129 sideA
「駄目だ! それは許可できない!」
ゴンツ教官……いや、ギルドマスター代行の力強い声が、ギルド内に響き渡っていた。
というのも、エントランスで冒険者仲間たちとの再会を果たした俺は、キサラさんに連れられてギルドマスターの執務室へと案内されていた。魔導国へと向かった一番の理由であるハイランドさんとジゼルさんの救出依頼についての報告を終え、俺を取り巻く状況についての簡単な説明を行い、そして……訊ねたのだ。王都防衛に加わる事が出来ないかと。その返答が先ほどのあれだ。
理由はだいたい理解出来る。ギルドの中立性が問題だろうと。
この侵攻が起きた原因は……間違いなく俺だ。そんな俺が責任を取るため、前線に赴く。俺個人としては、これが最善だと考えている。しかし、俺には冒険者や魔術師としての肩書があり、俺が俺の意思で参戦したとどれだけ主張しようとも……ギルド員が王国軍に手を貸したという事実は覆らない。
ただし、例外はある。魔導国で起きた大侵攻の際は、負の国々による度重なる不法行為があったため、ギルドは負の軍勢を賊軍と指定。治安維持や非戦闘員の救済を名目に参戦した。という事は、である。
「ゴンツ教官。もし、ギルド員である俺が攻撃を受けたら、それを口実に……」
「駄目だ! それも許可できない!」
言い終える前に怒鳴られてしまい、俺は少し困惑する。だって、俺が負の軍勢の前に身を晒せば……十中八九、攻撃を受ける。そうすれば、自衛やギルド員保護の名目で、ここのみんなも参戦出来るんじゃ……。そこまでを考え、そして……ひどく後悔する。なんという事を考えているのか、と。
この考えは、俺がきっかけで始まってしまった争乱に、みんなを引きずり込んでしまうというものだ。ギルドが参戦するという事は即ち、そういう事なのだ……。
「……早まった事を考えてしまいました」
「その顔を見れば、何故駄目なのかを理解出来たのだな」
俺は申し訳なさから、黙りこくりながら頷いた。すると、ゴンツ教官が表情を緩めながら勧めてくる。
「ここまで急いで走ってきたのだろう? 疲れているようだから、まずは休め。幸い、軍が頑張っているお陰で、すぐさま街中が戦場になる事もないだろうしな」
またしても俺は、黙って頷く事しか出来なかった。そして、執務室を後にし、トボトボと歩きながらエントランスに差し掛かると……。
「シルバさん、教官の怒声が聞こえましたけど……大丈夫ですか?」
キサラさんに声を掛けられ、俺はキサラさんへと視線を向けるも……すぐに逸らす。後ろめたさからか、目が合わせられない。だって、ゴンツ教官が叱ってくれなかったら、俺はこの人たちを……。
「結構へこんでます……。叱られたからってよりも、俺の浅はかさにですけどね」
「……そうですか。ですが、フフフ。ちょっと安心しちゃいました」
控えめに、しかし嬉しそうに……キサラさんは微笑んでいた。ええと、馬鹿にされているのだろうか? そんな風に思い、少しだけムッとした表情を浮かべると、キサラさんは慌てて弁明を始めた。
「いえ、違うんです! えっとですね、シルバさんでも失敗や後悔をするんだなって思うと……親近感が湧くといいますか」
「そりゃあ、俺は完璧でも万能でもありませんから」
「そうですよね。ですけど、私の目に映るシルバさんというのは、英雄のような人って感じでしたから……今までは」
「えっ? 英雄ですか?」
それは言い過ぎじゃないだろうか。そんな事を考えながら首を傾げている頃には、キサラさんの目を自然に見つめる事が出来ていた。そして、キサラさんは笑いながら言う。
「やっと目を合わせてくれましたね、英雄さん。それと、背負い込み過ぎないでくださいね?」
「……はい、ありがとうございます。随分心が軽くなりました」
きっと、俺の様子がおかしかった事を気にして、キサラさんは声を掛けてくれたのだろう。そして、見事に立ち直らせてくれたって事か……。本当に、良い人たちとの縁に恵まれたと思うばかりだ。
俺は宿に向かう事を告げてキサラさんと別れ、ギルドを後にする。当然、向かう宿というのはあそこだ。女将さんやロニャちゃんが待つ酒場宿「酒飲み猫」。久々の再会に胸を躍らせながら、俺は歩くのだった。
宿の前に到着したものの、俺はふと考えてしまっていた。二人も王都からの避難準備を始めているのではないかと。そう考えてしまったためか、ギルドの時と同様、扉を開くのを躊躇してしまっているのだ。
「主様? 入らないのですにゃ?」
「ええと、迷惑じゃないかな?」
「迷惑? なんでですにゃ?」
「だって、女将さんたちは戦う力のない一般人。ここも戦場になるかもしれないんだから、避難しようと準備してるかもしれないじゃん」
あの二人の事だ。俺が宿泊を希望すれば、避難を取りやめてでも営業を継続してくれるかもしれない。ただ、そうなってしまえば俺が引き留めてしまったも同然。後々悔いる結果になってしまう事だって……。
「主様、感情や感性が豊かになった事は、私としても嬉しい限りですにゃ。ですが、先ほど受付嬢が言っていたように……なんでも背負い込み過ぎないで下さいにゃ」
「そうだね。まずは入ってみて、二人と話してみよう。それから泊まるかどうかも考えよっか」
俺は扉を開いていた。以前と変わらずに鳴るチリンという鈴の音と共に、俺は中へと進んでいく。すると……。
「シルバさん!? お母さん、シルバさんが帰ってきたよ!」
「ロニャ……嬉しいのは分かるけど、少し落ち着きなさいな。それに、あたしらがまずやるべき事はなんだい?」
「そ、そうでした! だったら、お母さんも一緒に……」
「おかえりなさい、シルバさん!」「おかえり、あんた」
なんとも騒がしい再会となった事に笑みをこぼしつつ、俺は迷わず口を開いていた。
「ただいま!」
そう言ったものの感じてしまう、物足りなさ。それは間違いなく……メリちゃんが居ないからだ。当然、二人もメリちゃんの不在が気になっている様子だったので、これまでの事を簡単にだけど説明していく。そして、一通りの話を聞き終えたロニャちゃんは、それまで我慢していたであろう苛立ちを爆発させた。
「ホント、信じらんない! あの神託もそうだけど……なに考えてるのよ、負の神様たちは! シルバさんを敵認定して追い回して、罪のない人たちまで巻き込んでの争乱を起こして――」
止まらない! ロニャちゃんの負の神々に対する批判が、止まるところを知らずに溢れ続けていた。そんな娘の姿に若干の呆れ顔を浮かべつつ、女将さんは俺に声を掛けてくる。
「とりあえず、あんたも大変だったねぇ。それで、また泊まっていくかい?」
「その事なんですが……」
「なんだい? うちの宿じゃ満足出来ないとでも言いたいのかい?」
そんな事はないと、頭を振って否定する。そして、周囲を見渡す。……以前よりも、明らかに酒場のお客さんが少ない。冒険者は変わらず入り浸っているようだけど、一般市民の客の姿は一切ない。きっと、避難を開始または準備しているのだろう。だから、訊ねる。
「女将さんたちは……避難をしないんですか?」
「しないね」
即答だった。なんの迷いも感じられないほど明確に。そして、一種の覚悟を感じるほど強く。
「でも、危険ですよ? 現状は騎士や兵士が頑張って抑え込んでいますけど、もしかしたら……」
「そんな事は百も承知さね。だからあんたも、遠慮なんてしないでおくれよ」
そこまでの覚悟を見せられてしまっては、これ以上の物言いは無粋というもの。硬貨を渡しながら、俺は言う。
「ご飯付きでとりあえず一週間、宿泊をお願いします」
「はいよ。部屋は前に使ってた部屋にしとくからね。それじゃ、夕飯を作っておくから、荷物だけ先に置いてきちゃいな」




