134 sideA
俺が緊張しているのを察したのか、セバスさんが代わりに扉をノックし、中の二人へと入室の許可を求めた。そして、返事が返ってくる。
「入ってくれ」
当主様の渋くとも良く通る声でそう促されてしまっては、入室するしかないだろう。仕えていた頃に叩き込まれた作法を総動員して、失礼が無いように執務室へと入る。すると、すでに応接セットに腰を下ろしている当主様とレイナ様の姿が目に入った。当主様は当然だけど、レイナ様もこうしていると……大貴族に相応しい貫禄を放っていると思う。まさか、城壁から飛び降りるようなお転婆令嬢と同一人物だとは思えまい、なんて考えていると……。
「シルバ? なにやら失礼な事を考えているのではなくて?」
「い、いえ。そのような事は……」
「まあ、いいわ。とりあえず腰を掛けては? それと、セバス。飲み物の用意を」
レイナ様に心を見透かされて苦笑いを浮かべてしまうけど、その些細で陳腐なやり取りのお陰か……緊張も随分緩和された。なので、促されるままに対面するソファへと腰を下ろす。そして、当主様へと再会の挨拶を口にする。
「当主様……いえ、領主様。お久しぶりです。忙しい中、時間を割いて頂きありがとうございます」
「シルバ君……いや、シルバ様。そうかしこまらないで下さい。私の事も『エンリケ』と呼び捨てて頂ければ」
お互いが遠慮し合うような、なんともいえない空気が場を支配する。というのも、当主様……いや、エンリケさんが妙に下手に出てくるのが原因だ。雇用関係にない神人相手だからだろうけど……むず痒くてやり辛い事この上ない!
「では、エンリケさん。とりあえず、妙に丁寧な扱いは勘弁してもらえませんか?」
「……了解した。では私も、以前と同じようにシルバ君と呼ばせてもらおう。これでいいかね?」
俺が頷いて返すと、早速ティーセットを運んできたセバスさんが、流れるような手つきでお茶を人数分用意した。
「シルバ。話をする準備が整ったので、早速始めますわよ」
レイナ様はそう言うと、優雅にお茶を口にする。だけど、話をすると言った割に、レイナ様は喋り始める様子を見せない。なので、俺が口を開こうとすると、エンリケさんが先に口を開く。
「シルバ君からも、色々と聞きたい事やお願い事がある事とは思う。だが先に、私のお願い事を聞いてくれないかね?」
「え、ええ。力になれるかは分かりませんが、聞くだけ聞いてみますよ」
俺の用件は後でもいいだろう。協力して負の軍勢と戦いましょうというお願いと、明らかに異常と言えるほどの先見性の秘密を訊ねる事。内容が内容なだけに、先に相手の出方を窺っておくほうがいいだろうし。
「では、お願いなのだが……再び我が家に雇われ、共に侵攻軍と戦って欲しいのだ」
ん? 雇用の部分は置いておくにしても、こっちからお願いしようとしていた事をお願いされてしまう。まあ、北部奪還を掲げている以上、戦力が必要なのは当然だから、このお願いも妥当といえば妥当だ。ただ、あえて俺が先に言おうとするのを遮ったあたり、なにかしらの思惑がある気がする。
「共闘はこちらから願い出るつもりでいたので、勿論受けさせて頂きます。ですが、雇用というのは?」
「そうか、ありがたい! それで、雇い入れるというのは、後々の事を考えてだ」
「後々の事? 北部奪還後……という事ですか?」
政治的な匂いがプンプンする。多分だけど、国を再興するにあたっての諸事情ってところだろうか。あまり関わり合いたくはない分野だけど、尋ねずにはいられない事でもある。濁したままにしておいて、余計な政治闘争に巻き込まれるなんて……面倒極まりないのだから。
「ああ。トラディス王国を再興する、或いは新たな国を興す。どちらの場合でも、主導したのが我が家なのかシルバ君なのか、という問題が発生する」
「だから、俺が雇われる形になれば……」
「そうだ。我が家が主導したという認識になる。ゆえに、面倒事は私が請け負う事が出来るという訳だ」
それは名案だ。キャンベル家の組織した軍の一員でしかない俺という立場であれば、面倒で厄介ないざこざには巻き込まれない。だから、エンリケさんは俺からの申し出を遮ったのか。あくまで、キャンベル家が俺に協力を持ち掛け、俺が頷いて配下に収まるという形式を整えるために。
そして、これは……互いに利がある。俺が活躍すれば、キャンベル家の功績として見做される。国を立て直すにしろ興すにしろ、キャンベル家の権勢は他を圧倒する事だろう。そして俺は、キャンベル家の庇護下に入り、政治闘争から距離を置く事が出来る。まさに両得。
ただまあ、エンリケさんの事だから、それ以外にも考えがありそうだけど……とりあえず、これ以上は考えないでおこう。腹の探り合いをしたところで、手も足も出ない事は分かり切っている。
「そういう事なら、俺を雇い入れて下さい。ですが、俺……ギルド員なんですけど?」
「そのあたりは問題ない。やり方はいくらでもあるからな。例えば――」
ギルドに登録していると、中立性の観点から、国や貴族には仕官出来ない。もし、どうしてもとなれば、ギルドを脱退しなければならないのだ。ちなみにだけど、魔術師ギルドが人材を斡旋する場合、ギルドからの脱退処理を行っているそうだ。ただし、今回の場合は、その手段は選べない。俺は冒険者も魔術師も辞めるつもりは無く、脱退を受け入れるつもりは無いからだ。
なので、エンリケさんから提案されたのは、王都のギルド群奪還依頼という形での参戦だった。
王都攻防戦時、俺を捜索するという名目で、冒険者・魔術師ギルドは襲撃を受けていた。その後、避難民と共に多くの冒険者や魔術師が王都を去り、両ギルドは負の国々の占領下に置かれている。また、非戦闘系ギルド(商人や職人など)も、度重なる略奪行為によって機能停止。負の国々によって、自由と中立が侵害されている。
「という事は、ギルド総本部に掛け合って、今回の侵攻軍も賊軍に指定してもらうって事ですか?」
「いや、すでに指定されている。だから、なんの障害もなく依頼として発注出来るという訳だ」
最近の負の国々のやり方は、ギルドとしても業腹のようだ。……そろそろ、完全に敵対や撤退してしまうのではというレベルだとも思う。しかし、ギルドとしては、それも難しいのだろう。だって、負の国々の全てからギルドが撤退してしまったら……魔獣や野盗被害に苦しめられるのは一般市民。物資の流通が滞り、物資不足に悩むのもまた一般市民なのだから。
その辺り、負の国々はどう考えているのだろうか? いや、なにも考えていないのかもしれない。盲信する負の神々からの言葉を遂行するため、後先考える最低限の知性さえ放棄しているのだろう……。これでは、人も魔獣もさしたる違いが無いんじゃないかな。なんて、今はそんな事を考えていても仕方がない。
「それでは、キャンベル家が出した依頼を受注すればいいだけなんですね?」
「そういう事だ。ただ、君には……ギルド部隊の隊長を務めて欲しいと考えている」
「……えっ!? いやいや、他に適任者がいますよ! 例えば、トラディス王国冒険者ギルドマスターのハイランドさんとか」
普通に考えるなら、ギルドマスターが部隊を率いるのが一番だ。ジゼルさんだとちょっと不安だけど、ハイランドさんであれば、指揮官としての才覚にも不足が無い。なのに、何故俺?
「いや、シルバ君に任せるつもりだ。愛の神人であるシルバ君に、だ」
すでに、魔導国では神人バレしている以上、隠す必要性は感じない。というか、冒険者や魔術師の間では、この国であっても公然の秘密的な扱いだったりする。しかし、だ。堂々と前面に押し出すのは、気恥ずかしいというかなんというか……。さあ、どうしたものだろうか?




