138 sideA
「避難民を襲いに来た訳ではないのか?」
油断なくグレイの一挙手一投足に警戒しながら、そう問い掛けた。すると、グレイどころかその部下と思しき賊たちからも……どっと笑い声が上がる。
「ハッハッハ! お頭、メチャクチャ疑われてんじゃないっすか!」
「クックック……。頭の凶悪なツラじゃ、敵に見えたってしょうがねぇしなぁ!」
部下たちと共に笑っているグレイが、「うるせぇ」と冗談半分本気半分といった様子で部下を制した。そして、俺に向けて逆に問い掛けてくる。
「キャンベルのおっさんから聞いてねぇのか?」
「なにをだ?」
「あんの狸オヤジ! ちゃんと説明ぐらいしとけよな……。俺様たちは協力者だ。今のところ、敵じゃねぇぜ」
確かに、敵意のようなものは感じない。グレイの心の色も、以前のように真っ黒ではない。……だからといって白い訳でも無いが。ただ、少なくとも……敵じゃないというのは本当のようだ。抜いていた剣を鞘に納めながら、俺はこいつの本心を訊き出そうと試みる。
「敵じゃない事は納得した。だが、お前はそれでいいのか? 俺を羨望させるという目標は?」
「おいおい、お前は腕っぷしだけが人の価値だと思ってんのか? タイマン張って屈服させるだけが羨望させる手段だと?」
勿論、そんな事は思ってない。だがしかし、こいつのこれまでのやり口を考えるに……。
「違うのか? お前はてっきり、俺を打ち倒したいのだと思ってたが……」
「前までは、な……。だがよぉ、俺様は気付いたんだよ。羨望される方法はいくらでもあるってな!」
「グレイ、お前は変わったな……いや、戻ったのか」
ラ=ズンダ村で出会った時のように笑うこいつを見て、少し羨ましいと感じてしまった。状況に踊らされ、未だに目的である自身の過去を取り戻せずにいる俺。一時は羨望の炎に狂いながら、それを克服し……過去の自分を取り戻したグレイ。俺からしたら、ただただ眩しく見えてしまう。
ただし、村をグチャグチャにした事は未だ……許すつもりもない。罪なき村のみんなを殺戮したという事実は、例え……羨望の神や加護に惑わされていたのだとしても、償うべき罪。もっとも、その償わせ方なんてものを俺は知らないし、死した村のみんながそれを望んでいるのかも分からないけど……。
だからだろうか。このままいけば……許せる日が来るのかもしれない。いや、心のどこかで俺は……許したいと思っているのかもしれない。目覚めてから最初の友であり、それゆえに狂わせてしまった……争乱をまき散らす俺にとっての、最初の被害者なのだから。
「変わった? 戻った? よく分からねぇな。って、お前! 羨望しただろ? 神力が流れ込んできたぜ?」
「ああ、羨ましいと思ったよ。それと、これからは仲間としてよろしくな……親友」
少し格好をつけて言ってみるも、当の本人は「羨望させてやったぜ」と騒いでいて、全く聞いていなかったのだった……。
その後、大量に到着した避難民の誘導を忙しく手伝い、やっと落ち着いた頃には……ハイランドさんやジゼルさんも街に到着していた。そして、護衛として追従してきた王都ギルド所属の冒険者や魔術師は今、エンリケさんによって街の中央広場に集められている。いや、何事かと押し寄せる市民もごった返していて、広場周辺は人の密集地帯と化していた。
そんな中、俺はというと……エンリケさんの隣に立っている訳だ。逆隣りにはレイナ様が居て、間違いなく……この集会の中心ポジションに立たされているのだ。しかも、事前説明は一切なし。呼び出しを受けて顔を出したところ、この場所に連れられ……今に至る。
当然、集められた冒険者と魔術師や集まってきた野次馬市民にも、この集会がなんなのかは伝えられていない。なので、好奇や訝しむ視線が主に俺へと向けられており、なんともいたたまれない気分である。しかし、やっとエンリケさんが口を開いてくれたお陰で、視線が一気に俺から離れていってくれた。
「無辜の民を救出してくれた英雄たちよ、民に代わって感謝する! ありがとう!」
エンリケさんが頭を下げた。あの大貴族キャンベル家当主、王不在の現状では……旧トラディス最上位の存在のエンリケさんが、だ。それも公衆の面前で……。そのため、集まった人々はざわつく。どうしていいのか分からないからだ。しかし、エンリケさんは、頭を下げたまま次なる言葉を発する。
「そして、英雄たちに頼みがある。力を貸してくれ! この国を取り戻すために!」
そこまで言い切った後、エンリケさんは頭を上げ、集まっている冒険者と魔術師たちを見渡した。すると――
「天下の大貴族様にここまでされちゃ、やらねぇ訳にはいかねぇぜ!」
「そうだそうだ! それに、王都ギルドを取り戻すのは……俺たちの仕事だぜ!」
まず、冒険者たちが賛同の声を上げていた。それに感化されたのか、魔術師たちも参加の意思を見せ始める。しかし、だった。この勢いを殺すかのような言葉を、エンリケさんが包み隠さず言い放つ。
「しかし、敵は強大だ。兵数で我々は劣り、決して楽な戦いとはいかない事だろう」
この言葉により、先ほどまでの熱気に水が差された。そして、野次馬の市民たちには、恐怖の感情が蔓延し始める。勝てないのだろうか。そんな声すら聞こえてくるようになると、エンリケさんは薄っすらと笑っていた。これも全て計算の内だったらしく、俺の背中をそっと押し、一歩前へ出るよう促される。俺へと再び集まる視線。それを確認したエンリケさんは、高らかに宣言する。
「だが、彼がいる! 数多のS級魔獣を屠った『S級喰い』の猛者にして、愛の女神の神人! 一騎当千の彼が……君たち英雄を率いる! 負けると思うかね?」
落としてから上げ、更に問い掛ける。なんとも上手いやり口だ。まあ、利用された俺としては……堪ったものではないけど。そんな事を考えていると、所々で熱狂的な声が上がる。
「負ける訳がねぇ! シルバの馬鹿げた強さを、俺たちは何度も見てきたからな!」
「ええ、そうよ! シルバさんが居てくれるなら、負けるなんて考えられません!」
国境城壁で共に戦った人たちを中心に、多くの冒険者や魔術師が、負けるなんてあり得ないと叫んでいる。そのお陰か、野次馬の市民たちに蔓延していた恐怖も吹き飛び、いつの間にか歓声へと変わっていた。その事に満足したエンリケさんは、最後にこう言う。
「ならば、共に戦おう! その意志がある者は、ギルドで依頼を受けてくれ! 多くの参加を待っている!」
散々騒がしかったけど、ここにきて今日一番の盛り上がりだった。まるでお祭り騒ぎ。まだ戦闘すら始まっていないのに、すでに王都奪還を果たしたようなそんな……。
そんな広場の中央から、なんとか離脱を果たした俺やエンリケさんたち。キャンベル家の屋敷へと向かう道中、俺は不満を口にする。
「エンリケさん。俺が神人である事を公表するにしても、やり方というのがあると思うんですけど?」
「ああ、だからこそだよ。カードというのは、最高のタイミングで切ってこそだと思うがね」
確かに、士気の向上効果は……最高だった。そして、多くの王都ギルド所属の冒険者や魔術師が、北部奪還作戦に参加してくれるであろう事も。ただ、見世物のような扱いというのは……。
「それはそうですけど、利用された側としてはですね……」
「このパフォーマンスは……君が多くを成してきたからこそ、このような結果になったのだ。いや、皆から信頼を集めたからこそと言うべきか」
苦情を遮って伝えられた言葉に、俺はそれ以上……なにも言えなくなってしまった。上手い事丸め込まれた気がしないでもないけど、それ以上に嬉しかった。流され踊らされてばかりの俺でも、みんなが信頼してくれているという事が。そして、その事に気付かせてくれたエンリケさん。打算だけでなく、俺の事を考えての行動だったのだと信じよう。




