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争乱の神人  作者: 富井トミー
第23話 逃避行
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125 sideC

 パトゥーテの街での様々な出来事は、主様の心を大きく揺さぶったようでした。このような事を考えるのは良くないとは思いますが……大いに迷い、大いに悩んで欲しいと考えています。そして、主様には定めて欲しいとも思っています。今後、お力と記憶の全てを取り戻した際、どのようにこの地上と関わっていくのかを……。


 幸か不幸か、この逃避行を完遂するには、まだまだ時間が掛かります。南北に長い国土を持つ信帝国ですから、南端の国境までは二か月ほど。そこから負側の国を迂回するようにトラスト内海北沿岸を移動し、神聖国の西側国境へ。そして、神聖国を横断。最後に南下すれば……トラディス王国の国境へと到着です。残り五か月ほどの旅程でしょう。


 そして、そこまで辿り着く間には、多くの街があり多くの人々の生活があります。それらをよく見て、よく考えて頂きたいのです。主様が地上に堕ちたという事実は、負の神々による奸計だったとしても。管理者や魔人という敵性存在が跋扈(ばっこ)しているとしても……主様だからこそ出来る事を主様自身が見付け、目指して欲しいのです。


 そのためになら私は、全てを懸ける所存です。あらゆる手段を用いて、主様が思考に耽る時間を作り出しましょう。万難を排し、主様の身を護りましょう。ですから……。


 隣を歩く主様を見上げました。心ここにあらずといった様子で、あまりにも無防備に考え込む主様。逃避行の最中とは思えぬ様子に私はふっと笑ってしまい、いけないと思い視線を前へと向けます。その御心までは導けずとも、この旅路だけは導こうと張り切って……。



 信帝国を南下する私たちは、様々な街へと立ち寄りました。単一人種のみが暮らす街が大多数を占める中、多くの人種が共存する街というのも……未だに少数は残っていました。そういった街では主様の希望により、若干長めの滞在期間を設け、街並みや人々の文化・生活を見て回ったりもしました。


 ですが、私たちの居場所は負の神々にも筒抜け。懸念していた負の国々による侵攻は、この国にも手を伸ばしてきたのです。しかし、この国を中心とする大地の北西部は、正側の国々が圧倒的優勢な土地柄。更に、有力な負の国々が不在という事もあって、侵攻は早期に頓挫。さしたる妨害を受ける事無く、信帝国南端へと到着していたのでした。


「この先は山岳国ですにゃ」

「ええと、確か……小人(ホビット)土人(ドワーフ)が多く住む、正側の神である好奇の神キュリアスを信奉する国だよね」


 厳密には多少の間違いがありますが、私は頷いて応えます。小人や土人が多く住むのは、国土の中央を南北に縦断する大山脈周辺部のみで、その豊富な資源を掘り出し、武具や工芸品へと加工。それらを扱う商人である只人(ヒューマン)が山岳地帯以外の広範囲に居住しているため、人口上の多数派は只人なのです。ですが、いちいち訂正する程の事でもありません。


「そうですにゃ。その国の山脈に沿って南下し、トラスト内海沿岸を目指しますにゃ」

「このまま南東に突っ切れば、神聖国まですぐなのに?」


 主様の問いに、私は首を横に振ります。信帝国が南部で隣接する国は二つ。一つは山岳国で、もう一つの国は、負に属する絶望の神ディスピアを信奉する絶望国。最短ルートを進むためには絶望国を抜ける必要があるため、主様の身の安全を考えるなら取るべき進路とは言えません。


「負の国に足を踏み入れるのは、絶対に駄目ですにゃ」

「でも、絶望国って……負の国々の中では穏健派の国だって聞いたけど?」


 それは、平時であればです。周囲を正側の大国である信帝国や神聖国に囲まれ、下手に刺激出来ないからゆえの穏健的態度。なので、先日失敗に終わった信帝国侵攻にはしっかり名を連ねており、チャンスとあれば攻め込む程度の気概は持っています。ですから、穏健派とはいえ主様に害を為す意思は明確で、大神託によって踊らされている国の一つなのです。


「真に穏健な国であれば、侵攻なんて企てませんにゃ」

「えっ、侵攻?」

「あっ……」


 やらかしてしまいました。実は、負の国々による侵攻があった事は、主様の耳には入れていません。いずれの方面からの侵攻も規模が小さく、信帝国の国境守備軍のみで追い返せたものですから……主様の御心を慮って隠蔽いたしました。


「シロ……また、隠し事?」

「い、いえ。結局、国境部での小競り合い程度の戦闘だったので、伝えるまでも無いと考えましたにゃ」

「……それだけじゃないよね? 俺がきっかけで起きた争いだから、意図的に隠したんだよね?」


 完全にバレています。仕方なく、全てを洗いざらい白状しました。すると……。


「とりあえず、ほとんど被害は出てないんだよね?」


 若干呆れ気味に、主様が問い掛けてきました。なので、力強く頷きながら答えます。


「そうですにゃ! 彼我の戦力差が圧倒的だったため、負の国々は早々に撤退しましたにゃ」

「まあ、そういう事なら……目くじらを立てる程の事でもないか」


 信帝国の強大な軍事力に救われた形となり、私は心よりの感謝を胸の内で呟きました。そして、更なるボロが出ない内にと、急いで山岳国へと入国したのでした。



 その後、大山脈周辺の小人や土人の集落を順に経由し、着実に南下を進めていきました。もしかしたらと身構えてはいましたが、絶望国による侵攻も無く、そして到着したのは……。


「海王国との国境ですにゃ。この国は、領土をあまり持っていない国として有名ですにゃ」

「らしいね。代わりに、ほとんどの国民が内海上に家を浮かべてるんだっけ?」

「そうですにゃ。ですので、ここが……逃亡の山場とも言えますにゃ」


 内海北沿岸に沿って東西に細長い海王国は、南北の幅が非常に狭い。要するに、絶望国との国境も非常に近いため、陸路を進むのはかなりの危険が伴います。なので、山場。海辺ですが山場なのです。


「じゃあ、船を使うのは?」

「そのつもりでいますにゃ」

「だったらさ、トラディス王国まで船で向かうのは?」


 主様の提案は、一見名案のようにも感じますが……頷く訳にはいきません。近海を短距離進むのであれば、船旅も良いものです。ですが、ある程度の沖合……それも長距離を船で進んだ場合、いくら主様や私であっても、逃げ道がありません。内海上には明確な国境が存在しない以上、負の国々の海上戦力と遭遇してしまう可能性があるため、残念ながら……。


「神聖国手前までが妥当ですにゃ。もしくは、海上で負の国の船に見つかった場合、悉くを沈めるのであれば……ありだと思いますにゃ」

「……それはやめとこうか。無闇に力を振るうのは、最悪な考え方だからね」


 なるべく危険の少ないルートを選んだ私たちは、国境を抜けてすぐにある港町へと向かい、海王国東端まで運んでくれる船へと乗り込んだのでした。



 結論から言いましょう。優雅な船旅であったと。懸念していた絶望国からの侵攻は起きず、海上で負側の船と遭遇する事も無く、無事に海王国東端へと到着出来てしまったのです。というのも、絶望国は内陸国であり、海上戦力を保有していません。海王国へと侵攻したところで、海を行く私たちを追う事は叶わないと理解しており静観。内海上に戦力を保有する国々も、海の民と呼ばれる海王国民が操る船には追い付けないと判断し、海上での追跡を断念。


 お陰様で、無事に神聖国へと入国を果たしたのです。あとは、この国を抜けるのみ。ここまで来たのなら、すでに逃避行の終わりも目前です。


 ――この時の私は、不覚にも慢心していたのでした。トラディス王国が目前へと迫り、ここまでの旅路も順調そのものだったからです。なので、気付かなかったのでしょう。ゴール地点が敵にも筒抜けである以上、その直前にこそ最大の危機が待ち構えているであろう事を――

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