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――トラディス王国王都ディストラ、陥落。
シルバが王都からの脱出を果たしてから十日。王城に籠って抵抗を続けていた王国軍であったが、遂に力尽きていた。少数の敵兵が城内へと侵入を許してしまったが最後、雪崩れ込む負陣営連合軍によって、王城は瞬く間に制圧下に置かれてしまったのだ。また、ゴールド王を含めた王族、国政の中枢に近い官僚、王国軍の指揮官など、主要な人物の多くが捕らえられ囚われた。
そして、それらの情報は、未だに防衛を続けている国境守備軍のもとへも届けられていた。……攻め寄せる怒王国軍によって。
守備軍は混乱していた。敵国からもたらされた情報が正しいのか? 士気を下げる目的での謀略ではないだろうか? だがもし、事実だったとしたら……国境城壁を守備する意味があるのだろうか?
統率が乱れた守備軍は、徐々に怒王国軍によって押し込まれていった。そして、決め手となったのは……通信用魔具。ここしばらく途絶えていた王城との連絡。久々に繋がった通信の向こう側から聞こえてきたのは、全く聞き覚えの無い声ばかり。……王都の、王城の陥落が事実だったと知ったのだ。
前面には怒王国軍、背面には連合軍の手に落ちた旧王都。退路が無い事を悟った多くの将兵は降伏。一部の将兵は降伏を良しとせず抵抗……殲滅された。これにより、北部の大半が負陣営の占領下となり、王を囚われ王都を失ったトラディス王国は……事実上の滅亡を迎えたのだった。
その知らせは、地上の多くの国々へと広がっていった。負陣営の国々は、シルバこそ捕らえられなかったものの、二大内海交易の中心地を手に入れられた事を喜んだ。一方、正陣営の国々は、平和的中立を貫いていたトラディス王国への侵略・占領を強く非難。撤兵と領土返還、虜囚解放を要求。特に影響の大きい隣国神聖国や内海沿岸国は、武力行使を辞さない姿勢を見せた。
しかし、負陣営は要求を拒否。シルバの身柄確保が最優先とし、その妨害となる国家・勢力へは……占領・制圧を神意のもと遂行すると宣言。旧トラディス王国の全面占領をも匂わせた。
それにより、正陣営の主戦派各国は、トラディス王国解放軍の派遣を決定。戦争準備へと取り掛かっていく事となったのだった。
旧王国の頭越しに大争乱が加速していこうとする情勢の中、当該地域でも負陣営に対する抵抗の準備が進められていた。旧王国中部・南部の貴族たちは、大貴族キャンベル家の呼び掛けに応じて団結。中立的交易国の復活を旗印として掲げ、旧王国領土の奪還を決意。ただし、当面の目標は南下を目指す負陣営連合軍の撃退と定め、戦力拡充へと進んでいくのだった。
その頃、乱麻の地上を眺めるいくつかの瞳があった。神の座の中心、議事堂。その一室に集まったのは、八大神に名を連ねる負の神々。一柱の女神だけは憎々し気な、残る四柱の神々は穏やかな表情で、机を囲んで顔を突き合わせていた。
「なんでシルバを捕らえられねぇんだ! あれだけ準備を整えて、あれだけ戦力を集めたんだぜ?」
怒りの女神アンガーは早速、万全を期して臨んだ作戦の失敗に憤っていた。しかし、他の神々の反応は対極的だった。
「いや、充分な戦果だ。よくやった、アンガー」
嫌悪の神ディスガストは、失敗ではなく成功だったと言わんばかりに褒めている。
「ええ、彼の御方こそ捕らえられませんでしたが、地上の戦局を左右する要所は押さえられましたし」
「そうそう。地上のみんなはびっくり仰天! ボクに集まる神力もいっぱいで大歓喜!」
「そ、そうですよ……。あ、あの人をどんどん追い詰められてる訳ですし……じゅ、充分すぎる結果です……」
悲しみの神サドネス、驚きの女神サプライズ、恐怖の女神フィアーの三柱も、今回の成果に満足しているようだ。しかし、アンガーは未だに納得がいかない様子。
「お前らさぁ、なにぬるい事言ってんだよ? なにより重要なのは、アイツを捕まえる事だろうが!」
地上の戦局も、神力の確保も……シルバを捕らえる事の前では些事。アンガーの方針には揺るぎが見えない。ゆえに、今回は失敗以外の何物でもない。そんなアンガーに対し、ディスガストは問い掛ける。
「では、次の手を考えているという事か?」
「ああ。じゃなきゃ、お前らに集合を掛けたりしねぇよ!」
その言葉通り、この集まりはアンガーが呼び掛けたものだった。シルバ捕縛についての相談とお願いとの事だ。あのアンガーが相談だけならまだしも、お願いとまで言うのだから……面白半分で四柱の神々は応じたようなのだ。なので、ディスガストは、どのようなお願いが飛び出すのかを期待するような表情で更に問う。
「で、我らに求めるものは?」
「ああ、単刀直入に言うぜ。お前らんトコの神人をこっちに回してくれ!」
「断る!」
考えるまでもないといった速さで拒絶し、なんの面白味も感じないといった様子のディスガスト。一方、このまま引き下がる訳にはいかないと、アンガーは食い下がる。
「お前らも見ただろ? アイツがオレの神人を容易くあしらうトコを! だからよぉ、神人を集めて……」
「駄目だ。我、サドネス、フィアーの神人は、魔導国周辺での実行部隊として必要不可欠」
現在、魔導国は領土を大きく減らしている。しかし、攻め込んだ負の国々も、魔導国から奪い取った領土を維持出来ていない。それは、大氾濫が大量に発生しているからである。もっとも、大氾濫で溢れた魔獣同士が争うという謎の現象によって、手を出しさえしなければ人里が標的とされる事もないのだが。
しかし、そのまま放置する訳にもいかない。魔導国を攻めるには、魔獣を駆逐し大氾濫を鎮め、進軍ルートを確保する必要がある。そこで必要なのが冒険者や魔術師なのだが、これまでの行いによってギルドと負の国々の間には溝ができている。だから、必要なのだ。冒険者などの代わりとして神人が。
「でもよぉ、アイツをいい加減捕まえねぇと……制約が破られちまうんじゃねぇか? だから、頼む!」
「……制約を破る? あり得んな。我々が神力を出し合ったのだぞ?」
アンガーは、交渉の切り札を切っていた。日に日に力を取り戻していくシルバが、制約を打ち破るのではないかと。しかし、ディスガストは一顧だにしなかった。それどころか、席を立って退室する素振りを見せると、そうはさせまいと声を掛けるアンガー。
「待ってくれよ! アイツが覚醒しちまったら……」
「待たぬ。それ以外に用が無いようなので、帰らせてもらう」
ディスガストは退室し、それに続くようにサドネスとフィアーも部屋を出る。クソと呟きながら机を叩くアンガーだったが、何故か未だに退室していないサプライズが声を掛ける。
「ボクのところの神人なら、面白そうだし貸してあげるよ。どう?」
「サプライズ、ホントか!? 是非頼む、すぐ頼む!」
目を輝かせながら縋りつくアンガーの勢いに押され、サプライズは即座に神託を下していた。自身の神人へ、旧王都ディストラに向かうようにと……。
地上と天上。その双方が今後の動きを定めた頃、信帝国の片隅で、二人の美女がじゃれ合っていた。のほほんとした雰囲気を醸し出しながら、とても物騒な事を平然と口にしながら。
「という訳で、それぞれの台本が出揃ったんだね、お姉ちゃん?」
「そうねぇ、キララちゃん。これでぇ、大争乱はもっともぉっとグチャグチャになっていくの。ウフフ」
管理者からもたらされた情報によって、地上だけでなく神の座の動きをも把握した魔人たち。それぞれの動きを妨害し、あるいは助長し……更なる混沌へと向かわせようと画策しているのだった。




