136 sideD
「お父様! 酷いわ! あの時の私は、心からシルバを手に入れようと必死でしたのに……その気持ちまで利用するなんて!」
「ごめんよ、レイナちゃん……。しかしだな、あれは必要な事だった訳で……」
お父様は、この国の貴族として立派な判断を下したとは思っております。ですが、私は……裏切られたという気持ちを捨て去れませんでした。だって、欲しいものはなんでも与えてくれるお父様が、唯一与えてくれなかったもの。それが、シルバ。今でこそ弁えたつもりですが、あの頃は……本当にシルバを欲しくて欲しくて仕方がなかったのです。ですから……。
「分かってはおりますの。お父様が正しかったと。ですが、それなら教えて欲しかったのです! 先ほど話された事を」
「……あの頃のレイナちゃんに話したとして、素直に納得出来たのかい?」
「そ、それは……」
お父様の言う通り、納得は出来なかったでしょう。シルバを手に入れられるのが当たり前だという妄執に囚われた私では、アンティス様のお言葉より……欲望を優先した事でしょう。その事が分かり切っていたからこそ、お父様は私に話さなかった……いえ、話せなかった。
「ただ、果てしなく後悔したよ。だって、レイナちゃんは……恥辱の神から加護を授かるほどに恥辱に塗れたのだからね」
お父様は、心の底から悔しそうな表情と声色で言いました。加護を授かる事は、本来であれば名誉。ですが、恥辱の加護ともなれば……。そう考え、今も悔やんでいるのでしょう。
しかし、です。私は、加護を授かって良かったと思っております。貴族としては不名誉な加護だったとしても、私は力を手に入れたのです。自らで欲しいもの……シルバを追い求める力を。与えられるのではなく、自らで手に入れるための力を。そして、その強い意志も。ですから、お父様が気に病む事では無いのです。
「お父様、加護については悔やまないで下さい。私は満足していますの。ですが、一つだけ約束して欲しいのですわ」
「約束……?」
「ええ。今後、私に隠し事はしないで頂きたいのです。あの頃の私とは違いますし、次代のキャンベル家当主として……知る権利があるはずですわ!」
私はもう、護られるだけ気を遣われるだけの令嬢ではありません! シルバに逃げられた後、散々悩みました。シルバとの再会を果たし、己を見つめ直しました。再びのシルバとの別れで、己の責任と未熟さを知りました。そして、私は成長したと思っています。まだまだお父様には届きませんが、それでも……甘やかされるだけの令嬢だったあの頃とは違うのです!
「分かったよ、レイナちゃん……いや、レイナ。愛しい娘のレイナちゃんとしてではなく、後継者のレイナとして接する事とする。これでいいかね?」
「はい、お父様……いえ、当主様!」
「そこは、お父様のままで良いと思うが。いや、レイナの意志を尊重しよう。……立派に育ったね、レイナちゃん」
良く知る優しいお父様の表情が、大貴族キャンベル家当主の顔に変わっていました。ですが、最後の一瞬だけお父様の顔に戻り、なにやら呟いたように見えましたが……聞き取る事は叶いませんでした。ただ、訊き返すのは野暮というもの。それにきっと、訊ねても答えてくれないのでしょうから……。なんて考えていると、この場にシルバが居る事を思い出しました。
「あっ、シルバ……。見苦しいものを見せたわね」
「いえ、無事に話がまとまったようで安心しました」
シルバの優しく見守る瞳を受け、少々の気恥ずかしさ感じていたその時です――
(導き手エンリケ、貴方には苦労をお掛けしました。ですが、無事に使命を果たして頂けた事……感謝いたします)
「アンティス様!?」
恥辱の神シェイム様とは違う、清らかな気配を感じさせる美しい声でした。この場に居た全員の頭に直接聞こえたであろう声に、普段の落ち着きを失った当主様が驚きの声を、シルバはぽかんとして固まっていました。そして、私も……突然の事に絶句中です。ですが、こちらの動揺をものともせず、アンティス様の声は続きます。
(次に、シルバ様。とても大切な事柄を伝えねばなりません。心して聞いて頂けると幸いです)
「期待と予期の女神アンティス様? 大切な事とは一体?」
(ちょっとした、されど貴方様の行く末を左右する助言……又は忠告です)
「聞きましょう」
当主様を導き、最悪の事態を回避させたアンティス様。そんな、先を見通す偉大なる神からのお言葉なんて……助言や忠告ではなく、予言と言っても良いものでしょう。ですが、私なら聞くのを躊躇ってしまいそうなものですが、シルバは迷いなく頷いていました。なので、アンティス様は語り始めます。衝撃的な未来を……。
(この地の南、「神の封鎖地」。彼の地の結界は……消え去ります)
「えっ?」「なんだと!」
シルバも当主様も、驚きつつも困惑がこもった声を上げました。シルバの反応は理解できます。逃亡先と目していた地が、逃亡先として利用できなくなったからだと。ですが、当主様の反応は……何故?
「当主様? なにを驚く事があるのです?」
「レイナ、大平原の立地を考えてみてくれ」
「ええ。北を峻険な山々に遮られ、東西を険しい断崖によって内海と切り離され、南を封鎖地によって分断された……孤立地ですわ」
東西南北。どの方角においても外地から隔絶された、ある意味で平和な、ある意味で取り残された地。それが、大平原です。ですから、それがどういう事かと……あっ!
「理解したかね? 孤立地では無くなるという事が。そして、その場合に必要な事も」
封鎖地であった大森林の南側は、正と負の小国が入り乱れ相争う激戦地。その地との行き来が可能になるという事は……。
「防衛のための兵が必要ですわ。いえ、兵だけでなく……防衛のための施設や、物資の補給ルートなども」
「そういう事だ。これは……このタイミングとしては、非常に良くない事態だ」
現在、北部の奪還に向けて動く私たちは、南にまで手を回す余裕はありません。ですが、当主様もシルバも、大切な事を訊ねていないように思います。なので、私が訊ねましょう。答えが頂けるかは怪しいですが……。
「アンティス様、お聞きしたい事が御座いますわ。結界が消えるのは……いつでしょうか?」
(恥辱に塗れながらも己が道を定めた娘。その問いの明確な答えは、私でも持ち合わせません。近々。これが私の言える全てです)
これは、私が負の神からの加護を授かっているから答えを頂けなかったのではなく、本当に知らないという事でしょう。きっと、神々であっても……全てを見通せる訳では無いという事でしょう。ならば、私がこれ以上訊ねるべき事はありません。そう考えて口を噤むと、シルバがアンティス様に語り掛けます。
「じゃあ、今すぐって訳ではないんですね」
(ええ。そして、絶対でもありません。私の権能”予見”を以てしても、揺れ動く未来は移ろい虚ろなるものなのです)
「大きな変化があれば、未来は変動するって事ですね。ただし、現状は……封鎖が解ける可能性が高い、と」
(そういう事です。ですから、助言であり忠告なのです。では、これからの未来がより良くなるよう期待しております)
アンティス様がそう言うと、頭の中から偉大なる神の力が遠ざかっていきました。そして、繋がりが完全に途切れます。
改めてですが、神々の偉大さを認識した気分です。ですが、それ以上に……私たち人間の可能性も、でしょう。混沌の先を見通す事の出来る力があろうとも、未来を作り上げるのは私たち人間。未来が確定していないと知れた事こそ、なによりの収穫だったのだと思うのです……。




