012 sideA
俺は、メリちゃんの笑顔に押されて頷いてしまっていた。その事にシロは呆れた様子ではあったけど、特に批判する訳でも無かった。森人の置かれた状況に同情のような気持ちがあるのだろう。俺も最近では、可哀そうとか悲しいといった感情が、多少は理解出来るようになってきた……と思う。怒るとか恐れるといった感情は、まだまだ分かりそうもないんだけどね。
少し話が逸れてしまったけど、そんな訳でしばらく森に滞在する事になりました。空き家がいくつもあったため、宿泊にはそれらを使用させてもらえるようだ。ただ、聞いた話では、それらの空き家は……奴隷狩りとの戦闘で命を落とした人たちの家だったようだ。改めて、状況の深刻さを理解させられた。本当ならこれは憤るべきなのだろうけど、残念ながらその気持ちは湧いてこなかった。
「主様、難しい顔をしてるにゃ。どうかしたんですかにゃ?」
「別になんでもないよ。それよりも、明日に向けて早めに寝ちゃおうか」
「そうですにゃ。明日からは、実戦形式の戦闘訓練ですからにゃ」
こうして、森人の集落での生活が始まったのだった――
新たな生活が始まって早々、俺は物足りなさと戦っていた。……精神的な意味では無く、物質的な意味でだ。
「なぁ、シロ。俺、文化の違いっていうのを舐めてたかも」
「主様、文化というより食文化ですにゃ」
朝食として提供された食事は、想像以上に森人らしかった。主食が木の実とキノコ、おかずが果実や葉っぱなど。肉の類は無く、典型的な菜食主義のメニューだ。
「この食生活を続けていたんじゃ……身体が強くないのも納得だな」
「森人も肉を食べない訳では無いにゃ。ただ、望んで食べる事が無いだけですにゃ」
シロ曰く、増え過ぎた森の獣を減らすために狩る事があり、その肉は森の恵みだとして食べるのだとか。森人という種族は、本当に森を大切にしているんだなと思ってしまう。同時に、メリちゃんの逃亡計画に多くの森人が反対したのも、無理からぬ事なのだとも……。
朝食を摂り終えた俺は、集落を見て回る事にした。奴隷狩りの襲撃があるまでは、俺にはやる事も無い訳だしね。
「シロ、あれ見てよ! 魔術で家の修繕をしてるよ。あっ、メリちゃんより小さい子も魔術を使ってる!」
「森人はマナに愛された民ですにゃ。只人や獣人は魔術を専門知識と考えますが、森人にとっては生活の一部にゃ」
「でも、そのせいで奴隷狩りが頻発するなんてね……」
森人は見目麗しい以外の理由でも、奴隷としての価値が高い。それは魔術兵として。争乱が続く他国にとって、生まれつき優秀な魔術師である森人は、兵器として魅力的なのだ。契約魔術で縛ってしまえば、従順で扱い易い魔術兵の出来上がり。負神側の国々では、多く用いられていると聞く。なんだか、胸が締め付けられるような気分だな……。
「主様? また難しい顔をしてるにゃ」
「そ、そう? もしかしたらなんだけど、失ってた感情が戻ってきたのかも」
「本当ですにゃ? では、記憶の方はどうですにゃ?」
「……そっちは全然かな」
俺の言葉に、シロは悲しそうにニャンと鳴いた。そんな時だった――
「襲撃だ! 手が空いてる者は、準備を整えて長からの指示を待て!」
警備兵が声を張り上げながら集落を横切っていき、集会所へと飛び込んでいった。それまで穏やかだった集落の雰囲気は、一瞬にして険しいものとなる。慣れているようで、森人たちは即座に動き出しており、その手には短弓や小振りな剣が握られていた。
「俺たちも準備しようか」
急いで戦闘の準備を整えてから戻ると、広場には長たちが顔を出しており、手際よく指示を出していた。その様子を感心しながら眺めていると、メリちゃんがどこからともなく現れて声を掛けてきた。
「シルバさん、念のためこれを被るのです」
俺は、言われるがままに手渡された頭巾を被った。その瞬間、魔術的な力が発動したように思い、メリちゃんへと問いかけた。
「これは……『魔具』?」
「惜しいのです! それは、『神具』なのです」
「神殿にある鑑定具みたいな物ってこと?」
「そうなのです。効果は認識の阻害。なので、鑑定は出来ないのです」
魔具と呼ばれる魔術付与具と神具と呼ばれる魔法再現具では、そもそもの成り立ちからして全くの別物。人が「魔術」という技術で作り上げる魔具に対して、神から与えられた、もしくは神に認められた人々が「魔法」の力を物品に封じ込めた物が神具である。
「じゃあ、さっき発動したのは……他人からの認識を書き換える魔法ってこと?」
「そうなのです! これで、シルバさんの事はばれないのです。ほとんどの人からは、森人っぽい誰かのように見えるはずなのです」
「キャンベル家の事を考えるならありがたいんだけど、これってこの集落の秘宝なんじゃ?」
「秘宝なのです。使える人も必要な人もいなくて、倉庫の奥の方に転がってた秘宝なのですよ」
扱いが秘宝というより不良在庫なんだけど。そう言いたかったが、寸でのところで止まる。きっと、俺が気を遣わないようにとメリちゃんが気を利かせたのだろうから。
「それじゃあ、ありがたく使わせてもらうね!」
「じゃんじゃん使うのです。じゃあ、賊退治っていう名前の訓練に出発なのです!」
俺たちは、先に出発していた森人たちを追いかけるように森へと踏み入ったのだった――
森の中では、すでに戦闘が始まっていた。森人たちは複数人で協力し、孤立させた賊へと攻撃を繰り返している。地の利と連携をしっかり活用し、味方への被害を最小限に抑えているようだ。だが、賊の集団の人数は多く、森人の手が足りていない箇所が出始めている。
「シルバさん。あの賊の一団、なんとかしちゃって欲しいのです」
メリちゃんが指さした先には、戦闘の合間を縫って集落へと近付こうとする賊が五人。向こうも俺たちの存在に気付いたようで、俺たちに狙いを定めたようである。
「メリちゃん。魔術を使ってもいい?」
「森を傷つけない系統を選んでくれるなら大丈夫なのです」
「じゃあ、水の魔術でいくね」
こちらに襲い掛かろうと近付いてくる賊たちを見据え、俺はマナへと働きかけた。その瞬間、賊たちの頭を水球が覆い、呼吸が出来ないともがき始める。そして、一人二人と倒れていった。その様子を唖然としながら眺めていたメリちゃんが、恐る恐るといった様子で尋ねてきた。
「ねぇ、シルバさん……。今のって、魔術じゃなくて……魔法なのです?」
「え? 無詠唱の自作の水魔術だよ?」
「あのですね、即興で魔術を作るなんて事……出来ないのです。それに、微かに神力が混ざってたのです」
俺は、魔術だと思って魔法を使っていた? でも、似たような事ならメリちゃんもやってたと思うんだけど?
「メリちゃんだって、俺の捕縛用の縄を解いてくれた時、無詠唱で不思議な火魔術を使ってたよね?」
「あれは確かに無詠唱だけど、不思議でも何でもない魔術なのです。下級魔術『火の矢』を最小出力で放っただけなのです」
「じゃあ俺も、『水の球』を賊の頭周辺に放って、その場に固定しただけだよね?」
「全然違うのです! あの水球は……突然現れたのです。術者であるシルバさんから、遠く離れた場所に」
そういえば、魔術にはいくつかの法則がある事を思い出す。その内の一つが、魔術発動の起点。術者を中心に極狭い範囲からしか、魔術は発動が出来ないのだ。さっきの水球は、その範囲から外れ切っていた。完全なる法則外れだ。
「……じゃあ、魔法だったって事で」
俺は事の重大さに気付かぬまま、へらへらと笑ってみるのだった。




