131 sideA
「ハイランドさん! 何故、ここに?」
周囲の敵兵を片付けた俺は、斬り込んできた男性……ハイランドさんへと尋ねていた。魔導国に居たはずじゃ?
「メリサンド君が感じ取ったのですよ。トラディス王国に危機が迫っていると」
「そうだったんですか……。それで、そのメリちゃん本人は一体どこに?」
メリちゃんの危険感知にも驚くところだけど、その話は後でいい。それよりもまずは、メリちゃんたちがどこに居るのかが大切だ。先ほどの風と火の魔術攻撃はメリちゃんとジゼルさんによるものだろうから、遠くに居る訳ではなさそうだけど。
「メリサンド君も他のパーティメンバーも、王都内に散らばっていきましたよ。市民の避難を助けるために」
「そうですか。それじゃあ俺も、なにか手伝える事がありませんか?」
みんなが王都に住む人たちのために動いているんだったら、俺だって。そんな善意からの言葉だったけど、ハイランドさんは首を横に振りながら言う。
「いえ、シルバ君は脱出を優先して下さい。それがなによりの助けになりますから……」
ああ、そうか。負の国々や神々の目標である俺が王都に留まっていては、手助けどころか邪魔にしかならないんだ……。
「……そうさせてもらいます。ただ、俺はキャンベル領の領都へ向かうので、そこで合流しましょう」
「はい、分かりました。では、あちらで逢いましょう」
俺とハイランドさんは、互いに背を向け合って走り出した。俺は門を目指して南へ。ハイランドさんは街の中心部を目指して北へ。それぞれが今できる最善を尽くすために……。
南門へと続く大通りは、普段と違った様子で騒がしかった。行き交う市民や商人の姿は一切見当たらない代わりに、敵兵がわんさか待ち構えていたのだ。そして当然の如く、俺へと殺到してくる訳だが……今の俺には躊躇が一切なかった。派手に暴れ回りながら押し通り、そして南門まで到着したのだが……。
しかしというかやはりというか、すでに門は敵の手に落ちていた。中央門も高貴門も……ギルド門すらも固く閉ざされており、その周囲には、これまでの敵兵とは比べ物にならないほど屈強な兵が布陣している。俺が南へと逃走するのは分かり切っているのだから、当然と言えば当然だ。
ただし、これは看過出来ない状況だ。俺だけがここを抜けるというのであれば、城壁を飛び越えればいい。俺ならそれが出来てしまう。しかし、後から来るであろう避難民たちは? その手助けをしているみんなは? 無論、そんな事は出来ない。だから、ここは……破壊する! 一時的に取り返したところで、奪い返されては意味が無いのだから。
「門を守る負の国々の兵たちに告げる。死にたくなければ……そこから逃げろ!」
俺を通すまいと構える敵兵たちへ呼びかける。しかし、当たり前だろう。俺の忠告に耳を貸す者はいない。それどころか、先ほど以上に敵兵が集まってきてしまう。……それでもやるしかない。きっと、負の国々の者たちからは大量虐殺者だと言われるのだろうが……。
俺はイメージした。巨大な岩石が空から流れ落ち、門へと衝突する光景を。そして、そのイメージを現実にすべく、神力や周囲に漂うマナを操り……捧げた!
すると、イメージした光景が現実へと昇華していた。なにも無かったはずの空に巨岩が現れ、真っすぐ門へと向かっていく。今更になって慌てふためく敵兵たちだったが……すでに手遅れ。これまで聞いた事が無いほどの爆音が響き渡り……中央門は消滅、周囲の敵兵たちも同様だ。そして、その衝撃の凄まじさを物語るように、抉れた大地が残されていた。
「……ごめん」
亡骸すら残っていない敵兵たちへ向け、許されないとは思いながらも呟いていた。そして、なんの償いにもならないだろうが、無念の魂を導くために神聖魔術を発動する。
光の柱が天へと伸びていった。俺が殺したであろう魂が、マナとなって空へと消えていく。忘れないようにとその光景を胸に刻みつけた俺は、抉れた大地を魔法で元通りにしてから歩き出していた。そして、門があったであろう場所を通り過ぎ、王都を出た瞬間だった――
「なんだよ、これは! 俺の部下たちはどこ行った? 門を守らせてたあいつらは……どこにいるんだよ!!!」
錯乱、そして……慟哭。俺が振り返ると、大粒の涙を流す一人の黒森人の男が立ち尽くしていた。神力視を通さずとも分かる、膨大な神力を内包している男がだ。
つい足を止めてしまった俺。逃げたほうがいいと頭では分かっていても、それが出来なかった。そして、その男の瞳がやっと……俺を捉えた。激しい怒りの炎を宿した、とても強い眼差し。その瞳が真っすぐ俺を見つめながら、その男はゆっくりと歩み寄ってくる。一歩進むごとに内包する神力を増していき、俺のすぐ傍まで辿り着くと……爆発した。いや、感情が、か。
「お前か! お前が殺したんだな! 許さねぇ、絶対に! アンガー様は生け捕りを望んだが……そんなの関係ねぇ、ぶっ殺す!」
恐ろしい速度で殴り掛かってくる男を、ギリギリで回避する。その速度は魔人ダスターすらも凌駕しており、繰り出される拳の威力はキング格の魔獣の力を軽く上回っている。これは間違いない……怒りの神人だ。それも、権能である”暴力”――自身の身体能力の極限化――を使用しているのだろう。
しかし、怒りに染まったその男の攻撃は、あまりに単純。人とは思えないほどの動きで連撃を放ってくるも、その悉くを俺は避ける。そして、体力の限界か、はたまた権能の使い過ぎによる神力の消耗か。明らかに攻撃の速度が落ちてきた男が、悲痛な叫びを上げる。
「なんで当たらねぇんだ! 俺の怒りは……こんなもんって事なのかよ!」
「いや、お前の怒りは凄まじいよ。だけど、俺もここで倒れる訳にはいかないから……ごめん」
それでも攻撃の手を緩めなかった男の突き出す拳を、俺は掴む。そして、勢いをそのまま利用して投げ技を仕掛け、男を地面に叩きつける。地面との衝突音以外にも、何本かの骨が折れるような音と感触が俺の耳と手に伝わってきており、それに続いて……。
「グハッ! グゥアァァ!」
男の口からは、苦悶の声が飛び出していた。そして俺は、そんな男を一度だけ見下ろし、止めを刺す事なく立ち去ったのだった……。
王都が見えなくなる程度に離れた頃、俺の頭に直接響く声が聞こえてくる。
(主様、怒りの神人を放置しても良かったのですか? 必ず、後の禍根となりますが……)
「だからだよ。俺はあいつの部下を虐殺した。どんな理由があろうとも、恨まれて当然。その業を背負う意味でもね……」
キサラさんやシロに言わせれば、背負い過ぎるなって事なんだろうけど……今回ばかりは、背負わなきゃいけないはずだ。エゴかもしれない。割り切るべき事なのかもしれない。それでも、争乱の中で起きた悲劇の一言で片付けてしまいたくなかった……。
(そうですか。主様が決めた事であるなら、私もこれ以上……この事についてはなにも申しません。ですがこの先、同じような事は起こり続けるはずです。お気を付け下さい……)
「うん、そうだね……気を付けるよ」
交信が途絶えると、俺は歩みを速めていた。俺が逃げる事こそが、悲劇を生まないために今できる唯一の事のように感じたからだった。
その後、王国中部へと到達した俺のもとに、女神ラブからの状況報告が行われていた。
王都では、俺を取り逃がした事をきっかけに王城への攻撃が始まったそうだ。残存兵力を掻き集め必死の抵抗を続けている王国軍だが、陥落は時間の問題だろうとの事。一方、冒険者や魔術師が中心となり、避難民は王都を脱出できたようである。その集団の中にはみんな……メリちゃんたちやシロの姿もあるようで、俺は胸を撫で下ろす事となったのである。
しかし、状況は悪化の一途を辿っている。だって、大地の中央を舞台とした争乱の狂騒曲は、まだまだ始まったばかりなのだから……。




