130 sideA
久々の女将さんの料理を堪能した俺は、宿の部屋へと戻っていた。そして、多くの再会に浮かれる心を抑え込み、今後についての相談をシロへと持ち掛ける。
「王都のみんなが無事だったのは良かったけど……これからどうしよう?」
「主様さえ我慢が出来るのなら、やはり南部へと逃げるのが一番ですにゃ」
我慢なんて出来るはずがない。王都に居るみんなを残して逃げるだなんて。だけど、そうは思いつつも、俺が王都で出来る事が無いから困っているのだ。だからこその相談だ。
「逃げる以外の意見をお願い。正直、打つ手がなくて困ってるんだよ……。いっその事、ギルドを脱退するとか?」
「主様、それは悪手ですにゃ。ギルドを抜けたところで、民間人は民間人。更に言えば、ギルドという後ろ盾を失いますにゃ」
ですよね。魔導国に居た時も、俺がギルド員だったからこそ引き渡されずに済んでいた訳だし、そもそも……ギルド員で無くなったところで、民間人が戦争に介入出来るはずがない。ならば……。
「この国に仕官するってのは?」
「主様……本気で言ってますにゃ?」
呆れ顔のシロに詰め寄られ、俺は首を傾げてしまう。だって、この国の軍人となれば、現在進行形で行われている戦闘に参加できる。まあ、国に仕えてしまったら、逃亡って選択肢も無くなってしまうんだけど……それはしょうがない事だよね?
「本気も本気だけど、そんなに不味いかな?」
「……主様、考えてみて下さいにゃ。敵国が身柄を要求してきている人間が、手元に転がり込んできたとしたら?」
あっ、俺……引き渡されちゃう。国からすれば、臣下の一人を引き渡せば争乱が終わる訳だから……迷う必要もないだろうね。
「うん。よーく理解したよ……この考えは駄目だって事を」
「分かって頂けて良かったですにゃ。ですから、今の時点で主様に出来る事は……情勢を見守る事だけですにゃ。という事で、本体。戦況の報告を」
(分神……。最近、扱いが雑になってきてませんか? まあ、いいでしょう。では……)
文句を言いながらも、女神ラブは今日一日の戦闘の様子を報告してくれた。国境城壁と王都港湾部のどちらの戦場でも充分に戦えており、このままいけば守り抜ける見通しとの事だった。また、中部からの増援も王都へと向かっているようで、一週間ほどで到着する予定だとか。ただし、王都東のディスガスト内海上に怪しい動きがあるという懸念材料も……。
「負の国々の軍艦が集結し始めてるにゃ?」
(ええ。正確な数は把握し切れていませんが、現在王都を攻めている船団と同等の規模かと)
「えっと、それってヤバくない? 王都の東西から挟撃って事だよね?」
現状は守り切れているけど、攻め手が増えるのならば……かなり危険な気がする。増援が先に到着すれば、戦力的なゆとりも出来るだろうけど……もし、東からの攻撃が先ならば?
(王都陥落の可能性がありますね。ですが、だからといって出来る事も……)
「そうだね、増援の到着が先になる事を祈るしかないのかな……」
こうして、俺たちは状況の推移を見守る事となった。ただし、東に敵船団が集結しているという情報は、ギルドを通して王国上層部へと伝えてもらった。これで、急襲を受けるという事態は避けられるだろう。そのため、本当にやれる事は尽きてしまったとも言える。出来る事といえばもう、待つ事だけだ……。
戦況に大きな動きが無いまま、数日が過ぎていた。東側に集結中の船団は、未だに動いてはいない。かといって、増援が到着した訳でも無い。王都の西側港湾部から聞こえてくる戦闘音さえなければ、ある意味平穏。しかし、これこそが負の神々の狙いだったのだと数日後、思い知らされる事となったのだった。
更に数日後。王都には増援軍が到着していた。その戦力は東側港湾部の守備へとそのまま回され、防衛線力は充分に整ったと……誰もが考えていた。
(主様、分神。来ましたよ。王都東側への攻撃が始まりました)
「本体、戦況の推移に注視しておいて下さいにゃ。まあ、心配はいらないとは思いますけどにゃ」
戦力は足りている。早々に抜かれる事は無いだろうと、俺もシロも……いや、この国の上層部だって、そう考えていたに違いない。だけど、その予想は大きく裏切られる事となったのだ。
西側とは明らかに異なる様子の戦闘音が、東側から響き渡る。かなり強力な魔術による炸裂音、一方的な蹂躙が行われているであろう悲鳴の数々……。そして、その光景を確認していたであろう女神ラブが、危機を知らせる交信を入れてくる。
(今すぐ避難を! 東側の守備軍は総崩れです!)
「本体! どういう事にゃ!?」
(本命は……この攻撃だったようです。怒の神人を中心に、多くの加護持ちや奴隷魔術師隊などの主力級戦力が……)
謀られた! これまでの全ての攻撃は……陽動。国境城壁や西側港湾部での戦闘は、俺たちを油断させ……王都に留まらせるのが目的だったのだ。そして、最精鋭部隊で一気に攻め立て……。
「いたぞ! 我らが神々の怨敵、シルバだ!」
すでに王都内まで踏み込んでいた主力部隊が、俺の姿を発見。追い詰めるように迫ってくる。……これが目的だったのだろう。
「主様! 逃げて下さい! ここは私が防ぎます!」
「駄目だ! シロを置いていくなんて……出来ない」
「主様、私は必ず合流いたします。なんたって私、分神ですから。……なので、信じてお任せいただけませんか?」
この場面でその言い方は……ズルいって。仲間であるシロが信じろと言うのなら、俺は信じるしかないじゃないか……。
「絶対だよ! 絶対に無事に合流するって約束出来る?」
「はい、約束します。ですから、しばしのお別れです」
俺は頷き……走り出していた。目指す先は南門だけど、その途中に立ち寄るべき場所が一か所だけあった。それは、酒場宿「酒飲み猫」。この事態を想定していなかったため、荷物は全て宿の部屋に残されている。それに……出来る事なら女将さんやロニャちゃんを保護したいとも考えている。
ほどなくして到着。緊急事態ゆえに、勢いよく店の中へと飛び込む。そして、姿も確認せぬままに叫ぶ。
「女将さん! ロニャちゃん! ここは危険です、逃げましょう!」
すると、店の奥に隠れていた二人が姿を現し、俺に向けてこう言う。
「悪いけど、あたしらはここに残らせてもらうさね」
「シルバさん、ごめんなさい……。この店は……お母さんにとっても私にとっても宝物なんです。だから……」
きっぱりと拒絶されてしまった以上、俺に出来る事は……ない。荷物を部屋へと取りに行き、そして……二人へと言葉を掛ける。
「また王都が平和になったら、泊まりにきます。だから二人とも、お元気で……」
「はいよ」「はい!」
二人に背を向け、扉をくぐる。そして、再び走り出した。振り返る事なく……されど、後ろ髪を引かれながら。
南門へと向かう最短ルートである大通りに出ると、そこにはすでに多くの敵兵の姿。南門への道も塞がれつつある。そして当然、俺目掛けて押し寄せてくる敵兵たち。剣に手をかけ抜こうかと考えるも、ここで俺が手を出してしまえば……。その一瞬の躊躇が致命的だった。たちまち俺は包囲され、絶体絶命のピンチに陥る。
「投降するのなら、手荒な真似はしない」
包囲した部隊の隊長らしき男に、そう促される。ここまでか? そう考えた時だった――
風と火の魔術が着弾し、俺を囲む敵兵が吹き飛ばされた。それと同時に、閃光が如き動きで斬り込んでくる一人の男性。その男性が俺に向けて叫ぶ。
「シルバ君! この者たちはギルドへと踏み込み、狼藉を働いた! なので、遠慮は無用です!」
その言葉をきっかけとして、俺は剣を抜いた。そして、敵兵を蹴散らしていくのだった。




