押し寄せてくるのです……。神人=シルバさんと分かり切っているので。
「主様、剣や弓で戦うですにゃ! そうすれば、きっとばれないはずにゃ」
「了解。メリちゃんもそれでいい?」
「いいのです。元々シルバさんには、魔術戦闘より物理戦闘要員として期待していたのです」
「そっか。それじゃあ、戦闘訓練を再開しよっか」
その後、メリは指示を出し続けました。指示が追いつかないくらいの掃討速度だったからです。賊が優勢の戦闘地点を指し示すと、驚異的な速度でシルバさんが向かい、驚愕の戦闘能力で圧倒していきます。集落のみんなが複数人で抑える相手を、鎧袖一触と言いたげに一振りです。後方で指揮していた賊も、生い茂る木々をものともせずに一射で仕留めてしまいました。そして、残敵の掃討に局面が移ったことで、やっと指示だし業務から解放されたのです。
「シロ様……神人という存在は、全員があれ程に理不尽な強さなのです?」
「あれは、主様だからですにゃ。八大神の神人であっても、主様に敵う存在はいないはずにゃ」
メリは安堵しました。負神の神人があれだけの力を持っていれば、負の心に導かれるままに破壊の限りを尽くすだろうから……。ただ、それと同時にいくつかの疑問が浮かんだのです。
「神様の格が神人の格に直結しないのです?」
「普通ならその通りですにゃ。しかし、主様は例外ですにゃ」
「じゃあ、そもそもなんで主様と呼ぶのです? 分神であるシロ様が主様であって、シルバさんが従う立場のはずなのです」
「それは、■■■■だからですにゃ」
シロ様から発せられた声に、得体の知れない”なにか”が邪魔をしました。神力の塊のような力に、様々な感情が激しく想起されます。ただの加護持ち程度では、受け止めきれないほど……。
「シロ、様……。メリの心が……ぐちゃぐちゃ、なのです……」
「メリサンド、ごめんなさいにゃ。神々の誓約は、人の身には危険なのですにゃ」
何度も深呼吸を繰り返し、メリは平常心を取り戻しました。そして、そんなタイミングで残敵の追討を終えたシルバさんが帰ってきたのです。
「メリちゃん、どうかな? 俺の戦闘力は」
「文句なしなのです! 軍に追われたとしても、大丈夫な気がするのです」
「それは言い過ぎだって」
そう言いながら笑うシルバさんと共に、メリたちは集落に戻ったのでした。ちなみに、今日の襲撃で亡くなった森人の人数は……ゼロでした。
その後も、毎日のように奴隷狩りの賊が襲ってきました。幸い、シルバさんが防衛に協力してくれる事もあり、大きな被害は出ていません。ですが、賊の襲撃も開拓団の進出も、いよいよ激しさを増してきました。徐々に増える侵略者たちを相手に、集落のみんなは死者こそ出ていないのですが……ゆっくりとしかし確実に消耗していきました。
ですが、そのお陰で説得は無事に完遂出来ました。シルバさんの強さを目の当たりにし、無謀だと思われた逃亡計画に期待を持てた事。本格化した侵略者たちの攻勢が、抗戦の心を折った事。これらが、頑なだったじいちゃんたちの心を動かしたのです。これで、逃亡計画を始動させられます!
「シルバさん! シロ様! 逃亡開始は今夜なのです。……みんなに明るい未来が訪れるよう、お願いしますなのです」
「ああ、任せてくれ! みんなの信頼に応えられるよう、俺も精一杯頑張るよ」
「主様とメリサンドだけで充分でしょうが、もし危なくなったら私も手を貸しますにゃ」
そして、その日の夜。二百ほどの森人全員が、集落を後にしました。荷馬車のような物はなく、多くの物品を置き捨ててきました。ご先祖様から受け継いだ森を護るという矜持すら、捨て去りました。ですが、後悔はありません。未来を閉ざす決断よりも、未来に期待する決断が出来たのですから――
夜の森は、森人であるメリたちであっても過酷でした。賊や獣に気付かれぬよう、明かりは最低限。突き出た枝で身を切られ、露出した根に足を取られる。それでも森を北上し、平原へと到達した頃には日が昇り掛けていました。そこからは、時間との勝負です。賊がもぬけの殻となった集落に気付き、メリたちに追っ手を差し向ける。この間に、どれだけリードを作れるかで、この逃走の難易度は随分変わってくるのです。
しかし、そこはやはり森人でした。元々の身体の弱さに加え、夜を徹しての森越えや持ち出せた物品の運搬、慣れない平野部の移動……。みんなの歩みは、どんどん遅くなっていきました。そんな訳で、メリやシルバさんはこれ以上の強行は無理だと判断し、野営の準備を始めるのでした。
「シルバさん。早々に賊に捕捉されるっぽいのです」
「そうだね。このペースだと、早ければ明日かな?」
「はいなのです。明日が第一の関門なのですよ!」
メリは奮い立つべく声を上げた。その様子を見たシルバさんが、「気が早い」と言って笑うのでした。




