133 sideA
「王都が陥落しちゃって、国境城壁も降伏か……。それに、王様や重臣も捕虜になってる、と」
(はい。ですので、トラディス王国は滅亡したと考えるべきかと……)
中部中央の大森林地帯を迂回していた俺のもとに、女神ラブからの知らせが届いていた。王都と国境城壁が負の国々の手に落ち、ついでに王様たちも囚われの身だと。ただ、安否を知りたいのは王様たちではない。避難民の中に混ざっていないだろう、あの二人だ。
「女将さんとロニャちゃんは無事?」
(少々お待ちください……。ええ、怪我などは見当たりませんね。ですが……)
怪我が無いようで安心したけど、「ですが」とだけ言って口を噤んだしまったラブの様子に……再び不安が募る。
「ですがの続きは?」
(……略奪には遭っています。しばらく、酒場宿としての営業は難しいでしょうが、二人が生きていく分の貯蓄は残されているようです)
やっぱりか。最近の負の国々の暴走加減を考えれば、なにもおかしい事ではない。まあ、おかしくは無くとも、立派な不法行為な訳だけど……。それにそもそも、物資を略奪しないといけない程に困窮しているというのは、どういう事だろうか?
「とりあえずだけど、二人は大丈夫って事だね。それで、なんで略奪なんかしてるの?」
(侵攻した船団に、物資をあまり積載していなかったのだと思います。その分、多くの兵員を輸送したのではないかと)
短期決戦……いや、早期の俺の捕縛を考えていたと。だから、物資輸送は二の次だったせいで、補給不足で困窮中。なんとも綱渡りな計画に思える。
ただ、よくよく考えれば……俺も結構追い詰められていた。南門を破壊するのではなく奪還を選択していたら、かなり危険だったのではないだろうか。だって、南門を守備する敵の部隊は精鋭揃いだったっぽいし、怒りの神人が背後から迫っていたんだから……下手すれば、挟み撃ちに遭っていたはず。一対一であったから神人を完封出来たけど、敵側に精鋭部隊が加わっていたら、万が一があったのかもしれない。
「そっか。この侵攻を主導したのって、怒王国だよね? かなり厄介な策を立てたもんだね……」
(厳密に言えば、主導したのは怒王国を庇護するアンガーでしょう。厄介という点については、全面的に肯定しますが)
厄介だったけど、なんとか切り抜けられた。それに、補給に問題を抱えている以上、即座に侵攻軍を南進させる事は出来ないだろう。王都に残されている人たちを想えば……素直には喜べない。だけど、時間的な猶予が出来た事には、かなりの価値がある事だけは確かだ。
「じゃあ、急いでキャンベル領に逃げ込もうか! 当主様であれば、いくつも手を打っていそうだし……」
(はい、お急ぎ下さい。アンガーたちが簡単に諦めるとは思えませんので)
その後、街道に沿って南下を続けた俺は、いくつかの宿場町や交易の中継都市を経由。そして、キャンベル領の入口へと到達したのだった。
ただ、王都からの道中に立ち寄った人里の多くは、争乱の気配にいち早く気付いているようだった。人出は少なく、活気も無い。すでに避難準備を始めているなんていう人々も……。それに街道では、北へと向かう騎士や兵の行軍姿も目撃した。きっと、中部と北部の境界線へと向かい、防衛線を構築するのだろう。……これらの全ての原因は、俺。俺が逃げているからこそ起こっている争乱なのだ……。
「やっぱり俺……引き返そうかな?」
キャンベル領と隣領を分ける境界上。関所など無く、領境を示す看板が立つのみの場所で、俺は立ち止まり振り返る。この道を戻っていって、王都に集結している負の軍勢と単身戦えば……。そんな事を考えていると、ラブの声が頭に響く。
(なにを考えているんですか! 主様はきっと、こうお考えですよね? 御一人で戦おうと……)
「そんなに分かりやすいかな、俺?」
(お顔に書いてありましたよ。そして、絶対に駄目ですからね?)
バレバレのようだ。しかし、その忠告を素直に受け入れるべきなのか悩んでしまう。
「でも、俺が逃げ続ける限り侵攻が続く訳でしょ? だったら、原因である俺が一人で解決すれば……」
(原因というならば、それは負の神々です! 主様も立派な被害者なのですから……抱え込まないで下さい)
「いや、俺が原因で、俺はどちらかと言えば加害者側でしょ?」
ラブが言いたい事は分かる。三百年前、負の神々が俺に……なにかしらを企て、実行した。それが全ての原因で、俺は被害を被っただけなのだと。でもそれって、神々の都合の話じゃん。天上での出来事じゃん。……地上の人々には関係ない、愚かしい神々同士の諍いな訳で。だから、地上で今まさに起こっている事だけ切り取れば、争乱の種をまき散らす厄介者。それが俺だ。しかし……。
(その認識は誤りです! だって、そうでしょう? 主様から多くを奪い取った挙句、目覚めたと知るや、更に奪おうとしているのは……負の神々なのですから)
「いや、でも……」
(主様が望みましたか? 更なる騒乱を。主様が求めましたか? 追い立てられる生活を)
そんなの……望んでも求めてもいない。俺が望むのは、平和な世の中。俺が求めるのは、人々が手を取り合う穏やかな生活。だからこそ、俺という存在が……問題なんじゃないか!
「望んでないよ。だけど、俺のせいで争乱が起きている事実は覆らない」
(……虐げられる者を見掛けたとして、主様はどう考えますか? 虐げられるのが悪いと考え、その者を見捨てますか?)
「助けるに決まってる! だって、虐げる側が悪い訳だし……あっ」
そういう事か……。今の例え話は、俺の今の境遇を指しているのか。そして、俺の回答が……みんなが俺に向けている想いだと。
(分かって頂けましたか? ですから主様は、仲間を信じて協力を願い出るべきなのです)
「うん、そうだね。一人で突っ走るんじゃなくて、みんなで力を合わせるべき……だね」
なんというか、恥ずかしい。己の空回りっぷりが。そして、残念でもある。……みんなを信じ切れていなかった、己の浅慮具合が。でも、もう大丈夫! 誠心誠意お願いして、負の軍勢を追い返すための力になってもらおう。
(では、キャンベルの屋敷へ向かいましょう。まずは、キャンベル家と手を取り合うのです)
その言葉に頷いた俺は、止めていた足を動かし始めた。目指すは領都メティカ。そこで、当主様やレイナ様と話し合おう。この争乱を鎮めるために……。
数日後。メティカへと到着すると、なによりも先にキャンベル家の屋敷へと向かう。そして、久々に眺める屋敷の壮大さに見惚れていると、見知った顔の門衛から声を掛けられる。
「聞かされてはいたけど……本当にシルバじゃないか、久しぶり! それで、旦那様かお嬢様に用があるんだろ?」
「えっ、ああ……久しぶり! それはそうなんだけど、今はもう部外者なんだから……入るのは不味いよね?」
「いや、大丈夫だ。旦那様やお嬢様から、『シルバが来たら通すように』って言われてるからさ」
門前払いを喰らわないかと心配だった俺だけど、無事に屋敷の敷地内へと入る事に成功した。そのまま、広大なのに手入れの行き届いた前庭を進んでいき、屋敷の正面玄関へ。すると、俺の到着に気付いていたのか、セバスさんが出迎えてくれる。
「シルバ殿。案内は不要かと存じますが、客人として遇せよとの旦那様の命ですので……」
綺麗なお辞儀の後、ついてこいとばかりに先導するセバスさん。置いていかれない程度に屋敷内を観察しつつ、着いた場所は……。
「旦那様、お嬢様がお待ちです」
当主様の執務室だった。思いの外、トントン拍子でここまで来られてしまったけど……俺は緊張していた。大貴族が相手だとか、元の雇用主だからではない。仕えていた時には気付かなかった、底知れない先見性を持つ当主様がこの先で待っている。それが無性に心強くもあり、恐ろしくもあったからだ。




