127 sideA
嫌な予感をひしひしと感じつつも、俺はシロの言葉を信じて旅程通りに歩を進めていた。そして、そろそろトラディス王国との国境が見えてくるところまで迫ったのだけど……事態が急転した。それを告げたのは、明らかに狼狽しているシロだった。
「主様……。不味い事になりましたにゃ……。これは、私の落ち度ですにゃ……」
「ええと、なにがあったの?」
「怒王国を含むいくつかの国々が……トラディス王国へ宣戦布告。侵攻を開始しましたにゃ……」
「えっ!?」
俺は驚きこそしたが、どこか納得もしていた。感じていた嫌な予感の正体がはっきりしたからだろう。それに、常々シロが言っていた事でもあったし……。トラディス王国が中立国だろうと、俺が居れば負の国々は攻め込んでくると。だからだろう。すぐさま平静を取り戻せたのは。そして、シロも徐々に気持ちを切り替えつつあるようだ。
「怒王国・トラディス間の国境では、すでに戦闘が始めっているようですにゃ」
「戦況は?」
「……はい。開戦直後なので断言は出来ないとの事ですが、本体曰く五分五分だそうですにゃ」
女神ラブから寄せられる情報を受け取りつつ、俺とのやり取りを続けているであろうシロ。悔やむよりも先に、現状把握と打開へ向けて考えを巡らせているのだろうか。だったら俺も、この先の展開を共に考えるべきだろう。
「シロ。俺も一緒に考えたいから、ラブ様との交信に混ぜてもらえるかな?」
「分かりましたにゃ。この期に及んで、主様に隠し事はすべきではないですにゃ。本体、交信の範囲を主様まで拡げてくれにゃ」
(これでよろしいでしょうか?)
最近では専ら、コソコソと二人してやり取りをしていたっぽいので、この声を聞いたのも久しぶりだ。なんて感慨に耽っている余裕はないので、俺は最も気になっていた事を訊ねてみる。
「うん、聞こえてるよ。それで、船団に動きは?」
(確認いたしますので、少々お待ちください)
かなり周到に計画された侵攻のように感じる以上、海上戦力も有効活用してくるはず。となると狙いは……王都ディストラなのだろう。俺の逃亡の最終目的地がトラディス王国の最南部なのだから、その途上……陸路が集約する王都を押さえるのが最も効果的。きっと、船団は動き出しているはずだ。
(お待たせしました……。船団は南東へと移動中、目標は王都ディストラでしょう)
「やっぱりか。それで、いつ頃到着するのかは分かる?」
(……本日中には)
シロの言葉ではないけど……これは不味い事になった。国境での怒王国軍との戦闘が保てているのは、北部の戦力の多くを国境防衛へ充てているからだろう。という事は、王都周辺の戦力は出払っているはず。そんな状態で攻め込まれたとしたら……。
「シロ! 急ごう!」
「はいですにゃ!」
そこからの俺たちは、夜を徹して移動を続けていった。神聖国・トラディス間の国境を駆け抜け、王都北部の平原地帯を疾走し……そして、辿り着く。数か月のつもりで離れていたが、実際は一年以上ぶりの王都ディストラへ。
しかし、ここで問題が発生した。門は固く閉ざされていたのだ。……考えてみれば当然だ。けたたましい戦闘音がここまで聞こえてくる以上、この街は戦時体制へと移行している。そのような状況で、街を守るべき門が開け放たれているはずが無いのだ。
「これじゃあ街に入れない……」
「主様、街へと入るのは諦めるべきですにゃ! 少し戻ったところに、小さいながら港町があったはず。そこで船を借り、王都の南へ――」
「駄目だ!」
「ですが……」
確かに、船を使って王都を飛び越える事は可能なように思える。王都の西側トラスト内海には、多くの負の国々の船が集結している。だから、こっち側を通るのは不可能。しかし、反対側……王都の東側ディスガスト内海には、敵船団の姿が見当たらない。なので、そっち側なら通り抜けられるかもしれない。
ただし、これは罠である可能性が高い。ここまで抜かりなく攻め寄せておきながら、明らかな抜け道が用意されているなんておかしい。きっと、なんらかの手を打っているはずだ。
しかし、そもそもの話、俺は王都を犠牲にしてまで逃げるつもりが無い。罠どうこうの話でなく、俺の信条や心情の問題だ。だから、言う。
「王都を見捨てて逃げたとしたら、俺は俺を許せない!」
「……そうですね、そうでした。主様の神性を穢してしまっては、元も子もありませんでした……」
シロが言う神性というものがなんなのか、俺には分からない。だけど、不思議と理解出来る事もある。俺の心が黒く染まってしまえば、俺は力を失ってしまうのだろうという確信に似た直観。それが、シロの言う神性とやらが穢れるという事なのではないだろうか。
だからだろう。シロは主張を翻し、王都の救援を肯定するかのように頷いていた。だったら次は、王都へと入る手段だけど……。
「あら、シルバ。お困りのようですわね?」
最悪、身体強化を最大にして飛び越えてしまおうか。そんな事を考えていた俺の耳に、聞き覚えのある声が届いていた。
「レイナ様?」
どこから聞こえたのかを探しながら、俺はその名を口にしていた。そして、城壁の上にその姿を見つけると、俺が続く言葉を口を開くよりも先に、レイナ様からの提案が聞こえてくる。
「いずれの門も閉ざされておりますが、私の要請であれば開門させられますわ。いかがかしら?」
「是非お願いします!」
俺がそう言うと、レイナ様は傍らに控えていたセバスさんに指示を出し、どこかへと向かわせた。そして、人が通れるギリギリ程度に門が開かれ、俺が門を通過すると、すぐさま門は閉ざされた。なので、お礼をレイナ様に伝えようと城壁上へと視線を向かわせると――
城壁上から人影が落ちて……いや、飛び降りてきた! 優雅なはずのドレスをバサバサとはためかせながら……。そして、着地。目の前にはレイナ様が立っていた。
「レ、レイナ様! 怪我はないですか!?」
訊きたい事も言いたい事も沢山あったけど、まず最初に出てきた言葉は心配だった。しかし、訊かれた本人はというと、全く問題ないとばかりに返答してくる。
「大丈夫ですわ。シルバと別れてからの私は、加護の力を使いこなせるよう努力しましたので」
その返答に微妙な苦笑で以って応じつつ、神力視を通してレイナ様を確認してみる。うん、纏う神力の量が明らかに増している。努力の方向性には首を傾げたくなってしまうところだけど……言っている事に間違いや誇張は無いようである。ただ、だからこそ訊かねばならない事があった。
「それで、レイナ様。何故、このような場所に?」
どれだけ加護の力を上手に扱えようと、レイナ様はレイナ様。南部の大貴族キャンベル家の人間であり、生粋のご令嬢。北部、それも王都……更に言えば、戦場となっているこの街に居る事が、一体どれだけ異常な事態なのか。レイナ様の身の安全を考えても、キャンベル家としての立ち位置を考えても……訊ねない訳にはいかなかった。
「防衛の協力よ」
城壁上に居た事から、そんな気はしていた。ただ、流石にそれは無いだろうとも考えていた。そもそも、あの娘大好き領主様が、そんな事を許すはずが無いのだけど……?
「領主様からの許可は?」
「困ったわ。我が家の通信用魔道具、最近不調なんですの」
「それって……無許可って事ですよね?」
ジトっとした目でレイナ様を見つめると、クスっと笑いながら頷きが返ってくる。しかし……。
「お父様は、この事態を見据えて動いていましたわ。ですから、この時期に私を王都へと向かわせた。これには意味があったはずですの」
この街に残っている事は独断であっても、この街に来た事自体は……領主様の采配? とりあえず、そこらへんの事情を把握しないといけないようだな……。




