135 sideA
「お父様、説明不足すぎてシルバが困っておりますわ」
「いけないいけない、そうだったね。順を追って説明せねばならんな」
俺が悩んでいる事を察したのか、レイナ様が口を挟んだ。それにより、エンリケさんも言葉が不足していた事を理解し、先ほどの言葉の意味を丁寧に解説してくれたのだった――
愛の神人である俺を隊長に据え、神人である事を周知する。これには、大きく分けて二つの意味があるというのだ。
一つ目は、戦闘に関する軍事的な意味。こちらは単純で、神人という大きな力を持つ者を軍事の中枢に配置する事で、全体の士気向上を狙うといったもの。負の軍勢には、怒りの神人を筆頭に加護持ちも多く動員されている以上、こちら側にも対抗し得る戦力が居ると大々的にアピールするという訳だ。
そして、二つ目。こちらは少々複雑で、北部奪還後の政治や外交に関係している。俺としてはあまり関与したくない事柄ではあるけど、間違いなく当事者の立場に立たされるので……理解を深めておかなければいけないだろう。
まず前提として、負の軍勢を追い払うのに成功したとしても、この国は全てが元通りとはいかない。王族を再び玉座へ迎えるにしても、新たな国として再出発するにしてもだ。それは、キャンベル家の存在が大きくなり過ぎるから。ゴールド王が王位に戻ったとしても、キャンベル家の権勢が王権を上回るのは確実。建国を選んだとしても、キャンベル家が国の中心となるのは確実。そして、どちらの場合にしても、大きな問題がつきまとう。レイナ様だ。
レイナ様はキャンベル家の次期当主であると同時に、負側である恥辱の神から加護を授かっている。国家の次代の中枢と目される存在が負の側に寄っているというのは、中立的貿易立国を目指す上では大きな障害。ゆえに、俺だ。正側の神人である俺を奪還作戦の要に据える事で、正と負のバランスを取るつもりとの事。少なくとも、北部奪還の完遂時点では、中立的立場を維持できる目算らしい。
ただ、その後……戦後については? ……嫌な予感がするので、それ以上は訊けなかった。でもきっと、エンリケさんやレイナ様は、俺を一族に招き入れようと考えているのだろうな――
「俺が隊長になる理由については、おおむね理解し納得も出来ます。ですが、中立を貫くというのなら……正の国々が派遣するであろう解放軍は?」
「それについても、すでに交渉を始めている。失地回復は我々が行うため、それ以外を任せたいと」
エンリケさん曰く、解放軍の中心である神聖国には、トラディス北部と接する怒王国領土を攻撃。内海沿岸国には、内海上の負側の輸送船を襲撃。陸海における負側の補給線の寸断を担ってもらうとの事だ。正側への大きな借りとなってしまうのは間違いないけど、直接的に奪還を手助けされるよりは遥かにマシであるという。そして対外的には、我々と解放軍には共闘関係という事実は無く、正と負の抗争が奪還作戦に有利に働いたという姿勢を貫くとも……。
「かなり苦しい言い分にも思えますが……」
「ああ、承知している。しかし、それを押し通してこその一流の交渉人だとは思わないかね?」
「はい、そうだと思います。それに、エンリケさんならやり遂げてしまうようにも思えますね」
並みの人物であれば、不可能。でも、この人なら。これまでの卓越した手腕を考えれば……不可能とは思えないから不思議だ。そして、この人と言えば……。
「では、私からのお願いはおしまいだ。次は、シルバ君が話したい事を聞こうじゃないか」
「はい。共闘についてはすでに話が終わったので、訊ねたい事が一つあります。エンリケさん、貴方は何者ですか?」
良い意味でだけど、常軌を逸した先を見通す瞳は……まるで、未来を知っているのではと思えてしまう。だから、その理由を訊いたつもりだったのだけど、返ってきた答えは……。
「私は、キャンベル家現当主エンリケ・キャンベル。多少鼻が利くだけの只の貴族。こういう答えでは駄目かね?」
俺の訊ね方が悪かったようで、貴族らしくお茶を濁されてしまう。当然、このまま引き下がる訳にはいかない。
「駄目だと思います。なので、訊き方を変えましょう。何故、未来を読み切る事が出来るのですか?」
「お父様、それは私も常々考えていましたの。お教え下さいませんか?」
レイナ様の助力も得られた事で、エンリケさんの表情が貴族のそれから父親のそれに変わった。そして、優しく微笑みながら口を開く。
「レイナちゃんにまで尋ねられては、答えない訳にはいかないね。では、拍子抜けしてしまうかもしれないけど、教えてあげよう。神託、いや……予言とでも言うべきだろうか」
「神託ですか?」「予言ですの?」
俺もレイナ様も、思わず訊き返していた。その反応に対して頷いたエンリケさんは、こう続ける。
「期待と予期の女神アンティス様。初めてお声を聞いたのは……五年ほど前だっただろうか」
そして、エンリケさんはこれまでの事を振り返るように語り始めたのだった――
その日、誰もいないはずの執務室内で、エンリケさんは突如として頭に直接語り掛けてくる声を聞いたという。アンティスと名乗る女神の声を。当然、彼は困惑したようだ。だって彼は、アンティスの信徒ではないのだから。ただ、神託の内容を聞く内に、困惑は薄れていったという。信徒ではないからこそ、事の重大さを正しく理解し、己こそが最適であると選ばれたのだと。
そして、その最初の神託というのが、”世を救う希望であり世が乱れる原因である男が目覚める”だったそうだ。それに続く形で南からやってくるとも伝えられ、その後……託された。”その男を助け争乱に備えよ”と。その言葉を最後に、最初の神託は途切れたのだという。
その後は不定期に第二第三の神託が下され、その中にはメリちゃんについての話もあったのだとか。”ここよりほど近い森の中、森人の少女が剣を抱く”。その時点ではなんの事か分からなかったようだけど、調べる内に加護を授かったメリちゃんの存在を把握。予言の男とメリちゃんを引き合わせろという事だと悟ったそうだ。同時に、自身は盾として動くべきだとも。
そして、最初の神託から数年後、俺が現れた。領都から見て南に位置する大平原から来た只人。それだけでは確信できなかった彼は、神殿での鑑定を決断。結果、大争乱の時代となって以降、空席が続いていた愛の神人である事が判明。予言の男が俺だと確信に至り、娘の従者として雇用。記憶の多くを失っていた俺に学ぶ機会を与え、給金という形でその後の旅立ちに必要な路銀を提供したらしい。
しかし、予想外の事態もあったという。それが……娘の執着にも似た、俺へと向ける愛。だけど、愛する娘には悪いと思いつつ、俺をこの地に留まらせ続ける訳にはいかない。なので、断行した。娘の計略に付き合う振りをし、俺をこの地から逃亡させるという手段を。そして、メリちゃんとの邂逅へと導くよう、追っ手を差し向け進路を調整したのだという――
「その後は、ご存じの通り。王家の支援や我が領の戦力向上に努め、争乱へと備えていた訳だ」
「……そうだったのですか。知らず知らずの内に、随分助けてもらっちゃってたんですね」
ただただ、頭が下がる思いだ。感謝は勿論だけど、尊敬といった感情のほうが強いだろう。だって、ここまで状況を整えられたのはひとえに……エンリケさんが優秀だったからだ。神託といっても直接的な表現はあまりに少なく、その殆どは朧気。そんな中、現状を正しく判断した上で対策を施し、その尽力が無ければきっと……この国は全域が占領下。俺もとっくに捕縛されていただろう。
しかし、俺のそんな想いとは裏腹に、レイナ様は苛立ちを隠す事なく……父であるエンリケさんへと抗議するのだった。




