123 sideA
「確認だが……貴様は冒険者で魔術師のシルバ。誤りは無いな?」
「はい。俺は冒険者で魔術師のシルバですが……それがなにか?」
問いを返す俺に、黒森人の男性は厳しい視線を向けてくる。その目に宿っているのは、不信や敵意にも似た感情だろうか。だって、心の色が黒よりの灰色だし……。
「貴様の問いに答える義務は無い。それと、貴様の門の通過も認められない」
「えっ……なんで?」
俺の疑問の声に、彼は沈黙を貫く。答える義務が無いとは伝えられたけど、この街に入れない理由くらいは教えてくれてもいいんじゃ?
互いが黙り込み、静寂が室内を包む。これは……俺が立ち去ると申し出るのを待っているのだろう。仕方がないから諦めようか。そう考えた時だった……。
「黒森人、主様が街に入れないのは何故にゃ?」
足元に居たはずのシロが机へと飛び乗り、彼へと詰め寄っていた。詰め寄られた彼はというと、状況が把握出来ないのか……シロを眺めながら固まってしまっている。そんな彼の様子に呆れたのか、ため息を吐きながらシロが言う。
「はぁ……。私は愛の女神の分神にゃ。その私の質問にも答えられないというにゃ?」
「愛の女神様の分神……? 喋る猫という事は……本物!」
身分を明かしたシロに対して、椅子から飛び降りた彼が跪き、深々と頭を下げた。崇め奉る意志の表明だろう。しかし、シロは心底どうでもよさそうに一瞥し、面倒臭そうに言う。
「頭を上げるにゃ……。そして、さっさと私の問いに答えるにゃ」
「ハッ! 承知いたしました!」
あれだけ頑なだった彼が、くるっと掌を返して説明を始める。身近過ぎて忘れがちだけど、分神というのは凄い存在なのだと再認識させられた気分だった。そして、話を聞き終わると、俺は納得して頷いてしまっていた。確かに、俺みたいな怪しい人物……街には入れたくないよね、と――
そもそも、俺を街へと入れたくない理由は、負の神々による大神託だった。あの馬鹿げたパフォーマンスでしか俺を知らない人たちからすれば、確かに俺は……争いの火種にしかならない存在なのだ。
というのも、負の神々からの言葉の中に、俺が愛の神人だという説明は無かった。その上、どのような罪によって追われているという説明も無し。要するに、なにをやらかして負の神々を怒らせたか分からない、ただただ怪しい男。それが俺だという事だ。
そんな訳だから、黒森人の男性……守衛隊の隊長は、余計な騒動の火種を抱え込みたくないという理由で、俺が街へと入る事を拒んだという訳だ――
この隊長の判断は、間違いなく正しい。ただ、俺としては……久々の大きな街へと立ち寄りたいという気持ちもある。それに、シロが言うように、この国の今を知るためにも必要な事だとも思う。
「シロ、どうしよっか?」
再び足元へと戻っていたシロへと尋ねるけど、明確な答えは返ってこない。その代わりにシロは、この部屋の入口のドアを見つめながら小さくこぼす。
「流石にそろそろのはずにゃ……」
「えっと、なにが?」
意味深な言葉に疑問を口にした時だった。バタバタと騒がしい足音が部屋の外から聞こえ、直後……ドアが開かれる。
「隊長! お耳に入れたい事が」
慌てた様子の守衛隊員が、隊長の耳元でささやいている。なにを伝えているのかは聞き取れないけど、こちらをチラチラと窺っている以上……俺に関係する事のようだ。そして、全てを伝えきった隊員は退室し、隊長が頭を下げながら俺に向けて声を掛けてくる。
「大変申し訳ありませんでした。シルバ様、門の通行を許可させて頂きます」
「えっと? 隊長さんは業務を遂行しただけなので謝罪は不要ですし、こちらこそありがたく通らせて頂きますね」
その後、妙に丁重な扱いを受けながら、俺は門を通過。そしてやっと、街へと入る事が出来たのだった。
門から続く大通りを歩きつつ、俺は周囲を観察する。そして思うのは、只人の少なさだろうか。この街に入る行列も含め、今のところ一人として只人を見かけていない。これが、シロが言っていた多人種共存が崩れた姿という事だろうか?
その件も含め、シロには他にも訊かねばならぬ事がある。俺は足元へと視線を落とし、シロに向かって問い掛ける。
「シロ、さっきの詰め所での事……なにか手を回したんだよね?」
「そうですにゃ。ああなる事を予想して、本体に動いてもらいましたにゃ」
ああ納得。妙にシロが落ち着いていたのも、ちゃんと解決の糸口を準備していたからか……。ただ、そういう事なら教えておいて欲しかったところだけど。
「ちなみに、どんな事を?」
「この国の皇帝へ神託を少々……ですにゃ」
少々というには大掛かり過ぎるやり口に、俺は一瞬言葉を失った。いやまあ、確実な手段だとは思うよ、思うけどさ……。
「……。いやいや、やりすぎでしょ?」
「やりすぎではないですにゃ。主様の現状は、思っている以上に複雑なんですにゃ」
確かにそうなのかもしれない。神人バレしている魔導国では、俺をそれなりの扱いで遇してくれた。この国に来るまでに通った獣人国は、周辺を外海や中立国である魔導国、あとは正側の国々に囲まれているため、そもそもの危険意識を持ち合わせていなかった。しかし、この国は違う。広大だという事もあり、いくつかの負の国々と面しており、俺が争乱の火種となり得る厄介者として扱われるというのは……先ほど体験したばかり。
今後の事を考えるなら、権力の頂点を味方につけておく事は……妥当なのかもしれない。だって、大きな街を出入りするたび、連行からの取り調べという事態は、非常に面倒臭く厄介なのだから……。
「とりあえず、そこは理解したよ。それじゃあ、もう一つ。この街、なんで只人がいないの?」
「主様、その表現には誤りがありますにゃ。只人がいないのではなく、獣人ばかりなんですにゃ」
言われてみれば確かに、獣人だらけだ。獣人の場合、その中でも猫獣人や狼獣人など、更に細かく分かれるため、気付くのが遅れた。ただ……。
「守衛隊の隊長さんは黒森人だったけど?」
「それは相当な変わり者か、或いは隊長として赴任させられて来たのだと思いますにゃ」
だったら、後者だろう。とても偉そうな喋り口調だったのも、良い家の出身で、経歴を積むためにこの街へ守衛隊隊長として赴任したってところだろうか。ただ、どのような事情があるにしろ、隊長の場合は特殊な例。なら何故、獣人ばかりがこの街に住んでいるのだろうか?
「隊長さんは例外的な存在だとするなら……なんで、こんな事になってるの?」
「これについては、もう一つの変化とも密接な関係がありますにゃ……。なので、神殿へ向かいますにゃ」
もう一つの変化、それは信仰に関して。確かにそれなら、神殿へ向かうのも頷ける。ただ、この街が獣人だらけなのと神々への信仰、この二つがどう結びつくのかが……分からない。とはいえ、それらを知っているはずのシロが言うのだから、黙って神殿へと向かうのがいいんだろうな……。
住人に神殿への道を尋ねながら歩き、やがて到着。目覚めてから二度目……いや、三度目の神殿だろうか。トラディス王国キャンベル領で神具による鑑定を行った時と、俺が目覚めた廃墟となった神殿。まあ、あの廃墟を神殿としてカウントしてもいいのかは謎だけど。そんな事を考えながら、二つ並んだ神殿を見上げつつ尋ねる。
「シロ、神殿が二つある意味は?」
「左手の神殿は、九柱の正神全てを祀るものですにゃ。そして、右手の神殿は主様……いえ、信頼の神トラスト様だけを祀っているはずですにゃ」
その話を聞いて、俺は二つの神殿を交互に眺める。そして、その差に気付き……なんともいえない気持ちになるのだった。




