124 sideA
外観だけで比べてみても、正神神殿は良く手入れが行き届いていて、荘厳な雰囲気を醸し出している。一方で信神神殿はというと、最低限の手入れしか為されず薄汚れていて、簡潔に言うなら……ぼろっちい。並び立っている事によって、その対比がより強調されているのも、格差をより強く表しているのだろう。なのでだろうか、神殿の規模としては同等に見えるけど……信神神殿のほうが矮小に思えてしまう。
「シロ……なんかもう、この時点である程度の事が察せられるね」
「……そうですにゃ。ですが、中に入れば更に……理解が進むと思いますにゃ」
そう言ったシロは先導するように歩き出し、左の正神神殿へと入っていく。遅れぬようにと俺も続き、神殿内部へと立ち入って……驚く。
「流石は正側の国にある、正神の神殿! お祈りの人で溢れてるね!」
「主様、驚くのは分かりますが……神殿内ではお静かにお願いしますにゃ」
つい声を上げてしまった俺に、多くの人からの迷惑そうな視線が刺さる。思わず頭を下げて謝罪の意を示し、注目が俺から逸れた事を確認してから、改めて周囲へと視線を移す。
大広間の左右の壁面には四柱ずつの神像が、中央奥の祭壇の更に奥には一柱……多分だけど、信頼の神の像が配置されている。キャンベル領の神殿と違って神像の数は遥かに少ないけど、その分、一つ一つが巨大でいて精密に造られているようだ。なので、どの神もより偉大で崇高に感じてしまうから不思議だ。
そして、訪れている人々は、それぞれの信奉する神の像の前や長椅子に腰掛けながら、とても熱心に祈りを捧げている。静謐でありながらも人々の篤く熱い信仰の心が漂っていて、相反せずに混じり合っている事もまた不思議だ。
「不思議な神聖さがあるよね、神殿って……」
「そうですにゃ。私たちにとっては不思議でしょうがないですにゃ」
俺が言う不思議は、この場の雰囲気について。しかし、シロの言う不思議は別の事……もっと深い考えによる言葉に聞こえたため、聞き返す。
「どのあたりが不思議に感じるの?」
「何故人は、ここまで神々を信奉するのか……ですにゃ」
思っていた以上に深い考えだったため、俺は言葉に詰まってしまう。人それぞれだと言ってしまえばそれまでなんだけど、そう答えてしまうのはなにか違う気がする。そんな風に困っていると、シロが更に言葉を発する。
「神の座での神々の姿を見た事のある人間はいませんにゃ。実際、あれらの神像も……本物とは似ても似つかない姿ですにゃ」
「そうだね。俺の記憶の中の女神ラブとは全く違う姿をしてるね」
残念ながら、一部しか戻っていない記憶の中に、他の八柱の正神の姿は無い。ただ、ここで重要なのがその点でない事は分かっている。
「見た事も無い、声ですら一部の者にしか届かない神々を……人間は信じ奉るにゃ」
この前の大神託は例外中の例外で、神というのは非常に遠い存在だ。なのに、多くの人は神を崇拝して信仰する。姿も声も知らず、それでも神を信じている。確かに……不思議だ。
「信じたいから信じてるって事だよね。理由とか理屈とか抜きにして」
「そういう事ですにゃ。主様、その事……覚えておいて下さいにゃ」
忘れるつもりこそないけど、そこまで重要な事なのだろうか。いや、重要なのだろう。こういう風にシロが言う場合、俺に関りが深い事なのは知っている。それこそ、俺の今の状況に繋がるヒントなのだろう……。
「分かった、覚えとくよ。それじゃ、もう一つの神殿にも行ってみようか」
「そうしましょうにゃ。……お心を強く持っていて下さいにゃ」
その忠告に頷いて見せる。そして、正神神殿から外に出て、再び信神神殿の外観を目の当たりにする。……中に入るまでもなく薄々理解してしまう、この寂れ具合。現実を直視する覚悟を決め、俺は信神神殿へと足を踏み入れた。そして……。
「誰も……居ない?」
参拝に訪れている人の姿はおろか、聖職者の姿すら見当たらない。静謐というより閑散。荘厳ではなく質素……いや、荒廃と言うべきか。明らかに正神神殿とは違っていて、シロが忠告してきた意味を思い知る。
「最上神として崇めるという国策は、すでに形骸化していますにゃ……」
「うん、そのようだね……。それで、その理由も教えてくれるんだよね?」
確固たる自覚を持っているとは言えないけど、俺は■■■■。この状況には心が痛むし、どうしてこうなったのかは知る義務も責任もある。だから、訊いた。そして、聞く。
「はい、当然ですにゃ。といっても、非常に単純……。見放されたと感じたから、見放されてしまったんですにゃ……」
あえて誰がの部分を省略したような言い方なので、その部分を考えてみる。先の部分に入るのは、人々がだろうか。そして、後の部分に入るのは、トラストがだろう。だったら、後半部分は……現状が物語っているから尋ねる必要も無い。尋ねるべきは前半部分か。
「なんで人々は、見放されたと考えたの?」
「神と地上を繋ぐものとは、一体なんだと思いますにゃ?」
質問に質問で返され、俺は少し考えてみる事にした――
神が地上から得ているものは、すぐさま断言出来る。神力だ。人々が信仰する、或いは司る感情を多くの人や獣などの生物が抱く。それらが力となり、神に捧げられる。これは繋がりと言えるはずだけど、これだけでは一方通行。なので、逆向きの繋がりについても考えるべきだ。
神が地上へと与えているもの。見守る事による安堵? 拠り所となる事による心の安寧? それらも間違いではないだろうけど、もっと具体的ななにかがあるはずだ……。
そうだ、神人指名や加護を授ける事だ! 直接地上へと降り立てない神に代わり、人々を護り導く存在を生み出す事。遠い存在である神とは違い、目に見え声も聞こえる生身の存在。そんな彼らの存在が、神と地上を繋いでいるんだ――
「神力を捧げられる代わりに、神人や加護持ちを生み出す事だね」
「正解ですにゃ。そして、信頼の神トラスト様が神の座から姿を消して以降は……?」
「……神人はおろか、加護すら授かった者がいない、か」
「そういう事ですにゃ。そして、代々多くの神人や加護持ちを擁していたこの国は……」
確かにそれでは、見放されたと考えても無理はない。だから、人々の心がトラストから離れたという事か。そして、この国が最も篤く信仰していたからこそ、不在となった影響が最も大きかったとも言えると。という事は、多人種共存についても?
「じゃあ、共存が崩れ、人種ごとに集住が進んだのは……」
「はい、トラスト様への信仰が薄れたからですにゃ。厳密に言えば、トラスト様の理想を叶える熱意を失ったと言うべきですかにゃ」
多くの人種が手を取り合って生活する事を望んでいたトラストが消え、それぞれの人種が対立とは言わないまでも……別々に暮らす事を選んだ、と。
その結論に至った俺の胸には、ある種の寂しさや切なさに満たされていた。トラストが消えた事によって共存が崩れたという事は、多くの人々が共存共生を望んではいないという事なのだろうと……。神の意志だからこそ、無理をしてでも共存を実現していたに過ぎないのだと……。
「神は傲慢だって思っていたけど……それは、俺自身にも言える事だったのかもね」
そう呟いた俺に、シロはなにも答えなかった。肯定するでも否定するでもなく、ただ無言で……俺を見つめるのみだった。
その後、神殿を後にした俺は、翌日にはこの街を立ち去っていた。三百年の間に変わってしまった事を噛みしめながら足早に……まるで、逃げ出すかのようにだ。




